137 / 284
第2章:俺の声はどう?
122:閉ざされた扉
しおりを挟む
----------
-------
----
『……』
目が覚めた。
見渡すと、そこはいつもの王宮の中庭だった。此処に来るのは久しぶりだ。見上げてみれば、そこにはキラキラと煌めく美しい星空が広がっている。
どうやら今は夜らしい。
『……?』
俺はいつものように、ピョンとその場から立ち上がると、妙な違和感に気付いた。立ち上がった瞬間、俺は確かに『イーサのとこに行こ!』と口にした筈だったのに。
『――』
声が出ない。
おかしいと思い喉に手を触れてみる。別に痛いわけでも、苦しいワケでもない。もう一度声を出してみようと試みたが、俺の口から放たれたのは、音のない呼吸音だけだった。
『―――!』
今度は叫んでみる。
『あーー!』と、意味もなく叫んだつもりだったのに、やっぱり俺は何の音も拾う事はなかった。
ここまで来ると不安になってきた。喉を人差指でトントンと叩いてみる。そんな壊れた機械じゃないんだからと、自分でも思ったが止められなかった。だって、他に何をどうすればいいのか分からなかったのだ。
そんな事をしていると、ふと、俺の手に何かが触れる感覚が走る。
『……!』
それはイーサがくれたネックレスだった。
いつの間に、これが。
そう、俺は自身の首にある筈のないそのネックレスの姿に、目を瞬かせた。これは、俺がエーイチに渡した筈だ。
『……?』
まさか、イーサ?
その瞬間、俺はハタとイーサの存在を思い出すと、ともかくその場から駆け出した。そうだ。きっとイーサなら何か知っているかもしれない。
助けてくれるかもしれない。
タッタッタッタ。
と、俺の足音だけが長い廊下の中を響き渡る。そういえば、以前イーサは部屋に居なかった。今日は居てくれるといいのだが。
『……っっ――っ』
肩で息をしながら顔を上げると、そこには見慣れたイーサの部屋の扉があった。そして、この時になって俺は、どうしたものかと首を傾げた。
いつもであれば、ここで『イーサぁ!開けてー!』と声を掛ければ良かったのだが、今はそれが出来ない。ただ、相手に許可も取らずに急に戸を開けるワケにもいかないので、ひとまず部屋の戸を叩いてみる事にした。
コンコン。
二度のノック。
すると、扉の向こうからいつもとは違う、しかし聞き慣れたイーサの声がした。
『誰だ』
短く問われたその声は、心臓が止まるかと思うほど冷たかった。
いつものイーサだったら『サトシ!よく来たな!』と扉を開けて両手を広げて待ってくれているのに。
『誰だ』という問いかけに、俺はすぐさま『サトシだよ!』と声を上げようとした。
『――!』
しかし、もちろん声は出なかった。此処に来て声が出ないという事実が、絶望的な状況を、更に絶望へと追いやる。
声を出さないと!そうしないとイーサに“サトシ”だって分かって貰えない。
『――――!!』
『名乗りも出来ないヤツは失せろ。ここをどこだと思っている。王の寝所だぞ』
『――!』
イーサの低くて怖い声が、容赦なく俺を拒絶してくる。ゾワリと背筋に冷たい感覚が走った。イーサのこんな声、初めてだ。
ドンドンドンドン!
たまらず、俺は再び扉を叩いた。いや、もう叩くというより、ソレは体当たりをしていると言っても良かった。ついでに、ドアノブに手をかけて、扉を開けようと試みる。
喋れなくても、姿さえ見せれば、俺だと分かって貰える筈だと思ったからだ。
姿を見せれば何の問題もない。そう、思っていたのに。
『っ!!』
いくらドアノブを捻っても、扉は一切開かなかった。
どうやら内側から鍵がかけられているらしく、ノブを動かす度、ガチャガチャと金属の擦れる音が響くだけだ。
『……っ』
扉に鍵が掛かっている。
その事実に、俺は何故だか物凄くショックを受けてしまっていた。
なんで?イーサ。
いつもは鍵なんて掛けてなかったじゃん。イーサが居ない時だってそうだ。この扉は何の苦もなく開いたのに。
どうして?
どうしてイーサは扉を開けてくれない?なんで鍵をかけてる?
ドンドンドンドン!
『うるさい!俺はお前など知らない!』
『――!』
『俺がこの世で一番大嫌いなのは、嘘つきだ!嘘つきとは会いたくない!さっさと俺の前から消えろ!』
その言葉に、俺はハッキリと理解した。
イーサは此処に居るのが“俺”だって分かっているんだ。ここに居るのが“サトシ”だって。
分かっていて尚、扉を開けてくれない。そうか。イーサは怒っているんだ。この俺に。サトシに。
『~~~~っ』
俺は首元に掛かったネックレスを両手で握りしめながら、イーサの扉の前にパタリと座り込んだ。
どこからか入ってきた夜風が、廊下の明かりを揺らす。俺の影も揺れる。俺の視界も揺れる。
全部、揺れる。
『俺はお前なんか知らない。元々知らなかった事にしてやる。最初から出会わなかった。俺は、それでいい』
『……』
それは、なんとも冷たい言葉だった。声もそうだが、一番冷たいのは“言葉”の方だ。もう、イーサの中で“サトシ”は無かった事にされた。
お話会でドア越しに物語を聞かせてやった日々も。ノックだけで、少しずつイーサの気持ちが分かるようになった毎日も。抱き締められて一緒に眠った夜も。
ぜーんぶ、イーサの中では無かった事、だ。
(ごめぇん、いーさぁ)
俺は、扉の前で床に敷かれた絨毯を濡らしながら大いに泣いた。きっと、傍から見たら、それはもう情けない姿だっただろう。普段の俺なら、きっとこんな風には泣かない。いや、泣けない。
でも、此処では“そう”ではなかった。
ここでは、何かにつけてイーサが俺を子供扱いしてくれた。抱きしめて、頬ずりをして、何でも好きなようにさせてくれた。
我儘をきいてくれた。だから、止められない。
『――っ、っ、っ』
ただ、俺の喉が空気を震わせる事はない。詰まったような呼吸音が響くだけ。だから、扉の向こうのイーサには、きっと気付かれていない。
でも、それでいいと思った。
せっかくネックレスをくれたのに、外すなって言っていたのに。死ぬなって言われたのに。その全部を、俺は裏切った。
いくら悲しくとも。悪いのはどこを切り取っても全部俺だ。
泣いたって、それは変わらない。
-------
----
『……』
目が覚めた。
見渡すと、そこはいつもの王宮の中庭だった。此処に来るのは久しぶりだ。見上げてみれば、そこにはキラキラと煌めく美しい星空が広がっている。
どうやら今は夜らしい。
『……?』
俺はいつものように、ピョンとその場から立ち上がると、妙な違和感に気付いた。立ち上がった瞬間、俺は確かに『イーサのとこに行こ!』と口にした筈だったのに。
『――』
声が出ない。
おかしいと思い喉に手を触れてみる。別に痛いわけでも、苦しいワケでもない。もう一度声を出してみようと試みたが、俺の口から放たれたのは、音のない呼吸音だけだった。
『―――!』
今度は叫んでみる。
『あーー!』と、意味もなく叫んだつもりだったのに、やっぱり俺は何の音も拾う事はなかった。
ここまで来ると不安になってきた。喉を人差指でトントンと叩いてみる。そんな壊れた機械じゃないんだからと、自分でも思ったが止められなかった。だって、他に何をどうすればいいのか分からなかったのだ。
そんな事をしていると、ふと、俺の手に何かが触れる感覚が走る。
『……!』
それはイーサがくれたネックレスだった。
いつの間に、これが。
そう、俺は自身の首にある筈のないそのネックレスの姿に、目を瞬かせた。これは、俺がエーイチに渡した筈だ。
『……?』
まさか、イーサ?
その瞬間、俺はハタとイーサの存在を思い出すと、ともかくその場から駆け出した。そうだ。きっとイーサなら何か知っているかもしれない。
助けてくれるかもしれない。
タッタッタッタ。
と、俺の足音だけが長い廊下の中を響き渡る。そういえば、以前イーサは部屋に居なかった。今日は居てくれるといいのだが。
『……っっ――っ』
肩で息をしながら顔を上げると、そこには見慣れたイーサの部屋の扉があった。そして、この時になって俺は、どうしたものかと首を傾げた。
いつもであれば、ここで『イーサぁ!開けてー!』と声を掛ければ良かったのだが、今はそれが出来ない。ただ、相手に許可も取らずに急に戸を開けるワケにもいかないので、ひとまず部屋の戸を叩いてみる事にした。
コンコン。
二度のノック。
すると、扉の向こうからいつもとは違う、しかし聞き慣れたイーサの声がした。
『誰だ』
短く問われたその声は、心臓が止まるかと思うほど冷たかった。
いつものイーサだったら『サトシ!よく来たな!』と扉を開けて両手を広げて待ってくれているのに。
『誰だ』という問いかけに、俺はすぐさま『サトシだよ!』と声を上げようとした。
『――!』
しかし、もちろん声は出なかった。此処に来て声が出ないという事実が、絶望的な状況を、更に絶望へと追いやる。
声を出さないと!そうしないとイーサに“サトシ”だって分かって貰えない。
『――――!!』
『名乗りも出来ないヤツは失せろ。ここをどこだと思っている。王の寝所だぞ』
『――!』
イーサの低くて怖い声が、容赦なく俺を拒絶してくる。ゾワリと背筋に冷たい感覚が走った。イーサのこんな声、初めてだ。
ドンドンドンドン!
たまらず、俺は再び扉を叩いた。いや、もう叩くというより、ソレは体当たりをしていると言っても良かった。ついでに、ドアノブに手をかけて、扉を開けようと試みる。
喋れなくても、姿さえ見せれば、俺だと分かって貰える筈だと思ったからだ。
姿を見せれば何の問題もない。そう、思っていたのに。
『っ!!』
いくらドアノブを捻っても、扉は一切開かなかった。
どうやら内側から鍵がかけられているらしく、ノブを動かす度、ガチャガチャと金属の擦れる音が響くだけだ。
『……っ』
扉に鍵が掛かっている。
その事実に、俺は何故だか物凄くショックを受けてしまっていた。
なんで?イーサ。
いつもは鍵なんて掛けてなかったじゃん。イーサが居ない時だってそうだ。この扉は何の苦もなく開いたのに。
どうして?
どうしてイーサは扉を開けてくれない?なんで鍵をかけてる?
ドンドンドンドン!
『うるさい!俺はお前など知らない!』
『――!』
『俺がこの世で一番大嫌いなのは、嘘つきだ!嘘つきとは会いたくない!さっさと俺の前から消えろ!』
その言葉に、俺はハッキリと理解した。
イーサは此処に居るのが“俺”だって分かっているんだ。ここに居るのが“サトシ”だって。
分かっていて尚、扉を開けてくれない。そうか。イーサは怒っているんだ。この俺に。サトシに。
『~~~~っ』
俺は首元に掛かったネックレスを両手で握りしめながら、イーサの扉の前にパタリと座り込んだ。
どこからか入ってきた夜風が、廊下の明かりを揺らす。俺の影も揺れる。俺の視界も揺れる。
全部、揺れる。
『俺はお前なんか知らない。元々知らなかった事にしてやる。最初から出会わなかった。俺は、それでいい』
『……』
それは、なんとも冷たい言葉だった。声もそうだが、一番冷たいのは“言葉”の方だ。もう、イーサの中で“サトシ”は無かった事にされた。
お話会でドア越しに物語を聞かせてやった日々も。ノックだけで、少しずつイーサの気持ちが分かるようになった毎日も。抱き締められて一緒に眠った夜も。
ぜーんぶ、イーサの中では無かった事、だ。
(ごめぇん、いーさぁ)
俺は、扉の前で床に敷かれた絨毯を濡らしながら大いに泣いた。きっと、傍から見たら、それはもう情けない姿だっただろう。普段の俺なら、きっとこんな風には泣かない。いや、泣けない。
でも、此処では“そう”ではなかった。
ここでは、何かにつけてイーサが俺を子供扱いしてくれた。抱きしめて、頬ずりをして、何でも好きなようにさせてくれた。
我儘をきいてくれた。だから、止められない。
『――っ、っ、っ』
ただ、俺の喉が空気を震わせる事はない。詰まったような呼吸音が響くだけ。だから、扉の向こうのイーサには、きっと気付かれていない。
でも、それでいいと思った。
せっかくネックレスをくれたのに、外すなって言っていたのに。死ぬなって言われたのに。その全部を、俺は裏切った。
いくら悲しくとも。悪いのはどこを切り取っても全部俺だ。
泣いたって、それは変わらない。
31
お気に入りに追加
240
あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!


男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる