上 下
144 / 284
第3章:俺の声はどうだ!

128:偉大なる父

しおりを挟む



「エイダが何をしたいのか、俺にも分からん」
「……エイダ?」
「ああ。最後に会ったのはいつだっただろうな。ヴィタリックが病にかかったと……俺達に伝えた時だったか」

 どこか懐かしむように口にされるその名に、マティックは欠片も聞き覚えがなかった。一度聞いた名は、どんなに些細なモノであれ、マティックは忘れない。そんなマティックが、記憶のどこからも、その名の糸を手繰り寄せる事は出来なかった。

「それは……誰なんですか?」

 尋ねてみるが、父は押し黙ったまま眉を顰めた。どこか苦し気なその表情に、“エイダ”という人物は、父にとって悪い間柄ではなかったのだと察しがつく。
 いや、むしろ――。

「その、エイダはヴィタリック様や父上にとって……親しい者だったのですか?」
「……会いたい、とは思う。ヴィタリックが居なくなってしまった今だからこそ、話したい。この気持ちを……分かちたい」
「……旧知の仲、という事ですね」

 だからこその、父のこの表情。
 マティックが知らないとなれば、それは父やヴィタリックの若い頃の……“友”という事にでもなるのだろうか。

「では、そのエイダと言う者がヴィタリック様の死を……いや、既にヴィタリック様が病に伏している事を人間に漏らしていた、という事だと考えていいのでしょうか。王は、旧友に裏切られたのだ、と」
「……先程、お前はゲットーから、リーガラントが進軍の準備をしているという情報を得ていたな」
「ええ。ゲットーはその為の場所ですから」

 ゲットー。
 数百年前までリーガラント領だったその場所は、今やクリプラントの植民地だ。そして、リーガラントの情報を得る為の、最重要拠点でもある。

「ゲットーにもたらされる最重要機密情報。今回のような進軍目的の軍備拡張等はまさにソレにあたるが、そう言った情報は、リーガラント内部に潜らねば得る事は不可能だ」
「……それは、そうですが。まさか、」
「ああ。エイダは我が国からリーガラントへ送られた諜報員だ。今回の軍備拡張の情報も、アイツのもたらしたモノだろう」
「は?では、まさか……潜った諜報員であるエイダが、裏切った、と」
「エイダにとって、これは裏切りではないのだろう」

 諜報員の存在はマティックも知っていた。ただ、諜報員はその匿名性から、王と側近である一部の者しかその情報は開示されない。
 そして、今、ここでその名が明かされた。それは完全に、宰相のバトンが父から息子マティックへと手渡された瞬間でもあった。

「エイダは私やヴィタリックの唯一無二の友であり、」

 マティックは遠い過去を懐かしむように口にする父の穏やかな声を、ただ静かに聞いた。

「ハーフエルフだ」
「っ!」

 ハーフエルフ。
 狭間の者。穢れた血。
 血を穢した者は、クリプラントでは即刻死刑であり、もちろん狭間の者として生まれ落ちたハーフエルフも見つけ次第死罪となる。

「エイダは……ヴィタリックを裏切ってなどいない。アイツは元々、人間もエルフも嫌いだからな。アイツはまさに狭間の者だ。今もこうして、人間とエルフの間で遊んでいるんだろうよ」

 王の病という国家機密の漏洩を、裏切りではないという。マティックは父の言葉にハッキリと頭を抱えた。旧知の友だからと、それは余りにも公私混同過ぎる。

 そして、それが分かっているのだろう。マティックの目に映る父の表情は、どうにも苦々しかった。

「遊びって……こっちは国の存亡がかかっているんですよ!?どうするんですか!そもそも、どうしてそんなヤツを諜報員になんかしたんです!?」
「アイツのもたらす情報が、圧倒的に正しく、そして重要だからだ。アイツはともかくそういった事に向いている」
「ソレで此方の情報も流されたらたまったもんじゃないですよ!?」

 本当にそうである。
 お陰でこの国は大ピンチなのだから。

「そこも含めて、ヴィタリックはエイダの手綱を引いていた。アイツはそういうヤツだ。どうしようもない。ヴィタリックが自分の病をエイダに教えたのも、アイツの判断だ。こうなる事も、ヴィタリックは承知の上だったのだろうよ」
「いやいやいや!そこは貴方が止めてくださいよ!それが王の右腕の仕事でしょう!?」

 今更言っても仕方のない事だと分かりつつ、マティックは父に言わずにはいられなかった。相手が父だからこそ、自分が息子だからこそ、こういった無駄な癇癪染みた事も言える。

 しかし、次に父の口から出てきた言葉で、マティックは一気に口をつぐむ事になった。

「止めて聞くような奴ならな。……お前もそろそろ分かってきているのではないか?王の血筋は、めっぽう頑固で言う事を聞かない、と」

 父の言葉に、マティックはヒクと喉を鳴らした。


-------サトシ!サトシを呼べー!勅命を出せー!
-------それはやらん!したくない!
-------面倒な事はお前がやるんだ!マティック!


「……た、確かに」
「そうなんだよ。止めても無駄な事が分かっている場合、もう俺に出来る事は、“そう”なった時の事を想定して、動く事だけだ」

 そう、どこか思い出し疲労のような表情を浮かべる父の姿に、生まれて初めて心から同情する事が出来た。
今のマティックだからこそ、その気持ちを真に理解できる。

「マティック。聞け。エイダの事も、軍の事も。一応、俺はずっと考えていた。こうなる事も、想定内だ」
「……!」

 マティックは立ち上がった父の姿に、息を呑んだ。
 それはまさに、ヴィタリックが死ぬ前の、在りし日の父の姿そのものだったからだ。

「まずは、エイダに会うしかない。アイツは、どちらか一方的に不利になるような情報だけを流すような奴ではない。あの男は、面白い事がとことん好きなヤツだからな」
「では、エイダに会う方法は?」

 マティックは少しだけホッとした。やはり、いくつになっても父というのは、


「信頼のおける人間を一人、ゲットーに送れ」


 息子にとっては、“偉大”だった。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

メテオライト

渡里あずま
BL
魔物討伐の為に訪れた森で、アルバは空から落下してきた黒髪の少年・遊星(ゆうせい)を受け止める。 異世界からの転生者だという彼との出会いが、強くなることだけを求めていたアルバに変化を与えていく。 ※重複投稿作品※

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。

BL
───…ログインしました。 無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。 そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど… ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・ 『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』 「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」 本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!! 『……また、お一人なんですか?』 なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!? 『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』 なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ! 「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」 ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ… 「僕、モブなんだけど」 ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!! ───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった

藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。 毎週水曜に更新予定です。 宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

処理中です...