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第3章:俺の声はどうだ!

154:一方その頃店の裏では

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 マティックは目の前の光景に、完全に引いていた。



「うぅぅぅっ、なんだ!アイツら……なんで、ポチがあの時のことをぉっ!俺が言った台詞まで、全部知っていやがるっ!いやっ、もうそんな事ぁ、どうでもいいっ!ヴィタリックぅ……なんで逝った!おまえは、あのころも、いまも……いっつも言葉が足りねぇっ!」
「ヴィタリック。お前はいつも、俺を置いていって!あの時もそうだった。共に床についた筈だったのに、起きたら隣にお前は居ない……!いまも、こうして置いていかれてっ!お前が居なければ、俺は俺で、いられない……これから、お前の居ない人生をどう生きればいいんだっ」

 ジジィ共が人目を憚らずに泣いている。正直、見ていられない。視界の暴力だ。

「でもなぁっ!言葉は無くとも!お前はいっつもその目で語ってくれんだよなぁ!俺には分かるぜっ!ヴィタリック!お前がカナニを信じるように、お前を信じてるっ!これからもそうだった筈なのにっ!うぉぉぉぉっ!俺がっ!会いに行けばよかった!!」

 この酒場の店主。
彼は“鉄壁”、“剛腕”の指揮官として名高い、伝説の指揮官。カボス・ドージだ。その様子から察するに、先程サトシの話していた周囲を説得した若き指揮官とやらが、まさに彼なのだろうが。

「英雄も、今や見る影なしか。それに……」

 そう言ってチラともう片方の年寄りへと顔を向ける。

「俺は、お前が居たから自分を信じていられた……お前の宰相として恥じぬようにと。それだけを頼りに背筋を伸ばしてきた!俺はもとより国の事などどうでも良いのだっ!お前以外どうでもいいっ!愛しているんだっ!ヴィタリック!」

「きっついですねぇ」

マティックの父親。
幼い頃から見てきた父の姿と言えば、厳格で、巨木のように揺るがぬ精神力を持つ。文官であるにも関わらず一見すると屈強な兵士と見間違う程の、まさに父と言えば剛の者であった筈なのに。

「まったく、いつから王と“関係”を結んでいたのやら……げろ」

 共に床についた話など、欠片も聞きたくないのだが。マティックは父、カナニの涙を見ながらうすら寒い思いを一切隠す事はなかった。

「しかし、それにしても。サトシ……何故、彼がそんな事を」

--------あの、ヴィタリック王って、もう亡くなってますよね?

 そういえば、ナンス鉱山に向かう前夜。
サトシは既にヴィタリックの死を知っている様子だった。むしろ、死んでいない方がおかしい。そんな口調で語るサトシの声は、先程の酒場内で、歴史を語っていた時の彼の声と同じだった。

 そう、まるで客観的な歴史書でも読み上げるような。俯瞰して語るような口調。そんな他人事のような、語り部のような声で、彼はこの世界の事を雄弁に語ってみせる。

「サトシ、貴方は一体……」

「酒を飲みに来ると、やぐぞぐ……したじゃねぇかぁっ!」
「王位を次に渡したら、共に世界を旅しようと言ったではないかっ!」

「あぁぁっ!やかましいっ!いい加減に黙りなさい!そこの老害共!」

 マティックは普段なら絶対に口にしないような言葉遣いで、泣きわめく年寄り共を一蹴した。しかし、完全に自分達の世界に入り込んでしまっている年寄りに、マティックの声が届く事はない。

『ちょうじ!』

「今度は何ですか?」

 またしても、酒場の方からサトシの声で別の何かが語られ始めた。しかも、その声はハッキリと誰かを模しているのが分かる。正直、気付きたくはなかったが、サトシの声真似は本当に一芸秀でているせいで、すぐに分かってしまう。

 なにせ、その声は――

「っ!これは……」
「お前ぇのっ、声じゃねぇか。カナニ」
「あぁ、どうして私のこえが」

 マティックの父、カナニの声だった。

『クニ。お前と初めて会ったのはもう五十年以上前だ』
『クニ、私の人生を変えたのは。お前だよ』
『時に無邪気な子供のようであり、時に皆を導く父のようであり、そして、私にとってはかけがえのない友でもあった』
『クニ。お前は、俺の声の一部だったよ』

 まるでそれは、カナニがヴィタリックに向けたような弔辞だった。“クニ”というのが一体誰を指すのかは分からない。しかし、その中身は完全に、今のカナニを物語るソレと同じだ。
 故に、もうこの場所は完全に終わってしまった。

「あ゛ぁぁぁぁぁっ!」
「う゛おぉっぉぉっ!」

「今日は、もうダメですね。この場所を、建設的な話し合いの席に戻すのは……不可能だ」

 しかも、サトシが誰の者とも分からぬ“弔辞”を読んだりするものだから、完全に話し合いはパァになってしまった。時間もない中こうして、父と共に城を抜け出し城下まで来たというのに。

「責任は取ってもらわないとですね。サトシ」

 そう、マティックが腕を組んで椅子のせもたれに体重をかけた時だった。

「親父、ちょっといいか?入るぞ……って。はっ!?なんだこりゃ!」

 それまで一人で店を切り盛りしていたドージの息子。シバがひょこりと扉の向こうから現れた。

「なんだなんだァ。酒でも飲んでたのか?俺にだけ働かせといて」

そして、驚くほど泣き喚く年寄りの姿に目を剥いている。そんな姿に、マティックは何故かホッとした。この二人が、余りにも泣き喚くものだから、泣かない自分がおかしいのかと、少しばかり思ってしまっていたのだ。

「おい、親父。……親父!」
「っなんだ!?今大事な所なんだ!」
「何がどう大事なんだよ!いい加減仕事しろ!」
「無理だ!俺は……今日はもう、何も出来んっ!おまえが、ひとりでやれ!」
「なに腑抜けた事言ってやがんだ!殺すぞ……って、ちげぇ」

 こちらはこちらで、泣きわめく父親相手に息子が大変なおかんむりである。気持ちは分かる。マティックは苛立ったようなシバの表情に、完全に心を重ねた。

「なぁ、サトシが潰れちまった。もうアイツらもお開きにするみてぇだし、ちょっとコッチの部屋で休ませてやっていいか?」
「ポチが……?」
「あぁ、アイツの酔い方性質がワリィな。話しは聞いてて楽しかったが、感情のブレがデカすぎる。今ぶっ倒れたトコだ」
「……ベッドを用意しよう」
「そーしてくれ」

 言うだけ言うと、シバはすぐに部屋から出て行った。どうやら此処にサトシが来るらしい。

「ちょうど良かった。という事は、あの方も来ますね」

 意識はないというが、まぁ、丁度良い。

「公務も放り出してこんな酒場に来るとは……。あのバカ王子が」


 おっと、もう“王”だった。
 そう、マティックは冷めたように口にすると、泣きわめく老害達を横目に、新しい面子が揃うのを、今か今かと待ち構えたのであった。


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