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第3章:俺の声はどうだ!
187:親子というのは
しおりを挟む「まったく、ヴィタリックは俺に最期まで働けと、仕事を山積みにして逝ったんだ。堪らない。もうさすがに俺も疲れたというのに。お前もそうだろ。ドージ?」
「あぁ、その通りだな。そろそろ息子に代替わりしても良い頃合いかもしんねぇがな」
「……まぁ、息子は居るが、まだまだアレも未熟過ぎる……平気そうな顔をして、腹の中では時間に追われ、遊ばれている。もっとしっかりして貰わねば。いつまでも俺は居てやれないというのに」
「違いねぇ」
良かった。カナニはまだ、責務と未練と、子育てが残っている。ドージは旧友の心もとなかった表情が一気に普段通りの彼に戻ったのを確認すると、ホッと息を撫で下ろした。
「にしても、意外なモンだな。あんなに賢そうな坊ちゃんなのに」
「まだまださ。父親を頼るにしても、頼み方も何もあったものではなかった。まったくもって謙虚さの欠片もない。全てが終わったら、一からその辺の処世術を教え込まねばなるまいと思っているよ」
「へぇ、俺にはお前の若い頃そっくりに見えるがな」
「……」
ドージからの揶揄うような切り返しに、カナニは内心口角をヒクつかせた。もちろん、表情には出さない。政に携わる者として、ポーカーフェイスは必須能力だ。
「ま、俺んトコのは大丈夫だぜ?なぁ、シバ」
「……まぁ、親父よりはな」
突然話が自分に向けられたシバは、一瞬言葉を窮したものの、ひとまず短く答えた。大丈夫か?と問われ、ここで自信が無いなどと言ってしまえば、ドヤされてしまうのは目に見えたからだ。
「ボソボソ喋んな!ハッキリ喋れ!」
しかし、結局ドヤされてしまった。そういえば、最近耳の聞こえが悪いだの何だと言っていた気がする。なんだ、本当に年寄りみたいになりやがって、とシバは頭の片隅で思う。
「あー!ウゼェな!親父よりはマシだっつってんだろ!」
「俺と比べたって仕方ねぇだろうが!お前は昔からいつもそうやって俺と比べやがって!」
「っクソ!わかった!もうわかったから黙れや!」
確かに、あんなに大きいと思っていた父親が、今では小さく見える。まぁ、物凄くたまにだが。
「つーわけで、だ。カナニ。今回の出兵はシバに任せる。それでいいだろ」
「シバに?」
「ああ、そうだ。俺はもう、さすがに戦いの最前線に立つには、余りにも力不足過ぎる」
「そうか。シバか」
「……あ。いや」
ドージの言葉にカナニが少しだけ目を細め、シバを見る。その目に、シバはドキリとした。自分より小さい筈のカナニに対し、シバは瞬時に「敵わない」という判断を下す。それは、物理的な力による敵わなさ、ではなく、精神的なもっと奥にある根源的な生き物としての“強さ”における判断だ。
自分は、この男には敵わない。それは、ずっと父親に抱いている劣等感とまた、似た種類のモノだった。
「いいどころの騒ぎではない。ありがたい。シバ」
「ぁ、はい」
思いがけず向けられた国の宰相からの謝辞に、シバは「いえ」と視線を逸らした。こんなモノは、ただの社交辞令に過ぎない事くらいよく分かっている。
「本当は軍に戻るのはイヤだったんじゃないのか」
「……そうも言ってはいられないでしょう」
「その通りだな。本当に、ありがとう」
シバは俯きながら拳を握りしめた。本当は出るつもりなど毛頭なかった。そう、父親同様、シバもまた数十年前まで軍に居た男だ。それも、軍指揮官の中でもトップ数名に名を連ねる程、彼は有能な指揮官だった。
ただ、それも過去の話だ。
「俺が戻って、反発が起こらなければいいですけどね」
元々、軍は自分の肌に合わないと感じていたし、何をするにも父親の七光りと影で言われているのを知っていたからだ。軍に居ては、何をどう頑張っても自分の実績として扱われない。
だから、シバは指揮官長まで上り詰めた地位を捨て、父と共に酒場に入った。この国は平和だ。だから、もういいだろうと思ったのだ。
「シバ」
「……なんですか」
「キミは、自分がドージの代わりだと思っているのだろうが……決してそうではない。出来ればそれを自覚して、軍には戻った方がいい」
「気休めはいいですよ」
「聞きなさい」
顔を背けるシバに対し、カナニはハッキリと言った。逆らえない。シバはその声に、それまで逸らしていた顔を、ゆっくりとカナニに向けた。
「確かに、キミが戻る事を知ったら、軍議は揉めるだろう。いや……実際揉めた」
「は?」
「悪いが、ドージではなくシバ。キミが戻る事になるであろう事は、私も事前に予想が付いていたからな。軍にはキミの名前で今後の指揮官の名を出してある」
「……は、反対されたでしょう」
「あぁ、確かにな。若いキミではなくドージが戻るべきだと、そういう意見が出たのも確かだ」
「……」
そんな事、言われなくとも分かっている。昔から言われてきた事だ。若い、まだ早い、父親の七光り、未熟。どれもこれも、言われる度に「じゃあどうしろと言うんだ!」と、子供のように叫び散らしてやりたかった。文句を言うなら、努力でどうにかなるモノについて言ってくれればいいのに!
そう何度思った事か。
若い、未熟。それは、その時の自分には、どうしようもない。
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