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第2章:俺の声はどう?
115:いつか現れる選択肢
しおりを挟む『すみませんね。先輩。イーサの我儘のせいで』
『いや、別に……というか。俺は何故お前に謝られてるんだ?訳が分からん』
『あと、俺が先輩の立身出世のために役に立つなら、どうぞご自由にお使いください』
『は?』
『だって俺、先輩に懐いてますし。それで、先輩に優しくしてもらえるなら安いモンですよ』
『っ!』
何でもいい。先輩が俺を自分の立身出世のために優しくしてくれるなら、俺は優しくして貰いたいから、先輩の役に立とうと思う。
『俺も自分の為に、自分の立場を利用して先輩に優しくしてもらいますよ。それでいいじゃないですか』
『……』
俺はいつの間にか俺の腕から離れていたテザー先輩の手に、エーイチに対してネックレスを付けようとしていた動作を再開した。
今は、少しでもエーイチを回復させる事が先決だ。今、エーイチはギリギリの所で生きているのだから。
『それに、先輩。俺、多分鉱毒マナの事、事前に気付けるみたいです』
『は?お前、なにを……というか、そうだったな。お前、最初に次の分かれ道は自分に決めさせろとか何とか言ってたが、』
それはどういう事だ?
先輩の戸惑いに満ちた目が俺を捕らえる。それに対し、ネックレスを付け終わった俺は、先輩に向かって自分の喉を指さした。
『俺、あの分かれ道に入った後から、ずっと喉に違和感がありました』
『……あぁ、そう言えば。あの頃からだったな。お前がやたらと水を飲みたがるようになったのは』
そう、先輩なら分かる筈だ。俺はいつも先輩に水を貰いに行っていたから。俺が異様に飲み水を貰いに行き始めたのが、いつからか。
そう、俺が先輩の目を見て言うと、次の瞬間、先輩は目を大きく見開きながら言った。
『は?まさか、それが鉱毒マナへの反応だったと言うんじゃないんだろうな?』
『絶対そうですよ。だって、俺昔から喉弱いし。ちょっとの埃にもすぐ反応するくらいだし』
『待て待て待て!待ってよ!?それは余りにも、判断が早計過ぎっしょ!?それだけで、道の選択権をお前になんて渡せるワケねぇ!』
『だから、実験したいんです』
『実験?は?お前、何する気だよ!?』
『今までと変わりません。俺は“炭鉱のカナリア”をやります』
『なっ!』
そう、俺は改めて決断したのだ。知らずにやらされていた“カナリア”ではなく、今度は自分から進んでなる事を。
それが、俺の此処での役割だというなら、やらされるのではなく、自らやる。
俺の長い長い自問自答の結果が、ソレだ。
『元々、俺はその為に此処に連れて来られたんですよね?その目的自体は同じです。ただ、少しやり方を変えるだけ。カナリアの俺だけ先に行く』
『なにを……言ってんだよ?』
『だから、そのままの意味ですって』
俺はエーイチの首元に輝くネックレスを見ながら言った。
なんだ、今日の先輩はいやに物分かりが悪い。頭の良い筈なのに。その物分かりの悪さが、俺には少し嬉しかった。心配して貰えてる、そう肌で感じれるから。
『俺は少しでも違和感を持ったら、そこが鉱毒マナのスポットだって判断出来る可能性が高い。だから、分かれ道が現れたらほんの少し俺が先に行って……そうだな、一晩くらいかな?まぁ、ある一定時間をそこで過ごします』
『……それで?』
『それで何も俺の喉に違和感がなかったら、何もないって事でソッチに進みましょう。一晩無駄にはなるけど、何事も急がば回れっていいますからね』
俺の言葉に、テザー先輩は苛立ったように腕を組んで此方を見ていた。
『だったら、尚の事。そのネックレスはお前がすべきだろう。もしもの時の為に』
『ダメだ』
『なぜ』
『鉱毒マナのスポットは、どこに発生するか分からない。そう言っていたのはテザー先輩じゃないですか』
『……確かに、そうだが』
そう、そうなのだ。
俺達は今、“大いなるマナの実り”を採掘するために此処に来ている。だからこそ、俺達は毎日奥へと進んでいる訳だが、だからと言ってマナスポットがこの奥にしか発生しない保証なんてどこにもない筈だ。
『だったら、今居る此処も、時間経過によっては鉱毒マナのスポットになるって事は、充分あり得る話ですよね?』
これは、俺の予想でしかない。
でも、ずっとずっと一人で考えて、不安を一つ一つ洗い出していったコレもその一つだ。エーイチを死なせたくないから。俺だって、たくさん考えたんだ。
『さすがに、そんな事は……そうそう、ある事ではない』
『……やっぱり。無いワケじゃないんだ』
『確率は少ない』
『無いワケじゃない』
『屁理屈を言うな!』
『屁理屈じゃない!その少ない確率でも、エーイチの命がかかってる!俺はそれが嫌なんだ!』
そう、エーイチはあと僅かでも鉱毒を体内に含んでしまえば死んでしまう。それに、俺の選択が完全に正しいモノを選べる自信もない。
今後の道に対する保険の意味でも、このネックレスは今後エーイチが身に着けるべきなのだ。
そう、拳を握りしめながらテザー先輩を見ると、先輩は眉間に皺を寄せながら、なんだか泣きそうな顔で俺を見ていた。
『お前は、バカだ。サトシ・ナカモト』
『俺は馬鹿だけど、間違っちゃいない』
『間違ってるよ』
『大丈夫ですよ。俺は死なないので。絶対に鉱毒マナにも気付ける自信があるし』
何故か先輩の顔を見ていられなくて、俺はフイと顔を逸らしながら言った。だって、先輩のそんな顔、初めて見るから。
すると、顔を逸らした俺に先輩の、あの羨ましい程に色気のある声が震えながら言った。
『……お前は色々と一人で考えたんだろう。本当に、色々とな』
『そうですよ。誰も教えてくれないから、考えるしかなかった』
『じゃあ、お前は“ここまで”考えたか?』
『へ?』
先輩の手がいつの間にか俺の顎に添えられ、力いっぱい先輩の方へと向けられた。目の前には、眉を寄せ、やっぱり泣きそうな、いや、苦しそうな先輩の顔。
『次に、俺が倒れたら……お前はどうする?』
『へ?』
『ネックレスを外すという選択肢の先にある……酷な決断に、お前は堪えられんの?』
テザー先輩の大きくて白い手が、俺の輪郭をなぞるように撫でた。そこは撫でられたら気持ちがいいところだ。
--------じゃあ、どう撫でたらお前は気持ち良いんだ。言ってみな?
耳の奥で聞こえてきた先輩の優しい声に、そんなバカみたいな考えが、俺の頭を過った。
『今は症状を発症しているのがエーイチだけだからいい。けど、そのうち必ず俺や他のヤツらにも倒れる者は現れる。その時、お前の手にある一つしかないネックレスを、お前はどうする気だ?』
『っ!』
『俺かエーイチか。お前はコレを外した瞬間から、お前が背負うべきでない苦しみを、選ぶ事になるんだぞ。命の選択権を、お前は手にしてしまう』
『今ならまだ間に合う。お前が付けろ。いいんだよ、それでさ』
お前は、生き残るという選択肢から“選ばれた”んだから。
そう言ったテザー先輩の顔は、完全に俺に懐いていた。
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