上 下
74 / 284
第1章:俺の声は何!?

幕間8:クリアデータ7 02:45

しおりを挟む
----------
【イーサ】
このクリプラントで王族がネックレスを贈る意味、それは――
----------


「……え、えぇえぇっ?」


 上白垣 栞はイーサの台詞の後に出てきた、「第一章 了」の文字に、大いに目を瞬かせた。真っ白な画面の真ん中に、「これまでの物語をセーブしますか?」と言う文字が、本の頁を捲るような音と共に表示される。

それに対し、栞は「はい」を選択し、手早くセーブデータを作った。

「……え?」

 戸惑いの余韻が凄い。

 しかし、そうか。まだ今は第一章を終えた所だったか。
 余りにもドラマチックなストーリーかつ、製作者側の仕込んだ驚きのシステム変更の連続で忘れかけていたが、この物語はまだ序盤なのだ。

「イーサを落とすのって、実は一番難しいんじゃないの……?」

 栞の茫然とした言葉が、シンとした部屋の中に響きわたる。そして、その栞の声に答えるように響くのは、冷蔵庫の機械音だけ。

「ひとまず……お腹空いた」

 そう、栞は戸惑いつつその場から立ち上がると、トボトボと冷蔵庫へと向かった。そういえば、何か食べ物はあっただろうか。


------------
--------
------


 風呂上り。
 体のストレッチを終え、再びコントローラーを握った栞に待ち構えていたのは、美麗過ぎるイーサ初の人物スチルだった。月明かりに照らされ、その長髪をゆったりと肩にかけて此方を見つめる姿は、これまでの他六人の攻略キャラとはまた違った美しさを秘めている。


----------
【イーサ】
そうか、お前だったか。まさか人間だったとは……驚きだ。しかし、これも運命だったのかもしれない。この国を存続させる為に、最早、この国を閉じ続ける事は出来ぬという。
----------


 そう、手紙の印象とはまた違った、耳に深く残るズッシリとした声質に、栞は思わず心地良さに目を閉じた。話し方と言い、声質と言い、あの手紙の中で感じた幼い印象が、本人を前にすると余り感じられない。

 画面の中に佇むイーサは、どこからどう見ても“大人の男”だ。

----------
【イーサ】
どういう目的で、お前がこの国に、ましてやこの王宮に忍び込んだのか……理由は、多少の想像はつく。ただ、お前ら人間の望むモノは、このクリプラントにはないぞ。残念だったな。
----------


 そして、一切人物スチルのなかったこれまでを取り返すように、イーサと主人公の寝所での交流は、美麗なスチルのオンパレードだった。その一枚一枚に、栞は歓喜し、悲鳴を上げた。


----------
【イーサ】
こうして、なりふり構わず、聖女であるお前を、我が国の領土へ送り込んでくるあたり、人間達も手詰まりなのは同じとみえる。……どうだ。お前も気付いているのだろう。自分が、人間達から“捨て駒”として利用されている事に。
----------


 特に、贈られたネックレスにイーサが口付けをするスチルなどは、ゲームデータの中に保存されるにも関わらず、手元のスマホで画面ごと写真に撮ってしまった。
 まぁ、栞はこれまでも何度もソレをやってきている為、直近のスマホのデータフォルダは【セブンスナイト4】のお気に入りのスチルだらけだ。

 あぁ、いつかお気に入りのスチルだけを飾った、理想の乙女ゲーム美術館を作りたい。絶対作ってやる。

 もちろん本気だ。


----------
【イーサ】
けれど、俺はお前にネックレスを渡した事を、後悔したりなどしない。せっかくネックレスを渡す相手が現れたのだ。みすみす死なせるものか。
----------


こうして、流れてくるイーサの台詞に、栞は確信した。
もうこの王は完全に自分に“落ちた”と。


-----------
【イーサ】
俺の元に来い。そして、決して、このネックレスをその身から離さないと誓え。
-----------


 故に、歓喜の悲鳴を上げつつも「案外アッサリ落ちるのね」と、多少の拍子抜け感は否めなかった。まぁ、王という立場で、周囲を心から信じる事の出来ずにいた孤独な王にとって、主人公との手紙のやり取りは、それほどまでに心を癒したのだろう。

 と、そんな都合の良い事を考えてしまった。
 そう、栞はここまでのゲームへの満足感から、気分はクライマックス直前といった感覚だったのだ。


 【頷く】
 【拒否する】


 出てきた選択肢に、栞は迷わず【頷く】を選んだ。

 そう、栞は甘くみていた。制作スタッフの事も。恋愛シミュレーションゲームの事も。そして、恋愛そのモノについても。

 完全に舐め切っていた。

 手紙による交流も重ねた。
 選択肢も完璧だった筈だ。
 ネックレスも貰った。
 そして、今このタイミングで「俺の元に来い」だ。

 勘違いするなという方が無理な話だろう。
 しかし、その栞の勘違いは、次の瞬間ガラリと変わったイーサの反応によって、大きく打ち砕かれる事になる。
それと同時に、栞はずっと謎だったネックレスの意味をやっと知る事になるのだった。


----------
【イーサ】
あぁっ!頷いたな!よしよし!では、そのネックレス……いや、首輪をよく見せてくれ!
----------

「……は?く、首輪?な?え?」

----------
【イーサ】
似合っているじゃないか。これでお前は、俺の所有物だ。その身の全てが俺のモノだ!うんうん!ずっと俺は欲しかったのだ!父の権威に染まっていない、お前のような真っ白なモノが!さぁ、おいで!抱きしめてやろう!今日からお前は毎晩、俺と一緒に寝るのだ!
----------

「は?え?これって……」

ここで、イーサの余りに激変したその姿に、画面上の主人公は慌てた様子だ。そう、その姿は正に、テレビ画面のこちら側に居る“プレイヤー”達の心を完全に代弁していた。

-----------
【シオリ】
首輪ってどういうこと!?
-----------

-----------
【イーサ】
首輪は、首輪だ。なんだ、お前。知らなかったのか?このクリプラントで王族がネックレスを贈る意味。それは、お前は俺だけのモノだという。王族の所有物の証だ!喜べ!ソレは王族からの、寵愛の証なんだ!心から自分のモノにしたいと思った相手だけにしか与えられない!ほら、だから見ろ!
------------


「んんんん??」
----------
【シオリ】
んんんん??
----------


 そう言って画面上に、今までとは全く異なったイーサのスチルが現れた。それに対し、栞もプレイヤーの“シオリ”も、奇跡的にリアクションが被ってしまった。いや、もう被るのは必然だったのかもしれない。


----------
【イーサ】
本当はネックレスを渡す相手は一人だけという王家の約束があるのだが……コッソリ、特別に俺だけは二つ用意した。俺は王様だからな!何をしても良いのだ!さぁ、見ろ!一つ目の首輪を付けるのは、この“あも”だ!お前の先輩だ!特別に、お前にもあもを抱かせてやろう!
----------


 そこには、それまでの荘厳な雰囲気から一変して、ベッドの上に置いてあったウサギ形のぬいぐるみを抱き締めて頬ずりをするイーサの姿があった。
 よく見れば、確かにそのウサギのぬいぐるみの首にも、栞と同じネックレス……否、首輪が付けられている。

「なによ、これ……」

 そう、そうなのだ。
 クリプラントの国章の付いたネックレスは、他の王族がどうあれ、イーサにとって“愛の告白”を示すモノではなかった。

いや、考えようによっては、“愛の告白”と取る事も出来るかもしれない。確かに、イーサは「寵愛」という言葉を口にした。けれど、そのイーサの口調と様子は、一般的な「愛してる」というような甘い雰囲気は欠片もなかった。

「これは……ぜんぜん、落ちて、ない」

 そこにあったのは「お前は俺のモノだ」と言う、完全にプレイヤーをぬいぐるみと同列に、完全なる“所有物”として扱ってくるイーサの姿。
 だからこそ「抱きしめてやる」とか「寵愛の証だ!」と言った言葉が平気で出てくるのだ。

 恋愛とは、“対等な二人”が、ともに同じ穴に深く落ちる事を言う。少なくとも、栞はそう思っている。ポイントは“対等”な二人だ。強者が一方的に気まぐれに愛でる事を、恋とは呼ばない。

 けれど、王族……ましてイーサは国王だ。そんな特殊な産まれと育ちを持つイーサにとって、自身と同等の存在など、この世に存在しないのである。

 そう、そうだ。

-----------
【イーサ】
皆、俺が何をしても二言目には、今は亡き父の事ばかり言うからな。ウンザリしていた所だったんだ。あぁ、欲しかった。こういうのが、ずっと……。
-----------


 切なげな声で放たれる言葉の裏には、イーサのこれまでの生い立ちや苦しみが垣間見えるモノではあったが、抱きしめられたヒロインは、イーサにとって完全な“ぬいぐるみ”と化していた。

 イーサは、「恋」も「愛」も知らないのだ。
 そして、王子という身の上が、完全にプレイヤーと彼との土俵を“恋愛”から隔絶している。

イーサにとって愛玩人形でしかないプレイヤーを、物語を進行する上で“恋”に落とさなければならない。

「これは、いつもみたいにやってたら……絶対にトゥルーエンドにはならないわね」

普通、ペットや人形に恋などしない。相手の望む言葉ばかり与えていてはダメなのだ。そして、まずは自分がイーサと同じ立場に立つ事が必須事項だ。イーサを自分の元まで引きずり下ろすか、自分がイーサと同様の地位まで登りつめるか。

ともかく、まずは肩を並べる事から始めなければ、いつまでたっても愛玩人形止まりである。

「……凄いルート作ってくれたわね。もう」

これは何ともまた、困難な恋愛の道なのだろう。

「もうぅ……、もうぅぅっ」

 栞は冷蔵庫の中から取り出したアイスを舌でペロリと舐めながら、冷蔵庫にその身を預けた。

「イーサ……ギャップ萌えヤバ。ウサギのぬいぐるみとか……あざと過ぎて可愛いが大暴走してるんですけど……先に恋に落ちときまーす。後から引っ張り落とす感じで行こうかしらね、今回は」

 栞は困難な道を前に、ともかく第二章への英気をアイスで養ったのであった。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。

夜のトラフグ
BL
 シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。  しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。 (……あれは……アステオ公子?)  シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。 (………具合が、悪いのか?)  見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。 魔法の得意な平民×ツンデレ貴族 ※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。

攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。

BL
───…ログインしました。 無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。 そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど… ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・ 『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』 「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」 本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!! 『……また、お一人なんですか?』 なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!? 『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』 なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ! 「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」 ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ… 「僕、モブなんだけど」 ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!! ───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

処理中です...