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第2章:俺の声はどう?

86:逃げずに喋るだけの簡単なお仕事です。

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 ナンス鉱山に来て一週間が経った。
 今の所、俺の首は無事だし、絞め殺されてもいない。ついでに、まだどこの部隊も“大いなるマナの実り”は採掘できていないようだ。

 そんな訳で、俺は今日も今日とて砂っぽい洞窟の中で目を覚ます。

「くあ……」
「おはよう、サトシ」
「ん。おはよう。エーイチ」

 どうやら、既にエーイチは起きていたようだ。体を起こし、大岩に背中をもたれさせながら、いつものように人好きのする笑みを浮かべて此方を見ている。
 あぁ、なんか今日も寝たのに寝た気がしない。最近、いつもこんなだ。

「……また、うがい?」
「ん」
「目を覚ます時間といい、サトシは本当に律義だねぇ」
「くぁ……まぁ、習慣みたいなモンだから」

 俺が欠伸をしながらそう言うと、それまで眼鏡をかけていなかったエーイチが、その顔にスルリと眼鏡をかけた。あ、これでやっといつものエーイチだ。

「そうそう。今日も凄かったよ。ね、ご、と」

 愉快そうに口にされたその言葉に、俺は一瞬ギクリと肩を揺らした。あぁ、やっぱりか。寝た気がしないと思った。

「……ごめん」
「ううん。聞いてて面白いからいいよ」

 クスクスと笑うエーイチに、俺はぼんやりと記憶に残る夢の残滓に頭を抱えた。微かにだが、ここ最近、毎日イーサと喋っているような感覚がある。詳しい内容は一切覚えていない。ただ、起きた時にちょっとだけネックレスが暖かく感じる。

あぁ、俺は一体何を喋っていたのだろうか。夢にイーサが出て来ているくらいだ。多分、癇癪を起すイーサをたしなめているような言葉を口にしているんじゃないだろうか。
あぁ、きっとそうだ。そうに違いない。

「……うがい行ってくる」
「うん。いってらっしゃーい」

 俺は寝起きの目をこすりながら、トボトボと歩いた。俺の毎朝の習慣。うがい。

「ん、ん。ぁー」

 まだ皆寝ているので、小さな声を出しながら、喉の調子を確認する。うん、今日も喉の調子は悪くなさそうだ。そうしているうちに、俺は目的の人物が寝ている場所までやって来た。

「……テザー先輩。テザー先輩」
「んぁ。もう、あさぁ?」
「はい、朝です」
「……あぁ、もうか。おまえ、よく毎朝ベルが鳴る前に起きれんねぇ。さてはぁ、おまえは、トリかぁ?」
「寝ぼけてないで。先輩。アレください」
「……うぃー」

 寝ぼける先輩の肩を揺らすと、先輩はのそりと片手を俺に差し出してきた。そこには、坑道に入る前に見せてもらった、あの雪兎がちょこんと鎮座している。かわいい。ただ、あの時よりも、少し大きい。

「ありがとうございます。もうそろそろ、ベルが鳴りますからね。起きた方が良いですよ」
「うぃー」

 先輩は寝起きが悪い。もしかすると、低血圧なのかもしれない。
そんな事を思いながら、先輩から貰った大きな雪兎を少しだけ削り、一塊を口の中へと含ませた。
 口の中で、柔らかい雪が一気に溶けて液体になる。冷たい。口の中に含み、口内で温度を馴らす。

 ガラガラガラ。
「っぺ」

 朝のうがい。これは、此処に来る前からやっている……というか、向こうの世界でもずっとやり続けていた、俺の習慣だ。

 ガラガラガラ。
「っぺ」

声優を目指しているのもあって、俺は喉だけは労わって過ごしていた。寝る時は、手作りの濡れマスクを口元に添えて寝る。喉が乾燥するのが嫌だ。

 昔から、ずーっとずっとやっている。声優になりたかった頃の、名残だ。

「なりたかった、か」

 俺は顎に垂れてきた水を、手の甲で拭うと、もう一度雪を口へと含ませた。そうやって、雪兎が無くなるまで、俺のうがいは続いた。

「はー、すっきりした」

そう、俺が口にした瞬間。
始業のベルが、激しく響き渡った。同時に、パッと灯りのともったランプにより、坑道内が容赦なく照らされる。男達の、低く、くぐもったような声が、あちこちから聞こえてきた。日に日に、皆の疲れが濃くなっているようだ。声で、分かる。

 今日もまた、長い長い一日が始まった。


        〇


「あの、俺も何か手伝いましょうか」
「だから!いいっつってんだろうが!お前はエーイチと仲良く喋ってろ!」
「……えぇぇ」

 慣れない。
一週間経った今でも、俺はこの状況に一向に慣れる気がしなかった。なにせ、だ。

「おーい!掘削班―!こっちも頼むー!」
「おいテザー!あそこ、氷で破壊してくれ」
「岩溜まってんぞー!運べ―」
「「「「おーっす」」」」

 皆、働いている。毎日、毎日。道を選んで進んで削って。その繰り返し。テザー先輩が低血圧?いや、撤回しよう。

「削ったぞ。この岩は運ぶか?」
「おう。そうしてくれると助かるぜ、テザー」
「はい」

 先輩は、いつもの姿に似合わないほど、額に汗して働いていた。キラキラの銀色の髪の毛に、汗が滴る。ここに来て、俺は先輩の涼し気な顔を、とんと見ていない。

「テザー先輩、大丈夫かな」

 こんなに毎日肉体労働を強いられてるんだ。そりゃあ、朝もギリギリまで寝て然りだろう。そんな中で、俺とエーイチだけは何をするでもなく、掘削を続ける皆の真ん中で、悠長に座り込んでぺちゃくちゃと喋っている。

 居心地が、悪い。

「ねぇ、サトシ。座りなよ。皆いいって言ってくれてるんだし」
「えぇぇぇ」
「サトシって真面目だよね」
「そういう問題じゃねぇよ」
「そういう問題だよ。はい、早く座って。じゃあ昨日の続きから。お金の授業、いくよ」
「……授業料とか払えないからな。俺、一文無しだし」
「ねぇ。ソレ、いつまで引きずる気?特別にお金はいらないって言ったじゃん。だってさ、」

 俺はエーイチの座る岩の隣に、勢いよく座りこむと、ぼんやりと労働に勤しむ皆を見つめた。俺とエーイチはここに来て、逃げたら絞め殺される首輪を付けられた。そして、もう一つ役割を与えられたのだ。

「何もせず、喋るのが僕たちの役割なんだから。喋らなきゃ」

 エーイチは眼鏡をクイと整えつつ、俺の方を見た。そう、そうなのだ。俺達の役割は、喋り続けること。

「……まぁ、そうだけど」
「サトシは、ホントに無駄な事ばっかり考えるねぇ。出会った頃からずっとそう。無駄の多い生き方してるよ」
「……そういうエーイチは、完全合理主義者だよな」
「ん。じゃなきゃ、人間として、このクリプラントで財を成すのは無理だからね。思考の分散投資は非効率だから」
「さいですか」

 俺が項垂れるように頷くと、エーイチは隣でポツポツと“お金の授業”とやらを始めた。この世界の“何もかも”を知らない俺に、エーイチが暇つぶしに始めた授業だ。
 かれこれ、初日から懇々と、飽きもせず続いている。

「そうだなぁ。昨日は物価の説明をしたから、今日はちょっと休憩して、小話でもしようか。クリプラントの通貨単位でもある、“ヴァイス”の由来とかね?」
「うん、よろしく」

 あぁ、やっぱりエーイチ。良い声だ。

 俺はエーイチの声を聞きながら、ここに来た初日の事を思い出していた。本当に、あの日は色々あった。ほんとーに、色々と。

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