上 下
240 / 284
第4章:俺の声を聴け!

219:銃声

しおりを挟む

「……誰か、俺の声を聴いてくれよ」


 ずっと、俺もそう思っていた。



 今にも泣き出しそうなその声は、まさに“俺の声”だった。そして、それはずっと俺が腹の底に抱えてきた強い願いでもあった。

「この人間は危険だ。ジェロームと同じ声?笑わせるな、こんなヤツ生かしてなどおけない」

 目の前には隠す事なく俺への殺意を露わにするハルヒコ。やはり、その手に握られた銃はジッと俺の事を見つめている。
 その周囲では客達が楽しそうに談笑を続ける。まるで、俺達の居る空間だけ異世界にいるみたいだ。
 隣に座るエイダは、我関せずと言った様子で空のカップの淵に指を這わせている。まったく、どこまでマイペースな奴なんだ。

--------誰か、俺の声を聴いてくれよ。
「ああ、分かったよ。ジェローム。俺が聴いてやる」

 俺は小さく呟きながらゆっくりと椅子から立ち上がった。そんな俺に、ジェロームの目がピクリと動く。引き金にかけられた指に、微かに力が込められたのが分かった。
 きっと、妙な動きをすれば躊躇いなく銃弾を撃ち込まれるのだろう。でも、何もしなかったとしても結果は同じだ。

 ハルヒコ風に言うならこうだ。

『なぁ、ハルヒコ?』
「っ!」

 俺は想像して声を出す。きっとジェロームという人間はハルヒコと二人の時は、こんな風に親しげで、甘えたような声を出すのだろうな、と。そして、俺の予想は大方当たっているようだ。

「だっ、黙れ。それ以上何か喋れば……撃つ」

 ハルヒコの向けていた銃口が、微かに揺らいだ。その揺らぎは、そのままハルヒコの意思の揺らぎと同義である。やっぱり、ハルヒコの心を揺らせるのは“ジェローム”だけだ。

『ハルヒコ、そもそも俺に残された選択肢は、いくつあるんだ?俺の予想だと、二つだと思うんだ』
「……」

 そう、きっとこの二人はよく一緒にコーヒーを飲んでいたんじゃないだろうか。ハルヒコの事だ。ジェロームがすぐに飲めるように、少し冷ました温めのコーヒーを用意していたに違いない。

--------ジェローム。コーヒーも十分冷めた頃だろう。もう飲み頃だ。

 先程の優し気なハルヒコの声が、耳から離れない。
 そうするのが、ハルヒコにとっての当たり前なのだ。ジェロームが心地良いように、生きやすいように。足元に落ちている石ころを一つずつ取り除くように。ハルヒコは、ずっとジェロームの少し先を歩いている。

『一つは、余計な事を言って、俺がお前に撃たれること。そして、もう一つは何も口にせず、黙って生きながらえること……じゃないよな?』
「……」
『ハルヒコ……お前は結局“俺”を撃つ気だろ?そうなれば、この至近距離だ。俺は避ける事も逃げる事もできない。そしたら、俺は確実に死ぬだろう』

 怖い。ここで撃たれたら、俺は確実に死ぬ。俺は恐怖に震えそうになる声を、必死に抑えつけながら喋り続けた。
 大丈夫。怖いのなんていつもの事だ。オーディションの時だって、いつも震えそうになる声を抑え込んで演じていたじゃないか。アレと同じだ。何も変わらない。

『使者が殺されるんだ。クリプラントも、もう黙ってないだろうな。必ず戦争になる。そうなった時、ジェロームは……いや、“俺”「は一体どうなるんだろうな?』
「っお前が!ジェロームの名を語るな!」

 ハルヒコの怒声が俺の鼓膜を震わせる。ダメだ。殺される。何も言うな。じゃなきゃ死ぬぞ。怖い、怖い、怖い。
 恐怖で上手くできなくなる呼吸を鎮めるように、俺はチラと銃口から目を逸らした。逸らした先には、先程まで俯いていたジェロームがジッと此方を見ているのが見えた。

 揺れる瞳と、ハッキリ目が合う。
 ダメだ。ここで止まったらいけない。俺はジェロームの声だ。さっき約束したばかりじゃないか。「お前が日和ったら俺が代わりにお前の言葉を伝えてやる」って。

 今が、その時だ。

『お前に声を聴いて貰えなかった俺が、その後の戦争を乗り切れると思うか。きっと無能に成り果てたトップのせいで、多くの兵や民が死ぬだろう。俺はそれが恐ろしくて仕方がない……でもな、ハルヒコ。俺が最も怖いのはっ』
「黙れと言ってるだろうっ!」

 カチャリと銃から何かの音がした。恐怖は最高潮だ。でも、俺の目はジェロームを捕らえて放さない。俺は視線だけでジェロームに語りかけた。

 ああ、ジェローム。勇気が持てない時は、いつでも俺が代わってやるよ。勇気が出るまで、俺が代わりに。だって、俺の声は――。

「お前の声だから」

 そう、口にした瞬間ジェロームの揺らぎ切っていた瞳に力が宿った。それと同時に、店内の空気が激しく揺れた。その空気の揺らぎは、俺の鼓膜へと一気に伝わる。


 銃が、高らかに声を上げた。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。

BL
───…ログインしました。 無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。 そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど… ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・ 『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』 「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」 本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!! 『……また、お一人なんですか?』 なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!? 『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』 なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ! 「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」 ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ… 「僕、モブなんだけど」 ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!! ───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。

ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。

夜のトラフグ
BL
 シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。  しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。 (……あれは……アステオ公子?)  シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。 (………具合が、悪いのか?)  見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。 魔法の得意な平民×ツンデレ貴族 ※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

処理中です...