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第1章:俺の声は何!?
29:公開討論開始
しおりを挟む「へぇ。俺が死んだら、誰が王子の部屋守をするんですかね?」
「お前の代わりなどいくらでも居る。自惚れるな」
「まぁな。確かに、俺の代わりなんていくらでも居るだろうよ。でもな?俺の代わりをやりたがってるヤツなんて、此処に一人だって居るか?」
そう、自分でもびっくりする程の嫌味ったらしい声が出た。いいじゃないか。相手に嫌味を伝える時はこのくらいでないと。
それに、これを伝えたいのはテザー先輩に対してだけではない。この食堂に居るエルフ全員に聞こえるように、俺は腹の底から声を出した。
「それに、俺はここで自分以外の人間に会った事がない。そんなんで、すぐに、人間の後釜を見つけるなんて無理だろ。エルフの皆さん方は誰もやりたがらないもんな?百年も部屋に引きこもってる、イーサ王子の部屋守なんて!」
そうだ。イーサになんか、誰も見向きもしてなかったじゃないか。俺が居なくなったら、またイーサは一人ぼっちだ。
そして、多分……俺も一人になる。こっちで死んで、“仲本聡志”が向こうで目覚めるのかは、イマイチよく分からない。けれど、もし目覚めたとしても、もう金弥と俺は、元の関係には戻れないのだ。
------サトシ―!ビットの声やってー!
俺は、金弥と声優を目指す以外の生き方を、一つも知らない。
だから、俺もイーサと同じ、完全に一人ぼっちだ。
「……そんなの、どうとでもなる事だ」
「へぇ、そうかい。じゃあ、俺に最初に長生きしてくれっつったのは、どこのどいつだったっけなぁ?」
「……黙れ!もう喋るな!」
俺の理屈にのっとった切り返しに対し、テザー先輩のソレはなんとも稚拙だ。賢そうな顔をして、今やただの――
「アンタは、一体何に癇癪を起してんだ?」
「……癇癪、だと?」
「自覚がないのか?じゃあ、教えてやるよ。一方的に自分の感情だけをぶつけて、相手の気持ちなんて一切顧みない。そういう感情の発露を、癇癪と言わずになんて言うんだよ?なぁ、教えてくれよ?」
そう、そうだ。その通りだ。
コイツもイーサをどうのこうのと言えた義理ではないじゃないか!
理由は何も口にせず、腹の中のイライラだけを他者へとぶつける。すぐに暴力をふるってくる分、イーサよりも一層タチが悪い。
あぁ、もう。イヤイヤ期のイーサが可愛く思えてくるじゃないか。なにせ、コイツのソレは幼児の“イヤイヤ期”よりも格段にやっかいな、思春期男子の“反抗期”だ。
俺は、コイツの親になった覚えはねぇぞ。
「……では、癇癪でも何でも構わん。俺は腹が立って仕方ないんだよ。お前の存在そのものに」
「じゃあ関わるな。先輩の癖に、何も教えてくれないんなら、俺にとってお前なんか無用の長物だ。もう話しかけんな」
「っ!人間風情に教えた所で、すぐ死ぬだろうが!」
「死ぬとしてもだ!今、この瞬間に俺は困ってんだよ!なのに、聞いても教えてくれねぇ!その上、職務放棄の挙句、癇癪起こして後輩いじめとかダサ過ぎだろ!」
テザー先輩と俺の激しい言い合いが、食堂中に響き渡る。
突然始まった口喧嘩に、それまで募った食欲と共に向けられていた周囲のエルフ達の視線が、一気に沸いた。
何にか。そう、野次馬根性に、だ。
あぁ、そうか。コイツらにとっては、他人の喧嘩も“娯楽”という訳か。
「あの人間、テザー先輩に何て口をききやがる」
「ありゃ、やべぇだろ。だって先輩の家ってアレだろ?」
「黙れ、聞こえんぞ」
「でも、面白れぇじゃねぇか。どうなるんだろうな?これ」
「つーか、テザーさんってあんなに声の張れる人だったんすね」
コソコソと、しかしハッキリと聞こえてくるその会話の内容に、それまで心のままに叫んでいたテザー先輩の表情が、一気に歪む。
「っクソ、どいつもこいつもっ」
短い悪態が、先輩の口の中で消えた。聞こえたのは、近くに居た俺くらいなのではないだろうか。
どうやら、自分の大声を他人に聞かれるのが苦手らしい。
「先輩。たまには先輩も声を張った方がいいっすよ。そんな風に、ボソボソ喋ってるから、イライラが溜まるんだ」
「っ俺を!お前と一緒にするな!?」
なにせ、周囲のエルフ達からの視線がハッキリと強くなった瞬間。テザー先輩は、異様に落ち着きがなくなってしまったのだ。しかも、いつもスンと澄ました白く尖った耳が、仄かに色づいている。
「なんだ、ただの恥ずかしがり屋の癇癪玉か。勘弁してくれ。ガキの相手は一人で十分だわ」
「なんだとっ!?」
「俺達人間より長生きっつって偉ぶるんだったら、自分の機嫌くらい自分で取るくらいの経験値、見せてくれよ」
完全に論破してやった。そう、俺は確信した。もうぐうの音も出ないだろう。再起不能に違いない。己の過ちを悔い改めろ!
しかし、どうやら正論という概念は、思春期男子には皆無らしい。
「……俺は、お前のように……権力に阿り、こびへつらう下等な人間とは違うんだ」
「は?なんだよ……今、それ関係、ねぇだろ」
「もう喋るな。汚らわしい人間が」
先輩は最後に吐き捨てるように言ってのけると、突き刺さった氷柱をそのままに、俺に背を向けた。
「は。なんだよソレ。急に。話の流れも、理屈もクソもねぇし。は?ありえね。うるせぇ……ほんと。うるせ」
子供の癇癪よりも酷い。口喧嘩の最後の球を、急にあらぬ方向に投げ捨てられた気分だ。自分が痛い所を突かれたからって、こんなのあんまりじゃないか。
-------お前、どうやって王子に取り入った?
また、同じような事を言われた。吐き捨てるように。汚いモノでも見るような目で。今度こそ、本気で食欲がなくなった。サイアクだ。
「残さねぇよ。残さない……全部食べるさ」
ただ、味わって食べる気力がなくなっただけだ。
俺は先程まで、味わうように食べていた白身魚のフライを、乱暴にパンに挟むと、一気にそのオリジナルサンドに齧り付いた。
咀嚼して、飲み込む。咀嚼して、飲み込む。
もったいねーな。こんな作業みたいな食べ方。本当にもったいない。
「ごちそうさまでした」
俺は口の中だけで転がすように食事への感謝を述べると、勢いよくその場から立ち上がった。すると、それまで野次馬根性丸出しだった周囲の視線が、一気に霧散する。中には「ちぇっ、もう終わっちまったよ」なんて、残念そうな声まで聞こえる始末だ。
クソ。どいつもこいつも勝手な事を言ってくれる。このクソガキ共。他人を娯楽の種に使いやがって。自分の娯楽くらい、自分で作り出せよ。
「……俺は、イーサに取り入ってなんかない。そんな事、考えてねぇ。ただ、俺は」
わざと口に出してしまうのは、何故だろうか。あぁ、答えは分かっている。
「“後ろめたいから”だ」
ガタリ。
俺は立ち上がった拍子に、自らのズボンの右ポケットに掛かるズシリとした重みに、唇をかみしめた。
俺の耳にだけ聞こえる、シャラリという金属同士か擦れる音。
権力に、媚びへつらう。
「ちがう」
違うのに、このポケットにはどうして“こんなモノ”があるのだろう。
俺は片手をポケットに突っ込むと、中でヒヤリとした冷たい手触りを与えてくるソレに、あの時、俺の手に親し気に触れてきた、イーサの手を、思い出していた。
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