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第3章:俺の声はどうだ!

146:旧友。

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 あぁ、時間が無い。


 マティックは通された店の奥。雑然とした家屋の中で、ぼんやりと目の前の年老いた男達を見つめていた。
 そりゃあもう、無感情で。

「嘘だろ……ヴィタリックが」
「嘘なものか……そうでなければ、私がわざわざこんな変装までして、お前の所になど来やしない」

 神妙な面持ちの男二人。
 その二人の横で、マティックはいつもと違い、野暮ったく目にかかる前髪に手で避けた。髪色もいつもの空色とは異なる赤褐色の色味をしている。
 その間も、二人の男達の、まるで通夜のような沈んだ会話は続いていく。

「まだ、あれから大した時間も経っていねぇじゃねぇか!それなのに何でだっ!」
「病状が……急に悪化したんだ」
「でも、ついこないだヴィタリックの定期演説が、」
「あれは、リーガラントの技術を用いた道具で……事前に保存していた声だ。あの頃にはもう、殆ど声も出せていなかった」
「っ畜生!まだ千年も生きてねぇってのにっ!アイツ!あのバカ野郎が!」

 目の前のテーブルが、片方の男によって殴りつけられる。そのせいで、マティックの目の前に出されていたグラスの中の飲み物の中身が、勢いよく零れた。

「……はぁ」

 あぁ、時間が無い。
そう、マティックは何度目ともつかぬ溜息を腹の底から吐き出した。分かってはいたが、感情に支配された者達の会話は、本当に生産性が著しく低い事を再確認させられる。しかも、年寄りは昔話も長い。

「……葬儀はいつだ」
「三日後、ヴィタリックの死が全国民に通達される」
「……そこから国は喪に入るってワケか。じゃあ。店も、締めねぇとな」

 マティック視界に映り込む二人。
 一方はその姿をマナによって姿を変えたマティックの父。いつもの姿より、幾分年齢を上げ、髪の毛を白髪にした姿にしている。城下に下りる時は、父はいつもこの姿であった。

そして、もう一方は年齢の割に大いに体つきのしっかりした男。
この酒場の店主。ドージという男だ。

 現在、マティックは父と共に城下の中でも一際賑わう、夜の繁華街へと下りてきていた。その理由はただ一つ。このドージという男の力……いや、“名声”を借りる為だ。

「そこで、ドージ。お前に頼みがあって来た」
「……なんだ」

 やっと本題に入った。
 この本題に到達するまでに、一体どれ程の感情的発露に掛ける時間を要した事か。つまり、無駄な時間、である。

「お前に、軍に戻って来てもらいたい」
「は?ヴィタリックが死んで、どうして今そんな話になる」

 ドージの沈んだ声が、一気に動揺に彩られたのが分かる。旧友の訃報の直後、聞かされた予想外の頼みに、どうやら頭が付いていかないらしい。

「ヴィタリックが死んだからこそ、だ。この国は……またあの頃のように荒れるぞ」
「どういう事だ?」
「既に、リーガラントが挙兵の準備を始めている」
「なんだとっ!?なんで、このタイミングで……!」
「ヴィタリックの死が、既に大分と前からリーガラント側に漏れているようだ」
「なんでだよ!お前ら王宮で何やってたんだ!?ンな情報を、みすみす敵国に流してんじゃねぇっ!ボケかっ!」

 ダンッ!
 またしてもドージの拳がテーブルを叩いた。最早、テーブルごと叩き割らん勢いだ。マティックも、気持ちは分からなくもない。
しかし、その衝撃で、マティックの目の前にあるグラスから再び中身が零れた。既に中身は半分以上減ってしまっている。

 ちなみに、マティックはまだ一口もその飲み物に口を付けていない。

「……王の病など、国家の最重要機密。そうそう漏らすワケないだろう」
「でも実際漏れちまってるから、リーガラントが挙兵の準備なんてモンをしてんだろうが!だいたい!国民にすら知らされてねぇってのに、なんで敵国がそれを知り得る!?」
「わからないのか?未だにリーガラント側には……居るじゃないか、アイツが」

 そう、父が白髪の髪の毛をかき上げながら言う姿を、マティックは横目に見つめた。普段、手入れの面倒さから、髪の毛は短くしている父の事だ。今の長髪は非常に鬱陶しいに違いない。

「……まさか、」
「あぁ、十中八九。エイダだろう」
「あの、バカが……!よりによって、ヴィタリックの事まで!アイツは救いようがねぇな!」
「まぁ、昔からアイツは何も変わっていない。ヴィタリックもこうなる事が分かった上で、自分の病気の事をエイダにも伝えたんだろうさ」
「……まさか、挙兵してるって情報も」
「エイダからだ」
「……アイツ。本当に意味わかんねーヤツだな」

 エイダ。
 父の口から語られたリーガラントに潜っているハーフエルフ。どうやら、エイダが“意味が分からいヤツ”というのは、旧友の誰しもが知るところらしい。

「どちらにせよ。何で今更引退した老兵の俺なんかを担ぎ上げようとする」
「……ヴィタリックの居なくなった今、国民や兵の士気を保たせるには代わりとなる“英雄”が必要だ。そこに、お前の過去の栄誉を借りたい」
「おいおい、英雄だぁ?お前、俺の事をそんな風に思ってやがるのか?」

 怪訝そうな顔で口にするドージに対し、マティックの父は薄く目を閉じ、肩をすくめてみせた。

「実際がそうであるかどうかは、重要ではない。いいか?ドージ」
「な、なんだ」
「この数百年に及ぶ平和なクリプラントを作った建国の父たるヴィタリックが居なくなった今。人々が求めるのはあの歴戦の時代を戦い抜いて、国を守った英兵カボス・ドージという“物語”だ。実際のお前ではない。履き違えるな」
「……言ってくれるじゃねぇか」
「第三次クリプラント防衛戦線。あの劣勢の戦局からクリプラントを守り切った戦い。あの時の防衛が、後のゲットーの割譲と、停戦協定に繋がった。カボス・ドージという一人の天才的な指揮官によってもたらされた大勝利というワケだ」
「お前、わざと言ってるだろ」
「ああ」

六百年前。
まだマティックも生まれる前の歴史的戦争の背景は、記録でしか知る事のない情報だ。その記録でいけば、確かにその戦いの一番の功労者は、この目の前の酒場の店主という事になるのだが。

「違うんですか?父上」
「違うな」
「あぁ、全然ちげぇよ。あん時の戦いはなぁ、記録には残っちゃいねぇが……ヴィタリックと、このオメェの父親である宰相の、」

 そこまでドージが口にした瞬間、店の方からその場に居る全員の意識を奪い去る声が響き渡った。


『あんなのは、勝って当たり前の侵略戦争だ!国を富ませたワケではない!ヴィタリックは凡庸な王だ!』


 その声に、マティックは思わず店の方へと振り返った。この“声”には、とてつもなく聞き馴染みがあったからだ。なにせこれは、

「イーサ」

 思わず口から漏れた名には、もちろん敬称など付いていなかった。

 そりゃあそうだ。イーサと言えば、常日頃、忙しく宮殿内を駆け回るマティックの、時間、そして体力を奪う最悪の存在である。敬称など、本人の見ていない所で付けようとは一切思わない。

「おいおい、アイツら。なんつー会話してんだ」
「ヴィタリックが凡庸だと……どこのどいつだ」

 マティックの隣では、静かに父が怒りの炎を滾らせている。
 店に入る時、マティックは“サトシ”という、イーサのお気に入りの人間が居るのを目撃していた。そして、今こうして、イーサの声が聞こえる。

 これはもう、あそこに居るのが次期王である事は疑いようもなかった。

「でも、さっきの声、ヴィタリックの声に似てねぇか。あれもお前らの言う保存した声か?」
「そんなワケないだろう。そもそも、ヴィタリックは、あんな品のない声ではない」
「いや、似てると思うがな」

 ドージの言葉にマティックは内心深く頷いた。しかし、マティックの父は、先程のイーサの言葉が気に食わないのか、その事実を一切認めようとしない。
 そんな中、店の方から聞こえてくる話し声は、何故か妙な方向へと向かっていた。


『第三次国家防衛戦線が!どれだけヤバかったかお前は知らねぇから、そんな事が言えんだよ!バーカ!』
『そっ、それは!ヴィタリックが後々統治しやすいように脚色された歴史で、』
『ちげぇよ!マジでヤバかったんだからな!おい!キン!ここじゃ狭い!真ん中に行け!俺があの時の戦いの裏側を再現してやる!』


「サトシ?」
「おいおい、何だ何だ。今度はポチかぁ」
「ポチ?」
「あぁ。ウチの元従業員の人間だ」

 ドージの口から漏れ出た、聞き慣れない呼び名にマティックはドージの方を見た。すると、ドージは先程までの厳し気な色に染めていた表情を、ユルリと綻ばせている。

「人間だが、働き者で素直な良いヤツだ。礼儀もあるしな。本当はウチで雇いたいくらいある」
「はぁ」

この表情。まるで孫の事でも話す年寄りのようだ。

「一体、アイツら何の話をしてやがんだ?」
「さぁな。まったく、今時の若い奴らと来たら。罰当たりなヤツらだ」

 丁度こちらでも第三次国家防衛戦線の話をしている時、同時に店の方からも同じ話が始まった。しかも、サトシとイーサの声で。これは一体どういう事だ。

 そう、マティックが外から聞こえてくる雑談に耳を傾けた時だ。このクリプラントにおいて、盟友と謳われる二人の男の名と共に、悠然と物語が語られ始めた。


『これは。まだ即位したばかりの若き日のヴィタリック王と、その忠臣であり、最高の友であった宰相カナニによる男同士の熱い!魂の繋がりが生んだ最高の勝利の話である!』

 カナニ。
 その雄弁な語りと共に、ヴィタリックと並び称されて語られた名前。それはまさに。

「父上の名前?」
「……なんだ、これは。なぜ、私とヴィタリックの……あの頃の話が」

 現宰相。ヴィタリックの腹心の部下であり、王の愛人でもある。マティックの父の名であった。

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