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第2章:俺の声はどう?

114:ネックレスを外す時

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『先輩。隊長に伝えてください。今後、道の選択は全部俺にさせるようにって』
『は?お前、一体なにを……』

 俺の言葉に驚いた表情を浮かべるテザー先輩を余所に、俺は首にかけていたイーサからのネックレスを外した。それまで当たり前のように俺の首に掛かっていたソレは、今は俺の掌の中で静かに光り輝いている。

 あぁ。これが、ずっと俺の事を守ってくれていたのか。

『おい。何してんだよ。お前がソレを外したらダメっしょ』
『……あの、テザー先輩』
『なんだよ』
『エーイチは、どのくらい危なかったですか?』
『は?』

 俺はテザー先輩の問いには答えず、逆にずっと気になっていた事を尋ね返した。俺の視線の先には、静かな寝息を立てて目を閉じるエーイチの姿。

『……エーイチは、何ていうか。その、』

 俺がエーイチの容態について尋ねた瞬間、それまで俺に勢いよく言葉を被せてきていたテザー先輩の視線が逸らされた。

耳をすましてみれば、エーイチの口から漏れる呼吸は、短く、そして浅い。
それに加え、その顔色ときたら少しの生気も感じられなかった。真っ白を通り越して灰色に染まったその顔は、まるで死んでいるようだ。

『先輩。俺には知る権利があるって言ってくれましたよね。本当の事を教えてください』
『……そう、だったな』

 運よく息をしているだけ。
俺にはエーイチの姿が、そんな風に見えて仕方がなかった。

『……あと少し、鉱毒マナを吸い込んでいたら、死んでいたと、思う』
『そっか』

 やっぱり。
 俺は眠るエーイチを見つめながら、ソッとその頬に触れてみた。冷たい。いつも表情をコロコロと変え、商いの為にあちこち忙しそうに動き回っていたいつものエーイチが嘘みたいだ。

『この、鉱毒マナは時間が経つと……ちゃんと、消えますよね?ずっとこのままなんて事は無いんですよね?』
『まぁ、最終的には自然と体外に排出されるだろうが。此処では、次にいつ鉱毒マナのスポットに当たるか分からないからな。特にエーイチは症状が現れるのが、体内許容量のかなりギリギリの所だった……だから、こうなった』
『それって、次、俺達が気付かずにマナスポットに当たったら……エーイチは死ぬって事ですか?』
『っそれは、』

 俺のハッキリとした問いに、テザー先輩はヒクリと眉を寄せた。
 俺だってこうも「死ぬ」なんてハッキリ口にしたくはない。けれど、ここは怖がって現実から目を背けている場合ではないのだ。

--------死ぬな、サトシ。

 出発の前の晩。イーサが俺に真剣な顔でそう言ってくれたのを思い出した。あの時のイーサの気持ちが、俺にもやっと分かった。

 俺は、未だに自分の“死”には興味がある。
なにせ、此処はそもそも俺の元の世界ではない。もしかしたら、長い夢を見ているだけかもしれないなんて、未だに本気で思っている。

『でも、それは“俺”だけの話だ』

夢でも、夢じゃなくても。この世界の皆は“死んだら確実に終わり”だ。テザー先輩も、エーイチも、シバさんも、ドージも。あのメイドさんも、

そして、イーサも。

『死なせたく、ねぇな』

 そう、死なせたくない。
この世界において、俺は自分の命よりも、皆の命の方が遥かに重みがあるのだ。そんなのまるで物語の“主人公”みたいじゃないか。

『っは、何が主人公だ。こんな主人公。居てたまるかよ』

俺は、どこかでこの世界を“俺の世界ではない”と、ハッキリ認識している。だから、自分の命にはこの世界の“死”の後も、どこかで続くと思っているのだ。だからこそ、そんな事が思える。自分は安全な場所に居るから。

 ただ、それだけだ。
 俺の大好きで尊敬する“主人公”達には程遠い。

俺は首から外したイーサからのネックレスを手に、眠るエーイチの側に寄った。

『おい、サトシ・ナカモト。お前、それをどうするつもりだ』
『……この状況でどうするかなんて、テザー先輩なら言われなくてもわかりますよね』

 このネックレスを、エーイチに付ける。
ひとまず、そうする。革の首輪のついたエーイチの首に俺はソッとネックレスを通した。

『おいっ!やめろよ!そんな事をすれば、お前が次はこうなるんだぞ!』
『大丈夫です』
『何が大丈夫だ!忘れたのか!?転移魔法で此処に来た時の事を!お前はタダでさえマナを体内に溜めやすい性質なんだ!鉱毒マナもすぐに閾値に達するぞ!死にたいのか!?』

 テザー先輩の怒声が、俺に口を挟む間もなく響き渡る。先輩のこの怒声、何か久しぶりだ。出会ったばっかりの頃は、この声ばっかり聞いていた気がするのに。でも、あの時と今では、その怒声も意味合いが大きく異なる。

『それはお前がイーサ王子から賜ったモノだ!それが、どういう意味か……もうお前にも分かるだろう!?』
『はい、分かります』

 ちゃんと分かってる。イーサは俺をずっと想ってくれている。だって、俺が冗談半分で言った“夢電話”なんてモノを、金弥みたいに本気で信じて、会いに来てくれていたのだから。

-------サトシー!夢電話!大成功だったな!おばあちゃん家から毎日会いに来てくれてありがとう!楽しかったー!

 そう言って、笑う金弥を今でもはっきりと思い出せる。
夏休み。おばあちゃん家から帰ってきた俺に、金弥は言ったのだ。金弥の中では、夏休みの間も、ずっと俺と一緒だった。

『やめろ……』
『やめませんよ』
『……この馬鹿が』

 俺の腕をテザー先輩の綺麗な手がガシリと掴んだ。絶対にそんな事はさせない、と。腕に加わる力強さが言っていた。

『先輩……?』
『させねぇよ』

先輩の目が、何かを思い出すように細められる。テザー先輩は一体何を思い出しているのだろうか。

『……俺はイーサ王子に、お前を死なせるなと命を承っている。だから、俺はみすみすお前が死ぬような事を、黙って見過ごすワケにはいかない』
『イーサが、先輩にそんな事を』

 初耳だ。
 いつの間にイーサとテザー先輩は接触を持っていたのだろう。それに、あのイーサが俺以外の他人と話したという事に驚きを隠せなかった。
でも、だからこそ合点がいった。

『だから先輩。ここに来てから、急に俺に優しくなったんだ』
『……う』
『俺に懐いて欲しかったのも、それが理由ですか?』

 その問いかけに、それまで力強く握りしめられていた先輩の手から力が抜けた。そして、そりゃあもう分かりやすく表情を歪ませるテザー先輩に『器用貧乏だなぁ、この人も』と、苦笑せずにはいれなかった。

きっとイーサの事だ。俺が死んだらテザー先輩の家ごと取り潰してやるとかなんとか、そんな我儘を言ったに違いない。
まったく、困った奴だ。

『そうだ。俺は……自分の立身出世のために、お前に取り入って利用しようとしていたんだ』
『そっか』
『だから、俺はお前を心配して言っているのではない。全部俺自身の為だ』

 シュンデレかと思ったら、急に先輩もエーイチみたいな事を言いだす。皆して困ったモンだ。

『テザー先輩もエーイチも……他人への優しさが百パーセント好意でなきゃダメだって思ってる時点で……なんか良い奴過ぎなんですよね』
『どういう意味だ』
『そのままの意味ですよ』

 イーサの我儘に付き合わされて、真面目に必死に俺に付き合ってくれた。
 毎朝毎朝、まだ暗い明け方にやってくる俺に、文句の一つも言わずに雪兎をくれた。ホントは、断っても良かった筈だ。他にも水を出せるヤツは居るし。それに、渡すにしても普通に雪の塊とかでも良い筈なのに。

 俺が最初にえらく雪兎を喜んだモンだから。

 先輩はずっと俺に“雪兎”をくれた。

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