【完結】俺の声を聴け!

はいじ

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第3章:俺の声はどうだ!

134:テザー先輩へのお礼

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 なんて、勢いよくテザー先輩の部屋に来てみたはいいが。

「……どうしよ」

 俺は完全に部屋の前でたじろいでしまっていた。


        〇


 テザー先輩の部屋は、俺の部屋の二つ上の階にある。部屋の場所も知っている。一度入った事だってある。
なにせ、俺はしこたま酔った先輩を担いで、寮の階段を上った事があるのだから。

「……はぁ」

 テザー先輩の部屋の前で、俺はノックをしようとした体勢のままジワリと背中に緊張が走るのを感じた。ノックしようと戸に添えた手も、そこから一切動かなくなってしまった。

「……俺、先輩に、なんて言ったらいいんだ」

 此処に来るまでは色々と頭の中で言いたい事があった筈なのに。いざ、部屋を前にすると動けないのはどうしてだろうか。

「先輩。絶対に怒ってる……よなぁ」

 そうだ。
 ナンス鉱山で、俺は先輩から「自分の命を優先しろ」と言われていたにも関わらず、それを無視して行動した。その結果が“アレ”だ。そして、その尻ぬぐいをしてくれたのも、結局テザー先輩である。
しかも、そのせいで今、テザー先輩は体調不良ときたもんだ。

「めちゃくちゃ迷惑かけてんじゃねぇかぁぁぁ」

 絶対怒ってる。先輩、絶対怒ってるよな!ていうか、怒られて然りだ!

「むしろ怒ってください。そう、仲本聡志は迷惑をかけた先輩に対して五体投地をするかの如く頭を垂れたい気分だった」
「おい、お前。何をこんな所でブツブツ言ってるんだ」
「うおっ!?」

 俺が先輩の部屋の前で、セルフナレーションで心を落ち着かせていると、まさかのテザー先輩が俺の背後から現れた。どうやら、元々部屋には居なかったらしい。

 ただ、目の前に現れたテザー先輩は、いつもの隊服ではなくラフな部屋着姿だった。それに、髪の毛も濡れている事から、どうやらシャワーを浴びてきた帰りのようだ。

「テ、テザー先輩。お、お久しぶりです……」
「お前、体調はもう良いようだな」
「あ、はい。お陰様で」

 先輩は、なんてことない様子で濡れたその美しい銀色の髪の毛をタオルで拭いながら、部屋の扉を開けた。

「あの、先輩は……」
「ほら、入れ」
「え?」
「俺はこんなナリだ。いつまでも廊下で立ち話をさせるな」
「あ、はい。じゃあ、失礼します」

 先輩に促され、部屋に入る。入った瞬間、他人の部屋の匂いがした。テザー先輩の匂いだ。
グルリと見渡してみれば、先輩の部屋は俺の部屋とは少し間取りが違った。端的に言えば広い。
まぁ、俺の部屋より狭い部屋なんてそうそうないだろう。俺は下っ端で、人間だから部屋のランクも一番低いのだ。

「適当に座れ」
「あ、はい」

 先輩はタオルで髪を拭いつつ、何やら部屋をウロウロしている。見たところ、体調が悪いという様子は見受けられない。良かった。
 俺は先輩の様子を横目に見ながら、ひとまず床に座ってみた。

「……おい、なんで椅子に座んねーでそんな地べたに座ってんだよ。きたねぇっしょ」
「あ、いや。その……テキトーに座りました」
「おいぃ。そりゃ、あんまりっしょ。椅子座れよ」
「でも、椅子。一つしかないし」

 床に座り込んだ俺に、テザー先輩が夜のテンションの混じった喋り方で呆れたように言った。いや、椅子も一つしかないし、それに座ったら先輩が腰かける所が無くなるかと思ったのだが。

「気にしないでください。俺、床に座るの慣れてるんで」
「いや、慣れてるっつったって」

 現実世界の俺の部屋は、敷布団にちゃぶ台という完全な直床生活だった。なので、床に座るのには、実際のところ本当に抵抗はない。むしろ、ちょっと落ち着くくらいある。

「そんなモン、俺が気にするっつーの」
「そうですか?」
「サトシ・ナカモト。お前、気遣い屋なのか、気にしねぇ性質なのか。一体どっちなんだよ。ほら、椅子座れよ」
「あ。すみません。勝手に来て……あの、すみません」
「つか、お前。なんで、そんなビクビクしてんの」

 先輩は、いつの間に準備したのか。俺に飲み物の入ったカップを手渡しながら言うと、自分はベッドへと腰かけた。

「いや、俺。先輩にだいぶ迷惑をかけちゃったみたいで」
「別に。それ今更っしょ」
「倒れた俺の事、迎えに来てくれたんですよね。それで、俺助かったって聞きました。ありがとうございます」
「いや、お前が死ぬと、俺がイーサ王子から実家を取り潰されるから助けただけだし。お前が勝手な事するから、手間かかったけどな」
「……先輩、怒ってます?」
「は?怒ってねーし」

 いや、ちょっと怒ってんじゃねぇか。完全に不機嫌な顔してるし。
 そんな、どこかそっけない態度で俺の事など見ようともしない先輩に、俺は漏れそうになる溜息を寸での所で止めた。ここで俺が溜息などついては、先輩が更に不機嫌になりかねない。

「せ、先輩。お、お礼させてください!」
「あ?お前に何が出来んだよ」
「何か欲しいモンとか無いですか?」
「金もねぇ癖に、お前なに言っちゃってんだよ。俺はまだお前に貸した金すら返してもらってねーってのに」
「……おう」

 痛い所を突かれてしまった。まさにそうだ。俺はナンス鉱山に行く際に、その準備に掛かる費用の足りない分を、先輩から立て替えてもらっているのだ。
 お礼の前に、まず借りた金を返さねば礼にならない。

「あの、金かからないヤツで……何かあれば。あの、俺!何でもやりますんで!」
「お前に良い女が準備できんの?ならやってみろよ」
「……あ、すみません。生意気言いました。無理です」

 童貞の俺には、金で解決するよりも難しい難題を提示されてしまった。むしろ、先輩だったら、俺に頼まずとも女の人の方から寄って来てくれるだろう。
 ジワリと俺達の間に気まずい沈黙が流れる。

「……えっと」

 本当なら「イーサに先輩に良くしてもらった事を、ちゃんと伝えます」とか言うべきなのだろう。なにせ、先輩が俺に優しくしてくれていたのは、実際、この先の自分の出世の為なのだから。

けれど、それはあまり口にしたくは無かった。

「あの、俺」
「いいよ。別にお前に何も期待しちゃいねーし」

 だって俺は、イーサにとって明確に何かを物申せる立場ではないのだ。あのマティックのように国の事情に明るいワケでもなく、ただイーサから、ほんの少し周囲のヤツらより好かれているというだけ。

 好意を持たれている。
 たったそれだけの関係性しかない俺が、まるで、イーサの権力の笠を着るような事は言いたくなかった。
 なにせ、これは仲本聡志、個人が受けた恩であり、優しさだ。だから、それに対するお返しならば、もちろん“俺個人”で出来る事ですべきだろう。

「……先輩。何か、やって欲しいお話とか。声とか……あったら、俺、やります」
「は?」
「俺、それしか出来ません。金もないし、知識もないし。顔も良いワケじゃないんで……女の人も連れて来れません」

 ただ、唯一少しだけ他のヤツらより得意だと胸を張れるのは、この声くらいなものだ。それだけ。俺にはそれだけしかない。ただ、それだけはある。

「……お前」

 自分でも無茶な振りをしてしまっていると思う。声に関する事だったらお礼出来るので、何か言ってください、なんて。いや、言われた方は困るだろう。

 そう、俺が気まずさから揺らめかせていた視線を、テザー先輩の方に向けた時だった。

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