174 / 284
第3章:俺の声はどうだ!
157:サトシは何者、
しおりを挟む「あのっ!『頑張れ、サトシ君』って言って貰っていいですかっ!」
「は?」
ベッドの上で、ほぼ土下座のような体勢で頭を下げる俺に対し、頭上からは中里さんの、いや、カナニ様の呆けたような声が降ってきた。明らかに戸惑っている。そりゃあ、初対面の俺にこんな事を言われたら戸惑いもするだろう。
しかし、この時の俺には、戸惑うカナニ様の声なんか一切気にならなかった。今、俺の思考を埋め尽くす“声”、それは。
--------飯塚さんの金言、何だったっけ?失敗を恐れてチャンスを棒に振れ、だったっけ?
ちっくしょう!!
あの時の金弥の顔と声を、俺は一生忘れないだろう!腹が立ったなんてモンじゃない!腹が爆発するかと思ったんだ!
あの瞬間は、本気で絶交して二度と口を利いてやるものかと思った。ただ、金弥が余りにも憔悴するもんだから、特別に一週間で許してやったのだ。
そのくらい、俺はあの時の金弥に怒っていたのだ。だから、今の俺はカナニ様に引かれるかも、なんてちょっとした恐怖は屁でもない。俺の体の中に残っているアルコールも、俺の背中を押してくれている。
「カナニ様!お願いします!言ってくださるのであれば、俺!なんでもします!」
「何でもと言われても……」
「サトシ!何を言ってるんだ!ヴィタリックと言いカナニといい、サトシはこんなヨボヨボが好きなのか!?」
「うるせぇ!そうだよ!好きだよ!お前にヴィタリックとカナニの良さが分かってたまるか!?もう余計な事すんな!」
「イーサは何も余計な事なんかしてない!」
「そうだけどっ!!」
今、金弥と同じ顔と声で割って入って来られると、いくら中身が違うとしても許せないんだよ!
「あ、あのな?サトシ。生き物というのは子孫繁栄の必要があるから、ヨボヨボより若い方が良いんだぞ!アイツらより、イーサの方がずっと若い!」
「うるせぇ!どうせ、お前と俺だって子孫繁栄なんてしねぇだろうが!今日こそ俺も『頑張れ、サトシ君!』って言ってもらうんだよ!」
「そんな事で良いなら、イーサがたくさん言ってやる!頑張れサトシ君!頑張れサトシ君!頑張れサトシ君!」
「だから!お前じゃ意味ねぇって言っただろ!?俺はヴィタリックとカナニから『頑張れ』って言ってもらえればそれでいいんだ!もうヴィタリック王からは言って貰ったし、今度はカナニ様から言ってもらいたいの!そしたら俺は頑張れるんだよ!」
そう、俺がへばりついてくるイーサの腕から逃げ出そうとベッドの上でもがいている時だった。
「ヴィタリックが、」
「へ?」
「ヴィタリックが、君に頑張れと言ったのか?」
それまで黙って此方を見ていたカナニ様が、何やら驚いたような声で俺に尋ねてきた。それと同時に、それまでうるさく叫んでいたイーサまでもがピタリと黙りこくる。
「あ、いや」
カナニ様に対して思わず“ヴィタリック”と口にしてしまったが、俺に「頑張れ」と言ってくれたのは飯塚さんの方だ。講義の後、金弥といっぱい質問して、予想よりうんと優しかった飯塚さんに、俺は思い切ってお願いした。
『あの、俺に“頑張れ”って言って貰っていいですか?』と。
すると、飯塚さんは俺に“頑張れ”と言う前に、『キミ、名前は?』と尋ねてきた。何の事だと思いつつ『仲本聡志です』と答えると、飯塚さんは言ってくれたのだ。
『サトシ、君はまだまだ頑張れる筈だ。頑張れ』
息が止まるかと思った。
俺なんかよりずっと長く頑張ってきた憧れの人に、こんな事を言われてしまっては、もう頑張る以外にないじゃないか。
あの時の飯塚さんの声と表情は、未だに忘れられない。
「……はい。まだまだ君は頑張れる筈だ。頑張れって、言ってくれました」
そうだ。辛い時はいつも飯塚さんの金言と、その言葉が俺の心を支えてくれた。そうすれば、俺はまだまだ頑張れると思えたから。
「……ヴィタリックが、どうして君に。もしかして、先程の“あの”話もアイツから聞いたのか?」
カナニ様の声が震えている。
“あの話”とは俺が先程飲みの場でやった国家防衛戦線の事だろう。まさか、カナニ様自身に聞かれているとは思ってもみなかった。
そりゃあ「お前は一体何者だ」なんて言いたくもなるだろう。
「えっと、そうです」
さすがにここで、ゲームでプレイしたからです、なんて言えやしない。そんなの、どうせ信じて貰えないし、正直に言ったところで俺の現状は何も変わらないのだから。むしろ、面倒な事になるのは避けられない。
「どうして君のような一般兵の、しかも人間如きが王に面識を得る?しかも、君が生まれる頃には……もうヴィタリックは病に、」
「父上、それ以上はもう」
「……しかし、」
「貴方はあの方が絡むと発言が迂闊になります。せめて時と場所を選び、発言に自覚を持ってください。貴方はまだ国家の“要人”なのですよ。腑抜けるのもいい加減にしてください」
マティックが厳しい表情で制止をかける。そんな息子からの苦言に、カナニ様はヒクと眉を顰めたが、何も言わなかった。
そうだ。もう今はマティックが実質の宰相なのだ。ヴィタリックが……飯塚さんが、亡くなってしまったから。
もしかして、声の一部を失ってしまったカナニ様はもう、頑張る事が出来なくなってしまったのだろうか。
「サトシ」
「どうした?イーサ」
「サトシ、お前は……アイツに会ったのか?イーサよりも先に、あの男と」
俺の腕を必死に掴みながらイーサが尋ねてくる。そして、その問いはイーサだけのモノではない。ここに居る全員が俺に対して思っている事だ。
さぁ、俺はここでどう答える?
此処に居る全員が、今や俺の言葉に……否。俺の声に注目している。しかし、この注目は先程のお話会で得たような、純粋な興奮や熱狂と言った類のモノではない。
疑問と不信感。立場上、父親であるカナニを制止したマティックですら、俺に向ける視線はその二つで彩られている。
俺の腕を掴むイーサが俺に向けるのは、そうだな。不満と不機嫌と言ったところか。自分の知らない所で、王である父親と会っていたなんて、そりゃあ俺を自分の“ぬいぐるみ”のように扱うイーサにしたら気に食わないだろう。
イーサといい金弥といい、この二人は妙にヴィタリックと飯塚さんに対して妙に反抗的だ。
「ふぅ」
しかし、こんな状況ですら、注目を浴びているという一点に置いて、俺は心の奥底で妙に興奮してしまっていた。今、俺が口を開いたら。ここに居る全員が、俺の声に注目するのだろう。
そう思うと、たまらない。
「俺がヴィタリック王に会ったのは、たった一度だけです」
そう俺が飯塚さんとあったのも、あの日の一度きり。
今から俺が話すのは、真っ赤な嘘だ。なにせ、本当の事なんて言えやしない。でも、真っ赤な嘘で、ホントをくるむ。中身は、俺にとっての“本当”だ。
そういう話を、今からしよう。
31
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。
慎
BL
───…ログインしました。
無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。
そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど…
ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・
『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』
「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」
本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!!
『……また、お一人なんですか?』
なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!?
『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』
なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ!
「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」
ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ…
「僕、モブなんだけど」
ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!!
───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。
ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。
夜のトラフグ
BL
シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。
しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。
(……あれは……アステオ公子?)
シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。
(………具合が、悪いのか?)
見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。
魔法の得意な平民×ツンデレ貴族
※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる