111 / 284
第2章:俺の声はどう?
98:血で血を洗う
しおりを挟むこの日も、クリプラント王家では壮絶な権力争いが行われていた。
「お兄様の分からず屋!私が王になると言ってるでしょう!?」
「ソラナ。お前の論に、今や本質はない。諦めろ、俺が次代の王だ」
「うううっ!キライキライキライキライ!お兄様は昔からそう!先に生まれたというだけで!長男というだけで!男というだけで!いつもいつもいつもいつも!」
王家の権力争い。
すなわち、兄妹喧嘩だ。国家の権力争いは、いつの時代も血で血を洗う骨肉の争いなのである。
「イーサ王子。着実に議論の腕が上がってこられましたねぇ。そういえば、貴方は幼い頃から、口は達者でいらっしゃった事を思い出しましたよー。ソラナ様と話す場を設けて良かった」
「だろう?ソラナなど、今や敵ではない。百年のブランクなど、ソラナと二、三度話すだけで十分埋まる」
そう言って側に立つマティックへと得意気な表情を見せるイーサに、それを真正面から見ていたソラナは、床に足をバタつかせた。
「何よ何よ!私を体の良い練習台に使って!マティックのバカ!私に協力してって言ったのに!結局お兄様なんかに付いて!」
「申し訳ございません、ソラナ姫」
「っ!全然申し訳ないって思ってないでしょう!?」
「はい、思っておりません」
そう、本当に悪びれる様子もなく笑顔で頷くマティックの姿に、ソラナはひゅうっと息をのむと、その美しい顔をグシャリと歪めた。
「マティックなんか嫌い嫌い!一生嫌い!もう一万回嫌いになったわ!」
「それは残念ですー。ソラナ姫」
「思ってない事を言わないで!ポルカ!ポルカ来て!」
「はい!ただいま!」
ソラナの呼びかけに、ソラナの部屋の入口で待機していたポルカは、その半分泣いているようなソラナの声に、急いで主の元へと走った。
「もう嫌!これだから男は嫌い!一万回嫌いになっても足りないわ!」
「私、……一万回嫌いになるなんて言葉、初めて聞きました」
「そうよ!一万回なんて初めて言ったわ!」
ソラナは自身の側に控えるメイド服姿のポルカに向き直ると、そのまま勢いよくポルカに抱き着いた。そんなソラナに、ポルカはいつものようにその頭をソッと撫でてやる。
「ポルカ!私、絶対に王様になって、貴方達がもっと幸せに暮らせるようにしたかったのに!」
「ソラナ様。すみません、私には何も出来ず。役立たずです。しかし、私は既に幸せなのですが」
「そんな訳ないでしょう!私達はもっともっと幸せになるのよ!ほら!もっと私の頭を撫でてちょうだい!そして、敬語は止めてって言ってるじゃない!」
「わかったわ!ソラナ」
「よしよし、大丈夫大丈夫って言って!」
「よしよし、大丈夫大丈夫」
ポルカは自身の腹に顔をくっつけて、肩を震わせるソラナの頭を、それはもう優しく撫でた。ついでにもう片方の手で、ソラナの震える肩も撫でてやる。
「……はぁっ」
そんな二人の姿を、マティックは内心「時間がないというのに」とウンザリしつつ、しかし黙って眺めていた。口を挟むと、それこそ面倒な事になるのは分かっている。
「……」
次いで、ソファに腰かけるイーサにチラと視線を向ける。
するとそこには、先程までの余裕の表情から一転して、二人の様子を食い入るようにして見つめるイーサの姿があった。
どうやら、その目は、あのポルカという侍女の首元へと向けられているようだ。
そこには、イーサがサトシに与えたネックレスと同じモノが、これでもかと言う程きらめいている。
「イーサ王子。羨ましいからと言って癇癪は止めてくださいね。何をどう喚いても、サトシはここには居ないのですから」
「わかっている」
わかっているのだが、イーサはやはり目の前の二人が羨ましくて仕方がなかった。あの、ポルカという侍女。よく見れば、以前、寝所に潜り込み、聡志の名を親しげに読んでいた女だが、どうやらソラナの“相手”らしい。
「……わかっている」
そう、普通はネックレスを与えた相手というのは、こうして与えた王族のすぐ傍に控えているモノなのだ。それなのに、どうしてサトシは自分の側に居ないのだろう。
イーサはやるせない気持ちを必死に抑え込むと、すぐ隣に立つマティックへと向き直った。
「マティック、ナンス鉱山の様子はどうだ」
「まだ“大いなる実り”は採掘されておりませんよ。まだ兵が採掘に潜って十五日。そう簡単にはいかないでしょう。……まぁ、今回ばかりは、一刻も早く見つかる事を祈りますが」
「……違う。そういう事を聞きたい訳ではない」
イーサはコツコツと足を鳴らしながら、静かに腕を組む。ソラナと国についての議論を交わすようになってから、イーサは次第に色々と考えるようになった。
国の在り方について、考えねばならぬ施策について。
人間であるサトシが、幸福を感じる事の出来る国にする為には、一体自分はどのような王であるべきなのか。
たくさん、たくさん考えた。否、考えている。
マティックの言うように、歩みながら、走りながら。ずっと、考えない時はない。
「あぁ、サトシの事ですか?そう個人の事など報告に上がってきませんよ。さすがに職権乱用もあからさま過ぎると、サトシ本人に対する実害が出かねません。お願いですから、気持ちを抑えてください」
マティックは何を勘違いしているのか、静かに思考するイーサに対し宥めるように声をかけてくる。イーサはそれに対し「違う」と、少しの苛立ちをその顔に浮かび上がらせた。
「ナンス鉱山での各坑道の兵達の様子。共に潜っているカナリアの扱われ方。潜った坑道での採掘距離。作業効率が最も良かった隊と、そうでない隊との比較」
「……」
「マティック。四百年後のリケルの年など、またすぐにやって来る。ここで得られる数値や情報は全て貴重な記録だ。各隊の隊長に必ず細かく報告させろ」
「ここまで言わねば分からないか?」とでも言いたげな様子で口にするイーサに、マティックは、思わず息を呑んだ。本当にいつの間にか、この王子は百年の空白を埋めてしまっている。いや、埋めるどころではない、百年前以上の姿だ。
目的意識の差が、まさかここまで王としての意識を変えてしまうとは。
マティックのゴクリと飲み下した唾液の音と、ツラツラと述べるイーサの言葉が綺麗に重なり続ける。
「いや、各隊の隊長に任意に報告させたのでは、情報が統一されない。今から俺が言う事を主に、お前が報告様式を作れ。そして、すぐにでも各隊にその旨を伝達させ、報告義務を課すのだ」
「承知しました」
「あと……」
イーサは向かい側から痛い程感じる視線を無視し、ずっと引っかかっていた事をマティックへと尋ねた。
41
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
結婚を前提に異世界にきてくれませんか?
むー
BL
週4で深夜のコンビニバイトをしている可愛歩夢の悩み事は、最近一緒に働くことになった一個下のイケメン大学生の一后淡雪に口説かれていること。
しかも、事あるごとに「結婚を前提に一度僕の国に来て欲しい」と言う。
めちゃくちゃモテ男のクセに、同じ男のオレと結婚したいとしつこい淡雪が色んな意味でウザい。
そんな時、急に長期の休みが出来てしまい、誘われるまま淡雪の国に行ってみることになった。
だがしかし。
行ってみたら、そこは異世界だった……。
2021/10/31 連載開始
2022/6/26 第2部開始(1日2回更新予定)
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。
夜のトラフグ
BL
シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。
しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。
(……あれは……アステオ公子?)
シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。
(………具合が、悪いのか?)
見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。
魔法の得意な平民×ツンデレ貴族
※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。
攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。
慎
BL
───…ログインしました。
無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。
そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど…
ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・
『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』
「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」
本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!!
『……また、お一人なんですか?』
なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!?
『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』
なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ!
「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」
ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ…
「僕、モブなんだけど」
ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!!
───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる