100 / 284
第2章:俺の声はどう?
87:エーイチ、苦言を呈す
しおりを挟む------
---------
-------------
その瞬間、俺は耳を疑った。
『え?俺達は、見てるだけ?』
そんな俺の問いに対し、隊長は何の抵抗も無く頷いてみせる。
それは、先程までの、“逃げたら首を絞め殺す”という脅しから一転して、余りにも信じ難い言葉だった。
『そうだ、お前らは何もしなくていい。強いていうなら、先に進む時に先頭を歩き、作業中は喋り続ける事くらいだ』
『は?』
隊長が何を言っているのか、理解出来なかった。いや、理解はできる。ただ、納得がいかないのだ。
『いやいやいや、何でですか?』
『何ででも、だ』
『えぇぇぇ』
しかし、戸惑う俺に反し、隣のエーイチは『はーい』と素直に返事をしている。
『はーい』じゃなくて!ちょっとは一緒に突っ込んでくれ!でないと、突っ込んでいる俺の方が頭のおかしい奴みたいじゃないか!
『おうおう。やっぱり、ウチのエーイチは理解が早いな。アッチの奴とは大違いだ』
『ふふ。この任務中、僕は喋り続けますね』
『その通りだ』
『……えぇ、嘘だろ?』
俺には、このエーイチの「納得はしておらずとも、理解したら一旦頷いて見せる」という姿勢に、一切寄り添う事が出来なかった。いやいや、突っ込み所満載だろ。
しかも、
『あぁ、あと一つ。一番重要な役割を言い忘れていた』
『なんですか?』
『逃げないこと、だ』
ぶっ倒れたい。眩暈がする。
完全に怪しい。怪し過ぎる。絶対に何かある!そう思ったが、やはり隣からはエーイチの(以下略)。
そして、俺がどう隊長に食い下がろうとも、それ以上隊長が何かを深く語る事はなかった。一体何なんだ、これは。
『急に、やべぇヤツが襲ってくるとかじゃねぇよな?』
『どうだろうねぇ』
『こえぇよ!』
『サトシは、怖がりだねぇ』
『エーイチ、俺はお前も怖いよ……』
『?』
そんな訳で、俺とエーイチは坑道を進む際、必ず皆の先頭を歩かされた。ただ、最初こそそうやって『何か襲ってくるかも!』とビビリ散らかしていた俺だったが、何の事はない。
何も出なかった。出る気配すらない。むしろ、生き物の気配もない。
『よーし、今日はここを掘るぞー。各役割ごとに分かれて作業しろー』
そして、拍子抜けする俺などさておき、採掘場に到着したら、本当に俺達以外の皆がいそいそと働き始めたではないか。
俺とエーイチは、その場に座らされ、隊長の最初の言葉通り、何も手伝わせて貰えなかった。
いや、これでも何回かは、手伝いを申し出たのだ。しかし、申し出たとしても絶対に断られる。それどころか『いいから、黙るな!しゃべってろ!』と言う謎のお叱りまで受ける始末。
そんな訳で、俺とエーイチは皆の作業を見守り、口だけ動かす事になったのだ。
『サトシ、ソワソワしてるねぇ』
『するだろ!何だコレ。あんま役に立たないにしたって、俺達も採掘作業を手伝った方が良いに決まってる!』
『なんで?』
『何でって!そんなの、一刻も早く“大いなるマナの実り”を見つけたいからに決まってるだろ!?』
そう、俺がエーイチに向かって声を上げると、その瞬間、エーイチはそれまでの人好きのする笑みをスッと引いた。そして、そこに残るのは眼鏡の奥で目を細め、値踏みするような視線を向けてくるエーイチの姿。
それと同時に、今までの円みを帯びていた声に、急に凛とした艶が色濃く表れた。
『サトシってさぁ、いい意味でも悪い意味でも、几帳面で真面目で、とことん合理性を欠いてるよねぇ』
『え?』
『特別に教えてあげよう』
エーイチはその丸みを帯びた顔と声で、ニッコリと微笑むと、俺の三倍はあろうかというリュックの中から、器用に一冊の記録用紙を取り出した。
『十年、五カ月、三年、一週間、半年、四年、三日』
『なんだよ、ソレ』
『なんだと思う?』
そう、俺の下から覗き込むようにして問うてくるエーイチは、先程までの『ハーイ』と、軽やかに返事をしていた時の姿とは大違いだった。ゾクリと、俺の背中に嫌な感覚が走る。
『“大いなるマナの実り”が発見されるまでの期間だよ』
『え?』
『来る前に、色々調べたんだ。ここから分かる事は、“大いなるマナの実り”の発見は、完全にランダム。運任せって事だよ』
『……運、任せ』
『そ。だから、サトシがどんなに先輩に当たり散らしても、何も状況は変わらないし。何なら、ここで何の力も持たない人間の僕たち二人が加わったところで、発見への影響は、砂一粒にすら満たないだろうね』
『わかった?』と、首を傾げてみせるエーイチに、俺はイマイチ頭が付いていかなかった。ただ、エーイチの口は、更に軽やかに動き続ける。
『情報は命だから。本当はこんなに軽々しく他人に教えたりはしないんだけど……長い付き合いになるかもだから、サトシにはタダで教えてあげる』
エーイチは、手元にある記録用紙を片手で器用に捲る。その記録用紙は、俺が一昨日、買い物の際に、奮発して買ったモノと同じだった。それだけではない。エーイチの身に着けているモノを、よくよく見てみれば、どれもこれも品が良かった。
俺の身に着けている、粗雑で粗末なモノとはワケが違う。
『サトシが一番気になってるコト。もちろん、僕も気になってるよ?でもね、知りたい事を、知りたい感情のまま相手にぶつけて、いつも正しい答えが返ってくるなんて思わない方が良い』
『え?』
『そんなのは、問いかければ答えを貰える世界で生きてた……恵まれてた人間の考え方だ。サトシって、もしかして売られる前は良いトコのお坊ちゃんだったりするのかな?』
『……』
その問いかけと、エーイチからの視線に、俺は完全に自分がエーイチの本質を見誤っていた事を理解した。エーイチは金弥とは全然違う。そして、もちろん考え足らずのバカなんかでもない。
その身に“媚び”を纏い、完全に自分を武装している。
『俺達人間なんて、エルフの中じゃ捨て駒でしかないんだから。サトシはもう少し現実での自分の価値を正当に評価した方がいい。低く、低くね。もっと、もっと下げて』
『で、でも……そんなの、俺は納得いかねぇよ』
そうだ。納得がいかない。
何故、エルフ達から勝手につけられた“人間の癖に”なんていう価値に、自分を合わせなければならないのか。そう、俺は必死に言い返した。そうしなければ、自分の中の大事な部分を否定されそうだったから。
『あぁ、別に自分を卑下しろって言ってるんじゃないよ。この、クリプラントでの“人間”という立場を、もっとリアルに、シビアに、客観性を持って理解すべき、って言ってるんだ』
『……』
『そこを履き違えると、搾取される一方だよ。真摯に向き合えばどうにかなるって思ってるんだろうけど、それは甘い。甘すぎる』
グウの音も出ない。確かにそうだ。俺は、人間というだけで給料の全部をエルフの奴らから買い叩かれたのだから。
『で、でも』
でも、シバやドージさんはそんな事しなかった。
そう、俺が言いかけた時だ。
『一応言うけど、たまに僕達人間に対しても、真摯に向き合ってくれるエルフも居るよ?そりゃあ、人間にも色々居るように、エルフにも色々居る。けど、そんなたまに引くアタリみたいな人を期待して、現実を見ないなんて愚か過ぎるよ。サトシ?現実を見なさい』
完全に論破されてしまった。
やっぱり、グウの音も出ない。そして、ガクリと肩を落とし項垂れた俺に対し、エーイチは更に追い打ちをかけてきた。
『そんなワケだからさ。この任務の件もそう。一番重要な部分は、俺達人間には隠されているんだ。どう調べても、その辺の情報だけは手に入れられなかったから。この僕が、本気で立ち回って得られなかった情報を、今ここで、真正面から隊長さん達に聞いても無駄』
だから、無駄な事はしない方がいいよ。
そう、淡々と口にするエーイチの視線は、いつの間にか労働に勤しむエルフ達へと向けられていた。
『サトシ。まだまだ若造のキミに苦言を呈そう』
『え、まだあるの……?ってか、え?え?若造?』
『サトシ?何事も“準備”で全てが決まる。キミが大騒ぎして知りたがっている事は、本来、ここへ来る前に調べるべき事だ。事が動き始めてから、ぐだぐだ騒いでも無駄。無駄な事に労力を払ってたら、財は成せないよ?』
『え?え?わかぞう?』
『この状況だ。ここでの生活が長くなる事を前提に、僕はここでも“商い”をやらせて貰う事にした。サトシ、必要なモノがあったら、何でもいいな?モノでも、奉仕行為でも、情報でも、金さえあれば譲ってあげよう』
『わかぞう……?』
パチン!
と音が聞こえてきそうな程のウインクを飛ばされ、俺は何度も目を瞬かせた。
え?今、コイツは俺を“若造”と言ったか?
『なぁ、エーイチ。お前、何歳なんだ?』
『その情報は、一千万ヴァイスになります』
そうニコリと笑って掌を差し出してきたエーイチに、俺は思った。物価の水準も、値段の価値すら分からない俺だが――。
『ソレは、高過ぎない?』
『うふ』
その額が、異様に高い事だけは、ハッキリと理解した。
31
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。
夜のトラフグ
BL
シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。
しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。
(……あれは……アステオ公子?)
シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。
(………具合が、悪いのか?)
見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。
魔法の得意な平民×ツンデレ貴族
※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。
攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。
慎
BL
───…ログインしました。
無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。
そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど…
ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・
『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』
「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」
本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!!
『……また、お一人なんですか?』
なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!?
『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』
なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ!
「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」
ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ…
「僕、モブなんだけど」
ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!!
───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる