上 下
42 / 284
第1章:俺の声は何!?

幕間6:クリアデータ7 01:30

しおりを挟む

「キタキタキタキターーー!ヤキモチイベントッ!やっぱ、恋シミュレーションの醍醐味はここでしょ!ここ!相手からの、ヤ、キ、モ、チ!」


 上白垣 栞は、ズリズリと膝を床にこすりつけながらテレビ画面へと近寄り、そのまま画面の隅々まで舐めるように見渡すと、「ほうっ」と、うっとりした溜息を洩らした。

「全部、全文……かわ、いいっ!」

 そこには、イーサの書いた手紙が、画面いっぱいに映し出されていた。
そう、このイーサの章は、他のキャラの章とは異なり、ストーリーの進行上、イベント発生時に得られるスチルが、今のところ全て“手紙”なのだ。

-------------
皆、私が優秀である事を、当たり前のように言う。
勇猛で、知性に優れた父の息子であればこそ、そんな事は当たり前なのだと。そこに、私のどのような努力の山が裏にあろうとも、私はそれを欠片も表には出せぬのだ。
--------------


 通常であれば、ヒロインと攻略キャラは実際に関わり合いながら、親密度を深めていく事が多いので、スチルも美麗なグラフィックが用いられるのだが……。

「最初は何コレって思ったけど……手紙スチルも良いわねぇっ!設定画集とか出たら、イーサの手紙全集とか言って、全文掲載してくれないかなぁっ」

 迷い伝書鳩をきっかけに始まったヒロインと、クリプラントの王イーサの手紙のやり取り。しかし、ストーリの展開上、まだ互いに互いの正体を知らないという設定だ。

「っていうか、この“父”ってヴィタリック王の事でしょ?そうよね、そうよね!あんなのがお父さんだったら、完全にプレッシャーよね?苦しいわよね?でも、誰にも本当の気持ちを吐露できないのよねっ!?あぁんっ!もうっ!母性本能全開で今すぐイーサを抱きしめてあげたいっ!」

そして、現在。ゲームの展開は着実に動乱の時代へとコマを進めつつあった。
今は、聖女の力を持つ、異世界トリップした現代のヒロインが、国家間の陰謀や事件に巻き込まれ、エルフの大国クリプラントに潜入する事を余儀なくされた所である。

その中で、差別や戦いに巻き込まれながらも、無意識にイーサとの物理的な距離を詰めつつあるという展開は、プレイヤーにとって胸熱過ぎるモノがあった。


-----------
その中で、お前だけは唯一、俺の背後にある努力の塵の山を、認めてくれているモノだと思ったのに。
それなのに、どうしてお前まで、手紙を使ってまで、他の男の事をそんな風に褒める?
あぁ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ!
そして、俺は何故こんなに腹を立ててしまっているのだろうか!分からない事に、また腹が立って仕方がない!
------------


「あぁぁっん!可愛い!かーわいい!さぁ、さぁ、さぁ!この手紙への返事はどうしてやろうかしら!」

 栞は、画面に広げられた手紙を前に、その口角をこれでもかという程上げた。どんなに、戦闘システムが優れていても、育成要素が充実していても、腐っても【セブンスナイト】は恋愛シミュレーションだ。

 他の要素がどんなに優れていたとしても、根幹である、恋愛シミュレーション要素がお粗末では、話にならない。

「……なんかもう、本当に文通してるみたいなのが良いのよねぇ。手紙一つにしても、便箋から、羽ペンの種類、それにインクの色まで選べるし。最初《文字を滲ませる》って選択肢を見た時は、なになにっ!?って思ったモンよ。まったく……策士過ぎっ!」

 そう、この【窓際の恋:イーサの章】における、“会話が出来ない”という、他にはない特殊な状況。

 最初こそ、どうなる事かと思いきや、そこは制作スタッフの妙技が光る結果となった。
むしろ、“会えない”という事が、フラストレーションになる事なく、プレイヤーの心を期待感で常に満たす結果となっているのだ。

「何なら地味ぃに、イーサの方も、便箋とか、インクの色とかさぁ。前回の私の書いた手紙の内容に踏まえたモノになってたりするのがね……。今回のは、私が好きって言った花柄の便箋だしぃぃ!イーサ……あんたって奴は、俺様の癖に尽くすタイプかっ!ひゃっはー!」

 このように、隠しルートとして盛大にプレイヤーの予想を裏切り続けている【窓際の恋:イーサの章】。しかし、このイーサルートの持つ、他ルートと一線を画する点はもう一つ別にあった。

 それは――

「あぁ、もどかしいっ。今イーサの好感度って、どんなモンなのかしら?この手紙の返事からいっても、まぁ、悪くはないと思うんだけど」

 恋愛シミュレーションゲームでは恒例ともいうべき【好感度ゲージ】が、プレイヤーに示されないのだ。4のこれまでの六人。それに、シリーズを通して「セブンスナイトシリーズ」をプレイしてきた栞にとっても、これは初めての仕様だった。

「もしコレ、途中で大きく選択肢をしくじってたりしたら……トゥルーエンドの為に、最初っからやり直しって事になるのよねぇ。いやはや。こーれは、賛否の分かれそうな大幅な仕様の変化ねぇ」

 セブンスナイトは、キャラとの好感度の値によって、最終イベントの際、選べる選択肢が大幅に変化するように作られるのが恒例だ。つまり、好感度が規定値以上でなければ、選べない選択肢が出てくるという事である。

 そして、その好感度が高くないと選べない選択肢の中にこそ、トゥルーエンドへの鍵は隠されているのだ。

「好感度の非公開仕様といい、イーサの章だけは……異様に難易度を高くもってきてある。これは、最後の最後で、凄まじい選択肢を迫られそうな気がするーー!!まぁ、選べる所まで行ければ、の話だけど」

 ここまで攻略難易度を高く設定すれば、否の意見が生まれるのは目に見えている。けれど、それを今回の制作スタッフは是として、ゲームをこうして世の中に売り出したのだ。

「でもまぁ。これってリアルの恋愛では、当たり前の事よね?」


-----------
お前が、他の男の事を書いたり褒めたりすると、腹が立つ。
腹も立つが、不安にもなる!
決めた!もうお前は手紙では、他の男の事を書くな!俺の事だけ書け!それが、歴史上有名な賢王であったとしても、だ!

それが守れるという事なのであれば、お前には褒美をやろう。
-----------

 手紙の中で、どんどん崩れる文章。一人称の変化。必死な筆圧。
そして、必死に書かれた手紙の最後に添えられる「良き返事を待つ」という、偉そうな癖に、どこか子供っぽい強がりの見え隠れする言葉。

「相手の気持ちが分からないからこそ、恋愛は面白い。難易度が高いっていうか、そもそもソレがノーマルモードよ。そんなワケで……」

 栞はメニュー画面を開くと、道中で見つけた染料アイテムを調合し、返事にピッタリのインクを生成した。インクの種類だけでも百種類以上ある。このインクのコンプリートは、出来れば、この七週目で共に完遂したい。

「今は!この返事をどう書くか。楽しむわよーー!」

 栞はゲームを分析するばかりだった攻略者としての瞳を、パチリと一旦閉じた。そして、次に目を開いた時は、ただの恋愛を楽しむ、一人の女に身を翻すと、手紙の内容を選ぶ選択肢に、じっくり目を通した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

無自覚美少年のチート劇~ぼくってそんなにスゴいんですか??~

白ねこ
BL
ぼくはクラスメイトにも、先生にも、親にも嫌われていて、暴言や暴力は当たり前、ご飯もろくに与えられない日々を過ごしていた。 そんなぼくは気づいたら神さま(仮)の部屋にいて、呆気なく死んでしまったことを告げられる。そして、どういうわけかその神さま(仮)から異世界転生をしないかと提案をされて―――!? 前世は嫌われもの。今世は愛されもの。 自己評価が低すぎる無自覚チート美少年、爆誕!!! **************** というようなものを書こうと思っています。 初めて書くので誤字脱字はもちろんのこと、文章構成ミスや設定崩壊など、至らぬ点がありすぎると思いますがその都度指摘していただけると幸いです。 暇なときにちょっと書く程度の不定期更新となりますので、更新速度は物凄く遅いと思います。予めご了承ください。 なんの予告もなしに突然連載休止になってしまうかもしれません。 この物語はBL作品となっておりますので、そういうことが苦手な方は本作はおすすめいたしません。 R15は保険です。

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

弟いわく、ここは乙女ゲームの世界らしいです

BL
――‥ 昔、あるとき弟が言った。此処はある乙女ゲームの世界の中だ、と。我が侯爵家 ハワードは今の代で終わりを迎え、父・母の散財により没落貴族に堕ちる、と… 。そして、これまでの悪事が晒され、父・母と共に令息である僕自身も母の息の掛かった婚約者の悪役令嬢と共に公開処刑にて断罪される… と。あの日、珍しく滑舌に喋り出した弟は予言めいた言葉を口にした――‥ 。

35歳からの楽しいホストクラブ

綺沙きさき(きさきさき)
BL
『35歳、職業ホスト。指名はまだ、ありません――』 35歳で会社を辞めさせられた青葉幸助は、学生時代の後輩の紹介でホストクラブで働くことになったが……――。 慣れないホスト業界や若者たちに戸惑いつつも、35歳のおじさんが新米ホストとして奮闘する物語。 ・売れっ子ホスト(22)×リストラされた元リーマン(35) ・のんびり平凡総受け ・攻めは俺様ホストやエリート親友、変人コック、オタク王子、溺愛兄など ※本編では性描写はありません。 (総受けのため、番外編のパラレル設定で性描写ありの小話をのせる予定です)

悪役令息の兄には全てが視えている

翡翠飾
BL
「そういえば、この間臣麗くんにお兄さんが居るって聞きました!意外です、てっきり臣麗くんは一人っ子だと思っていたので」 駄目だ、それを言っては。それを言ったら君は───。 大企業の御曹司で跡取りである美少年高校生、神水流皇麗。彼はある日、噂の編入生と自身の弟である神水流臣麗がもめているのを止めてほしいと頼まれ、そちらへ向かう。けれどそこで聞いた編入生の言葉に、酷い頭痛を覚え前世の記憶を思い出す。 そして彼は気付いた、現代学園もののファンタジー乙女ゲームに転生していた事に。そして自身の弟は悪役令息。自殺したり、家が没落したり、殺人鬼として少年院に入れられたり、父に勘当されキャラ全員を皆殺しにしたり───?!?!しかもそんな中、皇麗はことごとく死亡し臣麗の闇堕ちに体よく使われる?! 絶対死んでたまるか、臣麗も死なせないし人も殺させない。臣麗は僕の弟、だから僕の使命として彼を幸せにする。 僕の持っている予知能力で、全てを見透してみせるから───。 けれど見えてくるのは、乙女ゲームの暗い闇で?! これは人が能力を使う世界での、予知能力を持った秀才美少年のお話。

俺のまったり生活はどこへ?

グランラババー
BL
   異世界に転生したリューイは、前世での死因を鑑みて、今世は若いうちだけ頑張って仕事をして、不労所得獲得を目指し、20代後半からはのんびり、まったり生活することにする。  しかし、次代の王となる第一王子に気に入られたり、伝説のドラゴンを倒したりと、今世も仕事からは逃れられそうにない。    さて、リューイは無事に不労所得獲得と、のんびり、まったり生活を実現できるのか? 「俺と第一王子との婚約なんて聞いてない!!」   BLではありますが、軽い恋愛要素があるぐらいで、R18には至りません。  以前は別の名前で投稿してたのですが、小説の内容がどうしても題名に沿わなくなってしまったため、題名を変更しました。    題名変更に伴い、小説の内容を少しずつ変更していきます。  小説の修正が終わりましたら、新章を投稿していきたいと思っています。

嫌われ者だった俺が転生したら愛されまくったんですが

夏向りん
BL
小さな頃から目つきも悪く無愛想だった篤樹(あつき)は事故に遭って転生した途端美形王子様のレンに溺愛される!

処理中です...