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第3章:俺の声はどうだ!

174:到着早々イベント発生!

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「ねぇ、サトシ。ひとまず宿取ろう。エイダとの約束は明日でしょ?」
「そうだな。一旦落ち着ける場所を探す必要がある」
「わかった」

 ゲットー出身のエーイチが、率先して前を歩く。良かった。もし一人で来ていたら、俺はゲットーで何をどうして良いのか分からなかっただろう。

「まぁ、時間はある。サトシ、宿を取ったら……俺の部屋に来ないか?」
「あーー、えっと」

 テザー先輩のその目は、もう完全に甘え切った“タンタンちゃん”になってしまっている。

「え?この任務中にも……やります?」
「もちろんだ。むしろ今しかないだろ」
「はぁ」

さっきまでリーガラントの進軍がどうのこうの言って、そりゃあもう深刻そうな顔をしていた癖に。あの顔はどこに行った?

「……たのむ」
「分かりましたよ……」

先輩は、一応俺の護衛の為に付いて来てくれているらしいのだが、この街で何か戦闘に巻き込まれるような事はなさそうなので、これは完全に先輩にとっては役得に違いない。だって、イーサに邪魔されずに存分に“タンタンちゃん”として甘えられるし。

「そういえば、声は大丈夫なのか?」
「あ、そうだったね。鉱毒のせいで、長時間は喋れないんでしょ?サトシ」
「あー、うん。それは……大丈夫」

 そういえば、そろそろ時間的に喋れなくなる頃だと、俺はイーサから貰った瓶を取り出した。

「イーサから、コレ貰ってる」
「ソレなに?飴?」
「まぁ、そんなトコ。なんか、イーサのマナを固めたヤツらしい」

 瓶の中には、透明な飴玉のようなモノがいくつも入っている。これを舐めると、イーサのマナを摂取した事になる為、声が出るようになるのだ。そう、こんな便利なモノがある事を、イーサはずっと隠していやがったのだ。
 これがあれば、別に俺はイーサと口付けなんてする必要はなかったのに!

「マナを固めたモノ、だと?」
「イーサはそう言ってました。自分のマナを凝固させたんだって」

 俺がカナニ様にゲットー行きを頼まれた次の日。
 つまり出発の当日、イーサがコレを渡してきた。自分も連れて行けと癇癪を起すかと思いきや、今回のイーサは随分大人しかった。

『サトシ、気を付けて行ってくるんだぞ』

 確かに戦争を前にあれだけ思い悩んでいたのだ。癇癪など起こしていられないのだろう。俺も、心してエイダに会わなければ。

「ソレ、触っても構わないか?」
「どうぞ」

 どこか釈然としなさそうなテザー先輩に、俺はイーサから貰った瓶を渡す。すると、テザー先輩は瓶の蓋を開け、一つだけ透明な飴をその掌へと取り出した。

「……これは」
「え、なんですか?」

 急にテザー先輩の表情が固まる。え、なになに?その表情なに?

「いや、お前は知らない方がいい」
「は!いや!待ってください!そんな顔しといて、知らない方がいい……は無いでしょう!」

 言いかけて言わないって本当に罪だと思う。しかも、そんな顔しておいて!言われた方の気持ちになれよ!

「言ってください!俺、今朝一つ舐めましたよ!」
「……知ったところで、お前にはそうするより他ないのだから、知らずに舐めておけ」
「嫌だっつってんだろ!言えよ!言わなきゃ、タンタンちゃんやってやらねぇからな!?」
「おいっ!ソレはナシっしょ!?サトシ!俺はお前の為を思って言ってやってんじゃん!」

「じゃあ最初から言うなよ!」と俺が先輩に更に食ってかかろうとした時だった。次の瞬間、先輩の手の中にあった瓶が、忽然と姿を消した。

「えっ!」
「なっ!」

 一瞬、俺とテザー先輩の間に小さな影が横切ったのが見えた。その影の走って行った方を見てみると、そこにはボロ布のような服を着た少年が、人の合間を縫って駆けていく姿が見えた。

「あー、あれ。浮浪児のスリだねぇ。僕も小さい頃やったよ」
「えぇぇっ!?ちょっ!困る困る!アレないと俺、喋れ――」

 あーー!このタイミングで声が出なくなってしまったーー!
 俺が喉に触れ、口から音のない呼吸音だけ吐き出していると、エーイチは大荷物を持ったまま風のように駆けだしていた。

「僕が捕まえてくるから!」
「――!」

 みるみるうちに見えなくなる背中。そんなエーイチに、俺は、唯一残っていたテザー先輩の掌にある、透明な飴をつまみ上げた。
 一瞬、テザー先輩の口にした「これは……」という意味深な言葉が頭を過る。しかし、それをどうこう言っていられる場合でない事は、俺も分かっていた。

 なにせテザー先輩ときたら、大量の尖った氷柱を空中で構え、逃げる子供の背中に狙いを定めているのである。
 いやいやいや!あんなモン放たれでもしろ!きっと大怪我どころじゃすまないぞ!

(っクソ!この人、子供相手に何やってんだよ!)

 口の中に飴を放り込む。今朝も舐めたが、無味無臭だ。ただ、口に入れると少し暖かくなり、次の瞬間にはヌルリと溶けて、同じく無味無臭の液体へと変わる。
 喉に引っかかるような、若干飲み込み辛いソレを一気に飲み込むと、俺は大声で叫んだ。

「やめろっ!殺す気か!?」
「そうだが?盗人だろう。死んで当然だ」
「いやいやいや!当然じゃねぇよ!」
「しかし、あれが無いとお前……」

 尚も構えを解こうとしない先輩に、俺はコホッと一瞬咳をすると出来る限り穏やかな声で“彼”を呼び出した。

『もう、小さい子に何て事するの!タンタンちゃん』
「っ!」

 その瞬間、空中に浮きあがっていた氷柱が一気に溶けて地面を濡らした。顔を見てみれば、先輩は耳を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまっている。どうやら、俺の顔の情報をシャットアウトしているらしい。

『ふふ、良い子ね。小さい子には優しくしてあげて』

 顔を隠してコクコクと頷く先輩の変わり果てた姿に、俺は先輩の頭を優しく撫でてやった。

『ね、タンタンちゃん?荷物、見ててね?』

 俺は最後にそれだけ言ってやると、肩にかかっていた荷物を勢いよく投げ捨てた。そして、先にスリの子供を追いかけに走って行ったエーイチの後ろ姿を追って駆け出す。

「先輩!ここで待っててください!すぐ戻りますんで!」

 振り返った先で、身もだえるように蹲る先輩にそれだけ言い放つと、ともかくエーイチとスリの少年を追って足を動かした。

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