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第2章:俺の声はどう?

97:絶対の約束

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 その日も、俺は王宮の端の、美しい中庭の小道に居た。


『イーサのとこ行かなきゃ!』


 走る、走る、走る。
 俺は、小さな体をコロコロと転がすように走った。今日は嬉しい事があった。だから、早くイーサの所に行かなければ。

 早く、イーサに会いたい!

『いーさぁ!あけてー!おれだよー!サトシだよー!』

 そう、まるで体当たりをするようにイーサの部屋の扉を叩くと、すぐに扉が開かれた。開いた瞬間、あったかい太陽の匂いがフワリと鼻の奥をくすぐる。

 懐かしい、とても好きな匂いだ。

『サトシ。今日も迷わず来れたか?』
『うん!イーサ!イーサ!おれ、今日、イーサに話したいことがたくさんある!』
『サトシ!今日はイーサもサトシに話したい事があるぞ。さぁ、来るんだ!イーサがサトシを抱っこしてやろう!』
『うん!』

 俺は大きなイーサの体に抱きつくと、そのままイーサの首に手を回した。

『ふふふ』
『どうした?サトシ』
『イーサの、かみのけ、気持ちい』

そういえば、いつの間にか、イーサの長かった髪の毛は短くなっていた。最初は驚いたが、今では短い髪の毛のイーサにも慣れた。むしろ、俺はこっちのイーサの方が好きだ。短い方が格好良いし、短くなったうなじの部分は触ると、非常に気持ちが良い。

 サラサラジョリジョリとして、好きな手触りだ。

『ふふ。くすぐったいぞ、サトシ』
『おれ、イーサの髪の毛すき!』
『そうか!なら、もっともっと触っていいぞ!サトシは特別だ!』

 良いと言われたので、俺は抱きかかえられたままイーサのうなじを、小さな手で何度も何度も撫でた。そして、撫でながらいつものように、今日あった出来事を話す。エーイチと話して楽しかったこと、皆にお話会をしたら「早く続きが聞きたい」と言われた事。

 様々な事を話す。
 そして、それはイーサも同じだ。

『イーサは、今日も妹とけんか?』
『喧嘩じゃない。あれは議論だ!しかし、今日はイーサも少しは言い返せたぞ!そろそろ議論のコツも思い出してきた。もうすぐで、あんなウルサイ妹は論破してやれる!どうだ?イーサも頑張っているぞ?偉いだろう?』
『うん!イーサもえらい!』

 どうやら、イーサも妹との喧嘩を頑張っているらしい。
何やら、一つしかないモノを取り合って二人で毎日喧嘩しているらしいのだが、どうやら二人共譲れないらしい。

だから、毎日“ギロン”をして、二人で戦っているようだ。まぁ、普通は、兄が我慢して妹に譲るのが筋なのかもしれないが、そんな事、俺は言わない。

 一つしかないモノを取り合うというのが、何だか声優のオーディションみたいだと思ったからだ。もし、オーディションなら、例え相手が誰であろうと、譲れはしない。皆、必死だ。必死な中、皆、懸命に闘っているのだから。

『イーサ、がんばれ!』
『ああ!イーサは頑張るぞ!』
『うん!』

 だから、俺は毎晩イーサに『がんばれ』と言うと決めている。だって、何がどうであれ、イーサが嬉しい方が、俺も嬉しいからだ。

『ところで、サトシ。体は大丈夫か?痛いところや、苦しいところ、変なところはないか?』

 そして、毎回イーサはコレを俺に尋ねてくる。そして、それに対し、今日も俺は首を横に振る。

『どこもいたくない!大丈夫!元気だよ!』
『そうか、変な所があったらすぐにイーサに言え。コレは、絶対の約束だ』
『うん!』

 そう言って俺はまたイーサの体に抱き着いた。俺の体は小さい。夢の中では八歳の子供の姿をしている。だからイーサに抱きつくと、すっぽりとその腕の中に納まる。
 良い匂い。懐かしい、太陽の匂い。

『サトシ、もう起きてしまうのか?』
『ちょっと、ねむい』
『残念だ。俺は、まだまだサトシと話したいのに。それに、まだサトシを離したくない』
『はなしたいのに、はなしたくないの?へんなの、いーさは、へん、なの』
『サトシ、サトシ、サトシ』

 目を瞑った俺の顔に、何かがたくさん降ってくる。
ちゅっ、ちゅっ、と音を立てて。たくさん、何かが顔にあたる。何かは分からないが、それはとても気持ちが良かった。

『……いーさ、おやすみ』
『あぁ。サトシ。おはよう。また、明日』

 イーサの腕の中で、眠気に引きずられながら俺は思った。

 どこも痛いところはないか?というイーサの問いに、一つだけ言うか迷った事。でも、大した事がないと思って、見て見ぬ振りをしている事。

 ぜったいのやくそく。
 その言葉が、俺の耳の奥でぐるぐると遠くに消えていった。


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「……っ!」

 ナンス鉱山に来て十五日目の朝。

「おはよう、サトシ」
「おは、よう……エーイチ」
「ふふ、今日も凄かったよ?ね、ご、と」
「……そっか」

 そう言って笑うエーイチの声を聴きながら、俺は自然と自身の喉へと手をやる。しかし、その手は革製の首輪に隔てられて、俺の喉に直接触れる事は出来なかった。

「どうしたの?サトシ。どこか具合でも悪いの?」
「……いや。何でもない。」
「そう?ならいいけど」

 そう、体を起こしながら俺は深く唾液を飲み込んだ。喉を唾液が通り過ぎる。

「ちょっと、うがい行ってくるわ」
「……うん、いってらっしゃい」

 どこか心配そうな目を向けてくるエーイチに、俺はトントンと喉を指で叩いた。


--------どこか変なところはないか?

 そう尋ねてくる、夢の中の誰かに俺は今更ながらに小さく答えた。



「ちょっとだけ、喉が……変だ」



 その言葉は、深い静寂の中に包まれる坑道の中に、誰に届く事なく消えていった。



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