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第4章:俺の声を聴け!
219:銃声
しおりを挟む「……誰か、俺の声を聴いてくれよ」
ずっと、俺もそう思っていた。
今にも泣き出しそうなその声は、まさに“俺の声”だった。そして、それはずっと俺が腹の底に抱えてきた強い願いでもあった。
「この人間は危険だ。ジェロームと同じ声?笑わせるな、こんなヤツ生かしてなどおけない」
目の前には隠す事なく俺への殺意を露わにするハルヒコ。やはり、その手に握られた銃はジッと俺の事を見つめている。
その周囲では客達が楽しそうに談笑を続ける。まるで、俺達の居る空間だけ異世界にいるみたいだ。
隣に座るエイダは、我関せずと言った様子で空のカップの淵に指を這わせている。まったく、どこまでマイペースな奴なんだ。
--------誰か、俺の声を聴いてくれよ。
「ああ、分かったよ。ジェローム。俺が聴いてやる」
俺は小さく呟きながらゆっくりと椅子から立ち上がった。そんな俺に、ジェロームの目がピクリと動く。引き金にかけられた指に、微かに力が込められたのが分かった。
きっと、妙な動きをすれば躊躇いなく銃弾を撃ち込まれるのだろう。でも、何もしなかったとしても結果は同じだ。
ハルヒコ風に言うならこうだ。
『なぁ、ハルヒコ?』
「っ!」
俺は想像して声を出す。きっとジェロームという人間はハルヒコと二人の時は、こんな風に親しげで、甘えたような声を出すのだろうな、と。そして、俺の予想は大方当たっているようだ。
「だっ、黙れ。それ以上何か喋れば……撃つ」
ハルヒコの向けていた銃口が、微かに揺らいだ。その揺らぎは、そのままハルヒコの意思の揺らぎと同義である。やっぱり、ハルヒコの心を揺らせるのは“ジェローム”だけだ。
『ハルヒコ、そもそも俺に残された選択肢は、いくつあるんだ?俺の予想だと、二つだと思うんだ』
「……」
そう、きっとこの二人はよく一緒にコーヒーを飲んでいたんじゃないだろうか。ハルヒコの事だ。ジェロームがすぐに飲めるように、少し冷ました温めのコーヒーを用意していたに違いない。
--------ジェローム。コーヒーも十分冷めた頃だろう。もう飲み頃だ。
先程の優し気なハルヒコの声が、耳から離れない。
そうするのが、ハルヒコにとっての当たり前なのだ。ジェロームが心地良いように、生きやすいように。足元に落ちている石ころを一つずつ取り除くように。ハルヒコは、ずっとジェロームの少し先を歩いている。
『一つは、余計な事を言って、俺がお前に撃たれること。そして、もう一つは何も口にせず、黙って生きながらえること……じゃないよな?』
「……」
『ハルヒコ……お前は結局“俺”を撃つ気だろ?そうなれば、この至近距離だ。俺は避ける事も逃げる事もできない。そしたら、俺は確実に死ぬだろう』
怖い。ここで撃たれたら、俺は確実に死ぬ。俺は恐怖に震えそうになる声を、必死に抑えつけながら喋り続けた。
大丈夫。怖いのなんていつもの事だ。オーディションの時だって、いつも震えそうになる声を抑え込んで演じていたじゃないか。アレと同じだ。何も変わらない。
『使者が殺されるんだ。クリプラントも、もう黙ってないだろうな。必ず戦争になる。そうなった時、ジェロームは……いや、“俺”「は一体どうなるんだろうな?』
「っお前が!ジェロームの名を語るな!」
ハルヒコの怒声が俺の鼓膜を震わせる。ダメだ。殺される。何も言うな。じゃなきゃ死ぬぞ。怖い、怖い、怖い。
恐怖で上手くできなくなる呼吸を鎮めるように、俺はチラと銃口から目を逸らした。逸らした先には、先程まで俯いていたジェロームがジッと此方を見ているのが見えた。
揺れる瞳と、ハッキリ目が合う。
ダメだ。ここで止まったらいけない。俺はジェロームの声だ。さっき約束したばかりじゃないか。「お前が日和ったら俺が代わりにお前の言葉を伝えてやる」って。
今が、その時だ。
『お前に声を聴いて貰えなかった俺が、その後の戦争を乗り切れると思うか。きっと無能に成り果てたトップのせいで、多くの兵や民が死ぬだろう。俺はそれが恐ろしくて仕方がない……でもな、ハルヒコ。俺が最も怖いのはっ』
「黙れと言ってるだろうっ!」
カチャリと銃から何かの音がした。恐怖は最高潮だ。でも、俺の目はジェロームを捕らえて放さない。俺は視線だけでジェロームに語りかけた。
ああ、ジェローム。勇気が持てない時は、いつでも俺が代わってやるよ。勇気が出るまで、俺が代わりに。だって、俺の声は――。
「お前の声だから」
そう、口にした瞬間ジェロームの揺らぎ切っていた瞳に力が宿った。それと同時に、店内の空気が激しく揺れた。その空気の揺らぎは、俺の鼓膜へと一気に伝わる。
銃が、高らかに声を上げた。
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