上 下
206 / 284
第3章:俺の声はどうだ!

187:親子というのは

しおりを挟む


「まったく、ヴィタリックは俺に最期まで働けと、仕事を山積みにして逝ったんだ。堪らない。もうさすがに俺も疲れたというのに。お前もそうだろ。ドージ?」
「あぁ、その通りだな。そろそろ息子に代替わりしても良い頃合いかもしんねぇがな」
「……まぁ、息子は居るが、まだまだアレも未熟過ぎる……平気そうな顔をして、腹の中では時間に追われ、遊ばれている。もっとしっかりして貰わねば。いつまでも俺は居てやれないというのに」
「違いねぇ」

 良かった。カナニはまだ、責務と未練と、子育てが残っている。ドージは旧友の心もとなかった表情が一気に普段通りの彼に戻ったのを確認すると、ホッと息を撫で下ろした。

「にしても、意外なモンだな。あんなに賢そうな坊ちゃんなのに」
「まだまださ。父親を頼るにしても、頼み方も何もあったものではなかった。まったくもって謙虚さの欠片もない。全てが終わったら、一からその辺の処世術を教え込まねばなるまいと思っているよ」
「へぇ、俺にはお前の若い頃そっくりに見えるがな」
「……」

 ドージからの揶揄うような切り返しに、カナニは内心口角をヒクつかせた。もちろん、表情には出さない。政に携わる者として、ポーカーフェイスは必須能力だ。

「ま、俺んトコのは大丈夫だぜ?なぁ、シバ」
「……まぁ、親父よりはな」

 突然話が自分に向けられたシバは、一瞬言葉を窮したものの、ひとまず短く答えた。大丈夫か?と問われ、ここで自信が無いなどと言ってしまえば、ドヤされてしまうのは目に見えたからだ。

「ボソボソ喋んな!ハッキリ喋れ!」

 しかし、結局ドヤされてしまった。そういえば、最近耳の聞こえが悪いだの何だと言っていた気がする。なんだ、本当に年寄りみたいになりやがって、とシバは頭の片隅で思う。

「あー!ウゼェな!親父よりはマシだっつってんだろ!」
「俺と比べたって仕方ねぇだろうが!お前は昔からいつもそうやって俺と比べやがって!」
「っクソ!わかった!もうわかったから黙れや!」

確かに、あんなに大きいと思っていた父親が、今では小さく見える。まぁ、物凄くたまにだが。

「つーわけで、だ。カナニ。今回の出兵はシバに任せる。それでいいだろ」
「シバに?」
「ああ、そうだ。俺はもう、さすがに戦いの最前線に立つには、余りにも力不足過ぎる」
「そうか。シバか」
「……あ。いや」

 ドージの言葉にカナニが少しだけ目を細め、シバを見る。その目に、シバはドキリとした。自分より小さい筈のカナニに対し、シバは瞬時に「敵わない」という判断を下す。それは、物理的な力による敵わなさ、ではなく、精神的なもっと奥にある根源的な生き物としての“強さ”における判断だ。

 自分は、この男には敵わない。それは、ずっと父親に抱いている劣等感とまた、似た種類のモノだった。

「いいどころの騒ぎではない。ありがたい。シバ」
「ぁ、はい」

 思いがけず向けられた国の宰相からの謝辞に、シバは「いえ」と視線を逸らした。こんなモノは、ただの社交辞令に過ぎない事くらいよく分かっている。

「本当は軍に戻るのはイヤだったんじゃないのか」
「……そうも言ってはいられないでしょう」
「その通りだな。本当に、ありがとう」

シバは俯きながら拳を握りしめた。本当は出るつもりなど毛頭なかった。そう、父親同様、シバもまた数十年前まで軍に居た男だ。それも、軍指揮官の中でもトップ数名に名を連ねる程、彼は有能な指揮官だった。

ただ、それも過去の話だ。

「俺が戻って、反発が起こらなければいいですけどね」

元々、軍は自分の肌に合わないと感じていたし、何をするにも父親の七光りと影で言われているのを知っていたからだ。軍に居ては、何をどう頑張っても自分の実績として扱われない。

だから、シバは指揮官長まで上り詰めた地位を捨て、父と共に酒場に入った。この国は平和だ。だから、もういいだろうと思ったのだ。

「シバ」
「……なんですか」
「キミは、自分がドージの代わりだと思っているのだろうが……決してそうではない。出来ればそれを自覚して、軍には戻った方がいい」
「気休めはいいですよ」
「聞きなさい」

 顔を背けるシバに対し、カナニはハッキリと言った。逆らえない。シバはその声に、それまで逸らしていた顔を、ゆっくりとカナニに向けた。

「確かに、キミが戻る事を知ったら、軍議は揉めるだろう。いや……実際揉めた」
「は?」
「悪いが、ドージではなくシバ。キミが戻る事になるであろう事は、私も事前に予想が付いていたからな。軍にはキミの名前で今後の指揮官の名を出してある」
「……は、反対されたでしょう」
「あぁ、確かにな。若いキミではなくドージが戻るべきだと、そういう意見が出たのも確かだ」
「……」

 そんな事、言われなくとも分かっている。昔から言われてきた事だ。若い、まだ早い、父親の七光り、未熟。どれもこれも、言われる度に「じゃあどうしろと言うんだ!」と、子供のように叫び散らしてやりたかった。文句を言うなら、努力でどうにかなるモノについて言ってくれればいいのに!
 そう何度思った事か。

若い、未熟。それは、その時の自分には、どうしようもない。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。

夜のトラフグ
BL
 シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。  しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。 (……あれは……アステオ公子?)  シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。 (………具合が、悪いのか?)  見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。 魔法の得意な平民×ツンデレ貴族 ※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。

攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。

BL
───…ログインしました。 無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。 そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど… ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・ 『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』 「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」 本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!! 『……また、お一人なんですか?』 なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!? 『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』 なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ! 「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」 ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ… 「僕、モブなんだけど」 ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!! ───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

処理中です...