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第3章:俺の声はどうだ!
172:似た者同士
しおりを挟む「まさか、会った事もないヴィタリックの息子と自分を比べて……ビビッてるんじゃないよな!?」
「……ビビッてなんかいない。ただ、あの賢王と呼ばれる男の息子だ。きっとタダ者ではないのだろうと思っているだけだ」
「うわ、完全にビビッてる」
「ビビッてないって言ってるだろう!」
両手を机につき、前のめりに言い返してみるものの、ハルヒコは既に片手で頭を抱えていた。彼のこのポーズを、ジェロームは今まで何度見てきたかわからない。完全に呆れられている。
「ジェローム。君がすぐ他人と自分を比べて落ち込む、ホントは線のほそーい人間である事は承知していたけど……まさか会った事もない相手に対してそこまでビビるなんて。ある意味最強だよ」
「うるさい。それに、何も知らない相手ではない。いつも、エイダが……向こうの息子や娘は、非常に優秀だと……言っていたから」
くぐもった声でボソボソと話すジェロームの弱弱しい姿に、コレは本当に今朝全軍に進軍の命を下した人間と同一人物なのかと疑いたくなった。
「……またそんな事を」
いや、同一人物ではある事は、ハルヒコは一番よく分かっている。
そう、ジェロームとは元来こういう人間であった。最近、この手の落ち込みを見る機会が少なかったせいで忘れていただけだ。
「エイダの言う事なんて、話半分に聞いておけばいいよ。アイツは、キミが落ち込む姿を見て楽しんでいるだけなんだから」
「……でも、嫡男は型破りな考えを持つ、天才肌だと言っていた」
「あぁぁっ!もう!嫡男のイーサは部屋に引きこもっていて政治に参加してないって言ってたじゃないか!いいか!?あぁいう、絶対的に賢王と言われる王の息子は、アホって相場が決まってるんだ。気にする必要なんかない!」
「でも、それだと俺も阿呆と言う事になるだろ」
「ぐ」
確かにジェロームの父も、早くに亡くなりはしたものの、残した功績は多大なるモノがある。いや、むしろ早くに亡くなったからこそ、今でも伝説のように語り継がれてしまうのだ。
それこそ、死して二十年は経とうというのに、息子から自信を奪う程、父の光は息子に大きな影を作っていた。
「安心していい。ジェロームは阿呆じゃない。ちゃんと実力もある立派な総帥だよ」
「でも、」
尚も、眉を寄せて言い募ろうとしてくるジェロームに、ハルヒコはその襟首をつかんで自らへと引き寄せた。
「でもじゃないっ!いい加減にしろジェローム!君は立派だ!その弱気を表に一切出さない理性も、感情に左右されない理知的な判断力もある!それに!弱いという事は裏を返せば優しいという事だ!引きこもりの天才肌より、弱い中でも必死に皆の前に立って最善を尽くすキミの方が、俺はよっぽど立派だと思うね!」
言い終わるや否や、ハルヒコはジェロームの体を勢いよく押しやった。ここまで言って尚もウダウダ言い続けるようなら、もう知った事ではない。勝手にウダウダと眠れぬベッドの上で寝がえりを打ち続ければいい。
「……ハルヒコ」
「なに?」
ジェロームが気まずげな様子でハルヒコの名を呼ぶ。これ以上、しょうもない事を言おうものなら、ハルヒコが完全に怒ってしまう事を、ジェロームとて理解していた
「ありがとう」
「あぁ、やっと分かってくれたか」
「いや、あまり納得は出来ていないのだが、」
確かに納得していなさそうだ。ハルヒコはジェロームの曇り続ける表情に、「素直だなぁ」と苦笑するしかなかった。
しかし、だ。
「まぁ、納得は出来ていないが、俺は心の底でヴィタリックの息子になど、負けるわけがないとは……思っている。安心してくれ」
自信がないのかと思いきや、急に飛び出してきた強い自負を持った言葉にハルヒコは今度こそハッキリと笑った。
「……ふふっ。まったく。君のそのアンバランスさが、エイダに気に入られる所以なんだろうね。良いオモチャな筈だ」
「そうか?」
そして、真面目さ故に多少の天然もある。オモチャ扱いを明言されて「そうか?」などと、首を傾げて受け止める国家元帥が、一体どの世界に居るだろう。
「でも、あんまりエイダの言う事を信用してはいけないよ。アイツはウチの情報もクリプラントに流すからね」
「……でも、引き換えにもたらされる情報の方にこそ、価値がある」
「それは、君がエイダに気に入られているからだよ。あまり深入りしてはいけない。今だってどこで何をしているのやら」
軽く息を吐きながら口にされるハルヒコの言葉に、ジェロームは窓の外を見た。
進軍命令を出して一日が経過した。明日には国境沿いの、攻撃射程圏内ギリギリの拠点に本軍が到達する。
「クリプラントは……一体どう出るか」
「弱気か、強気か。新王の、腕の見極め時だ。新王への判断は、他人の言葉からではなく、キミ自身でするんだよ」
「ああ」
ジェロームは深く息を吸い込むと、まだ見ぬクリプラントの新しい王を思った。
しかし、何故だろう。見た事も会った事もない“イーサ”という若い王相手に抱く思いは、恐怖や劣等感だけではない。
「引きこもる……気持ちも分からなくもない」
「なに?」
共に、偉大なる父を亡くし時代の転換期に立たされた若輩者の指導者として、妙な身近さすら感じる。
「いいや、何でもない」
ジェロームは小さく首を横に振ると、静かにその目を閉じた。
暗闇の中で、これまで長きに渡り感じていた孤独が、ふわりと癒される不思議な感覚にその身を預けながら。
戦争が、始まる。
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