93 / 284
第2章:俺の声はどう?
81:サトシは誰のモノ?
しおりを挟む「……キンとは、誰だ?“おさななじみ”とは何だ?兄弟のようなモノと言っていたが、お前は兄弟を、あんなに恋しそうに呼ぶのか?」
イーサにも腹違いの兄弟は多く居る。しかし、聡志のような声を出す感情など、欠片も沸いてこない。そして、そう考えると、イーサは腹が立って仕方が無かった。
「キン、キン、キン……」
イーサは、“キン”の事を考えると、あもですら投げ飛ばして、今すぐ部屋中を駆け回りたい衝動に駆られた。そしてそれは、結局“衝動”だけでは終わらなかった。
「うううううっ!キンとは何だ!キンとはいつだ!キンとはどこだ!……っキンとは誰だ!サトシはイーサよりもキンが好きなのかっ!?あぁぁぁっ!」
爆発した。見事、イーサの中の癇癪玉は弾け飛んだのである。
「腹が立つ!腹が立つ!腹が立つ!!」
そして、イーサの手元にあったあもは、無情にもベッドの上から床へと投げ飛ばされてしまった。フワリと、床に散らばったイーサの髪の毛があもにまとわりつく。それでもあもは、その笑顔を絶やす事はない。
「サートーシーーーー!!」
しかし、いくら癇癪を起して大声を上げたとて、サトシがいつものように「イーサ!」と、自身をたしなめに来てはくれない。そうなれば、イーサの癇癪は意味を持たず、すぐに、その熱は沈下した。
「……うー。今晩、必ずサトシに癇癪を起こしてやる」
密かに決意を固めたイーサは、投げ飛ばしたあもの姿を捉えると、しばらくその姿をジッと見つめた。そして、音もなくベッドから降りると、床でニコリと笑うあもを抱き上げてやる。
「……悪かったな。あも」
イーサは笑うあもをギュッと抱きしめると、そのまま小さな声で呟くように言った。
「……でも、サトシがイーサの王様を見たいというなら。なってやってもいい。父より凄い王だと、サトシに言わせられるような王になれば、きっと聡志は、今度こそ“ヴィタリックより、”キン“より……イーサが一番だと言う筈だ」
だから、イーサは王になる。
たった、それだけ。
しかし、そこには、イーサの行動原理の全てが詰まっていた。
聡志がイーサに王を望むから。ヴィタリックより、キンよりも、イーサの方が良いと言わせたいから。
「……サトシは、イーサのだ」
------コンコン。イーサ?何してる?聞こえてるか?
誰からも理解されず、自由もない。目的もなく、希望もない。孤独を孤独とすら感じなくなっていた百年もの月日。そんなイーサの扉の戸を、聡志は何てことのない顔で叩いてみせた。
「……サトシだけだった」
イーサにとって、聡志は“特別”だ。
イーサの部屋の戸を叩くなど、きっと誰にでも出来る事だった筈だ。たまたま、ノックしたのが自分だっただけだ。大した事ではない。と、聡志ならきっとそう言うだろう。
そう。誰もがイーサの部屋をノックする事が出来た。ただ、誰もイーサの部屋の扉をノックしなかった。
しかし、
「サトシだけが、イーサの扉を叩いた」
それだけが、事実。
イーサにとって、聡志は特別だ。
ネックレスにより縛られているのは、果たしてどちらなのか。
イーサも、そして歴代の王達も。王家の“男達”は、軒並み気付く事はない。その問いにすら到達しない。なにせ、彼らは自身が最も尊い身である事を、誰よりも自負しているからだ。
「サトシ、サトシ、サトシ、サトシ……さとし」
与えられた相手は、与えられたネックレスにより“物理的な支配”を受ける。
そして、与えた方は、相手を支配したいという想いで、自身の心を相手へと縛り付ける。
「サトシは俺の。イーサのモノ」
そう、ネックレスを与えたいと思った瞬間から、縛られているのだ。
王であろうとなかろうと、権力を持とうと持たざると。自身が非常に強い“執着心”により、相手へと縛られてしまっている事に、男達は一切気付かない。
コンコン。
「イーサ王子。いらっしゃいますか」
「イーサは留守だ」
「……まったく。ふざけてないで、私と共に、ソラナ姫の元へ行きましょう。姫も王子に会いたがっておいでです」
「……げぇ」
扉の向こうから聞こえて来たマティックの声と、久々に聞いた妹の名に、イーサは一瞬にしてその顔を歪ませた。
「……ソラナ。会いたくない」
昔から、たくさんの兄弟達の中で、長兄であるイーサに唯一面と向かって歯向って来ていたのは、彼女だけだった。
押しも押されぬ王家のお転婆娘。ソラナ姫とはまさに彼女の事だ。
「マティック!」
「はい。どうされました?イーサ王子」
男系主義社会である、クリプラントにおいて、女性は男よりも格下とされている。そして、その男系社会の最も“濃い”部分“を煮込んで煮詰めたような王家の中で、ソラナだけは、女という性に甘んじる事がなかった。
--------お兄様!私、男が大っ嫌いなの!いい!?大っ嫌い!何でかって言うとね!
「ソラナには、俺は居ないと言ってくれ!それか、お腹が痛いから会えない!無理だと!」
「……イーサ王子」
扉の向こうから、マティックの呆れたような、諦めたような声が聞こえる。何をどう言われても、会いたくないモノは会いたくないのだ。
会いたくないのだ!
「ソラナには会いたくない!いやだいやだ!会いたくない!アイツはウルサイから大嫌いだ!」
そう、“ソラナ”と、イーサが妹の名を口にした時だ。イーサの脳裏には、幼い頃のソラナのキンキンとした高い声が蘇ってきた。
--------バカだからよ!男はみーんなバカばっか!お兄様に王気はないわ!もちろん、他のバカ兄貴達にはもっとない!だから、次の玉座は私に渡しなさい!悪いようにはしないから!
「うぅ、頭が痛い」
そうイーサが、あもに自身の顔を埋めたのと、イーサの部屋の扉が開け放たれたのは、最早同時と言ってよかった。
バタン!と、イーサの部屋の扉が、ノックもなく無遠慮に開け放たれた。王子の部屋に、そんな無礼を働ける者など、そうは居ない。
「ぅあ」
「お久しぶりです!お兄様!百年ぶりですね!まったく……」
同じ、王族を除いては。
「これだから男は……お兄様は馬鹿者の愚か者なのよ!こんなのに、未来の王など務まる訳ないわ!マティック!今からでも遅くないわ!次の王には、この私!ソラナを擁立しなさい!悪いようにはしないから!」
イーサは目の前に現れた、成長した妹の姿に目を剥くと、片手で頭を抑えた。
「うぅ。うるさい。頭が痛い」
イーサのその声は、抱きしめたあもの綿の中へと、萎むように消えていった。
31
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。
夜のトラフグ
BL
シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。
しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。
(……あれは……アステオ公子?)
シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。
(………具合が、悪いのか?)
見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。
魔法の得意な平民×ツンデレ貴族
※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。
攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。
慎
BL
───…ログインしました。
無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。
そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど…
ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・
『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』
「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」
本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!!
『……また、お一人なんですか?』
なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!?
『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』
なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ!
「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」
ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ…
「僕、モブなんだけど」
ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!!
───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる