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第2章:俺の声はどう?

113:カナリアになった男の子

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「じゃ、エーイチ。そろそろ行ってくる。また後でな?」
「……うん」

 小さく頷くエーイチに、俺は軽く手を振ると、黙って待ってくれていた隊長の元へと向き直った。

「すみません。隊長、準備が出来ました」
「……あぁ」

そこには、妙に申し訳なさそうな隊長の顔。あぁ、これは……。俺は、隊長が今、何を考えているのか、よーく分かる。

「その、忘れ物とかは……ないか?」
「無いです」
「こう、俺達の目は気にせず……エーイチと口付けでも何でもしていいんだぞ」
「いや、だから!ナイですから」
「いや、気にするな!俺達は壁だと思ってもらっていい!」

多分だが……いや確実に、隊長は俺とエーイチがデキてると思っている。というか、他の皆にも確実にそう思われている。
なにせ、このタイミングで皆から向けられる視線に「愛し合うお前らを引きはがしてごめんな」という感情をひしひしと感じるのだ。勘違いだと何度否定しても分かって貰えないので、もう俺も放っておく事にした。

そしたら、

「お前ら、何も見てないよな!?これまでも、そしてこれからも!」
「見てないっす!」
「見てない!」
「俺達の目は節穴だ!」
「ほら、皆もこう言っている。気にするな?サトシ。」
「いやいやいや!ナイって言ってるじゃないですか!?」

いつの間にかこんな風になった。
クラスでやっと付き合い始めた二人を、教師共々見守ってくれているような、こんな謎な空気に。

「もう!違うって言ってるのに!」
「だから、隠す必要ねぇって。この狭い世界で、恋が芽生えるのは必然だ。人生短いんだ。やりたい事をやれよ」
「……これだよ」
「ん?」

 意外にもロマンチックな事をサラリと口にするガタイの良いオッサンエルフに、俺は浅い溜息を吐いた。
 多分これも、皆にとっては楽しい娯楽の一種に違いない。確かに、クラス内の色恋沙汰程、狭い学校生活のなかで面白い事はなかった。

まぁ、高校時代のクラスの色恋沙汰は、完全にその全てに金弥が関わっていたが。おかげで、俺も何度巻き込まれたかしれない。

「もう俺、行きますからね」
「あ?ホントに良いのか?」
「しつっこいな!いいって言ってんだろうが!」
「若けぇな」
「ウゼェ!」

 しつこく絡んでくる隊長に、俺はたまらず叫んだ。そんな俺に、隊長は愉快そうに笑う。まさか、俺がこの人に「ウゼェ!」と何の気のてらいなく言える日が来るとは。

「へーへ。悪かったな。まぁ、くれぐれも無理はするなよ」
「うわっ」

 大きな隊長の手で頭をかき混ぜられながら、俺はチラと俺の遥か上にある隊長の顔を見上げた。その目は、なんだか凄く優しい。まるで、自分の子供でも見ているような、そんな目だ。

「少しでも違和感があったら、すぐに戻って来い」
「……はい」

隊長にこんな目で見て貰えるようになったのは、ここ最近の事だ。
俺やエーイチは、人間って事もあって他の皆よりも体が小さい。だから、妙に子供扱いされてしまうのだ。

「ほんと、わかんねぇもんだな」

最初は、まぁ頭から水流壁にぶち込まれたりと色々あったが、うん、まぁそうだな。今では、この人の声も“良い声”だと思う。ブレブレでガラついてるけど、ヴィタリック王とはまた違う。

“父ちゃん”みたいな声だ。

「じゃあ。えっと、行ってきます」
「おう」

 それに、他の皆もそうだ。

「サトシー!気を付けろよー!」
「何かあったら大声出すんだぞー!」
「お前声デカいから、多分聞こえるだろ!」

俺の「行ってきます」に対し、皆からかけられる言葉。無視されない。名前を呼んでくれる。ちょっと心配そう。
いつの間にか、こんな風になってた。

「……」

そんな皆の中にあって、テザー先輩だけが俺に対して厳しい目線を向けてくる。しかし、それに関しては気付かないフリだ。気にしたって俺のやるべき事は、何も変わらない。

「数刻で戻って来ないようなら迎えをやる」
「はい、よろしくお願いします」

 俺は二人の隊長に頭を下げると、荷物の最低限入ったカバンだけを持ち、新しい道へと足を踏み入れた。そんな俺の背中に、未だに次々と「水持ったかー?」とか「お前の寿命はまだまだだからなー!」なんて、声が掛けられる。

「うぅ……」
 
その言葉が妙に嬉しくて、俺は皆の方を振り返って叫んだ。

「帰ったら続きのお話します!」

 俺ってチョロイ。こないだまで、あんなに酷い扱いを受けていたのに。ほんとに、チョロイ。しかし、そんな俺の内心など知ってか知らずか、皆は「おぉぉぉっ!」と楽しそうな声を上げた。

 そうやって、純粋に盛り上がる皆の姿は、昔、テレビの前に座って待っていた俺と金弥そのものだ。あの人たちの前だと、俺も“ビット”になれる。それが、本当に嬉しかった。だから、まぁチョロくてもいいか、と。今では思う。

「さて、行くか」

 俺はよいしょとリュックを背負い直しながら、坑道の先へと進み始めた。

 歩み、歩み、一歩一歩着実に進んでいく。
 坑道は、どの道を行っても皆似たようなモノだ。ゴツゴツとした岩肌が四面に広がる。ずっと見てると、どこが上か下か、右か左か。混乱しそうだ。

そうしていくうちに、それまで後ろで聞こえていた皆の声が聞こえなくなった。

 静かだ。
 遠くでポチャンと言う水滴の落ちる音が聞こえる。

「……誰も、居ない。俺しか、居ない」

少しだけ、心細い。賑やかだった皆の声がもう既に懐かしく感じる。エーイチの涙も、テザー先輩の不機嫌そうな表情も、シンとした坑道の中では、どこまでも遠く感じた。

そして、今や最も俺が遠くに感じるのは、

「最近、イーサの夢見ねぇな」

 イーサだ。
 この坑道に潜ってから、毎日嫌という程イーサを感じていたにも関わらず、ここ一週間全くイーサの夢を見ていない。

「っけほ」

 俺は少しだけ違和感の残る喉に手を触れながら、軽く咳をする。これは、この道に来たから現れた違和感ではない。元々、喉の奥にこびりついていたものだ。乾燥と……そう。多分、前回の分かれ道で、鉱毒のマナスポットに当たった時の名残。

 やはり、イーサのネックレスがないと、こうも如実に影響を受けるらしい。少し、シビレる。今回は少し長めに潜る必要があるかもしれない。

--------ネックレスを……絶対に外すな。

「ごめんな、イーサ」

 イーサから切実に口にされた約束を、俺はアッサリと破ってしまった。
 もう、俺の首にはイーサのネックレスはない。あれを外してから、パタリとイーサの夢も見なくなってしまったのだ。
 どうやら、あれこそが俺とイーサを夢で繋いでいた“糸”だったらしい。

「イーサ。元気かなぁ……そう、仲本聡志は何もない首元に手を触れながら言った」

 久々にセルフ語り部を呟いてみる。誰も居ないので、小声ではなくハッキリとした声で。そうしないと、心細くて嫌になってしまう。
寂しいと感じている“仲本聡志”を、すっぱりと切り離さないと。

「さてと」

 俺はそろそろいいか、と、少しひらけた場所にリュックを下ろし、その場に倒れ込むように腰を下ろした。

「はぁ、なんか……疲れたな」

あとは此処で数刻待つだけだ。喉に神経を集中させ、違和感が増すようであれば、この道は鉱毒マナのスポットと判断していいだろう。

「っはぁ。イーサ、会いたいなぁ」

 俺は座り込んだ膝の上に頭を押し当てると、深く息を吸い込んだ。

「そう、仲本聡志は心の底から思った。夢でいいから会いたいと、本気で思ってしまうくらいには、仲本聡志は……俺は、イーサに会えなくて……寂しかった」

 こうして寂しくて、会いたい気持ちを口にすれば、その気持ちから離れられる。そうやって、俺はいつもセルフ語り部で、たくさんの気持ちを切り離してきたんだ。
 でもどうだろう。この気持ちが、この言葉で俺から離れていく様子は見られない。

 むしろ、口にする度にイーサに会いたくて仕方がなくなる。

------夢電話をしようぜ!

 そう、イーサを宥める為に言った自分の言葉に、今は本気で縋りたい。少しだけ、目を閉じてみた。もちろん、深くは寝らない。ほんの少しだけ。

「……きつい」

ただ、少しでもイーサに会えればという希望と共に、体全体を襲う多大なる疲労感に、意識を手放した。

「……いーさ。あい、たい」


 一週間前の事だ。
エーイチが倒れ、俺が夢の世界でイーサに会えなくなってしまったあの日、俺は決意した。一人で【炭鉱のカナリア】になる事を。

 この坑道で、誰も俺の前で死なせない事を。
 俺は決意したのだ。


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