31 / 284
第1章:俺の声は何!?
23:戸惑いという共有
しおりを挟む「……おはようございます。部屋守の仕事は、どうされたんですか」
「あ、お、おは」
「軽蔑します」
ハイ、会話終了。
目の前でバタンと勢いよく扉が締められた気がした。
寝ぼけた頭が一気にクリアになる。
いつの間にか、俺は床に丸くなって眠ってしまっていたようだ。もうこれは「ちょっと仮眠しようと思って」という言い訳が通じるような体勢ではない。
というか、いつの間にこんな格好で寝た!?俺!
「……あ、あの」
「……」
「えっと、ほんと……ちょっとしか、寝るつもりなくて」
「……」
最早、“取り付く島が無い”という言葉を擬人化したかのような無視っぷりである。いやぁ、無視って、言葉だけでなく全身全霊でやるものなのかーー。
『軽蔑します』
あの、メイドが最後に吐き捨てた言葉が、まるでエコーがかかったように、俺の脳内に反響する。あぁ、そんな「軽蔑」なんて言葉を言われたのは、生まれて初めてじゃないだろうか。
あぁ、そうだろうとも。そんな言葉、そうそう言われるモンじゃない。
「……仲本聡志は、思った。こんな初体験、人生で一度だって経験したくはなかった、と」
そうやって、俺は必死にセルフ語り部を駆使し、脳内にかかる「軽蔑します」のエコーを消しにかかる。そんな中、視界の端では、メイドがいつものようにイーサの部屋に向かって、二度のノックを放った。
コンコン。
その瞬間、俺は信じる神など居ない癖に、完全に神様とやらに祈った。
頼む、イーサ!起きててくれ!!
あぁ、ここで、更にイーサが寝坊などしてみろ。
この女の目には、俺が無駄話でイーサの生活習慣を乱した挙句、当の俺は部屋守という仕事を放棄し、寝こけていたように映るだろう。
つーか!実際そうだしな!?そうですとも!俺が全部悪いんだよ!チクショウ!昨日も結局、アイツは全然寝付かなかったしな!?
「そう、仲本聡志は一足早く、絶望しておく事にした。メイドの後ろ姿。それが次の瞬間に、此方を振り返り、きっと軽蔑以上のナニかを含んだ目で此方を見てくるに違いない、と――」
しかし、次の瞬間。俺とメイドは、同じ表情を浮かべる事となった。
がちゃ。
「へ?」
「は?」
扉が微かに開いた。呆ける俺とメイド。そして、開いた扉の隙間から、ヌルリとイーサの手だけが出てきた。
「っひ」
機械人形だと思っていたメイドの女から、急に生っぽい女の声が漏れた。突然出てきた腕に、完全にビビッているようだ。それにしても、このメイドの声……感情が籠るとヤバイ。
何がって?そりゃあ、イロイロだよ!?
俺だって男の子なんだよ!分かって!?
「あ、え……イーサ王子?」
「……」
ソロリと出てきた手が、今度は流れるような動作で床を指さした。それに対し、更に戸惑うメイド。お似合いのポニーテールが、ユラリと揺れる。その様子を後ろから見れば、金色の髪とのコントラストの素晴らしかった白いうなじが、ほんのりと色付いていた。
えらく、生っぽい。人形が、生き物になった瞬間だった。
「ぁ」
ヤバ。と思った瞬間、俺はその自分では制御できない熱を振り切る為に、声を上げていた。
「床に置けって、ことじゃないか」
「え、あ……そうなのでしょうか。王子」
メイドが出てきた手に問いかける。
なんだこの滑稽過ぎる光景。美人と、手。それも、とびっきり美しく、完成されたルネサンス彫刻のような、男の腕。その腕が、まるでそうだとでも言うように、床を指さし続けた。
「おかし過ぎるだろ」
思わず漏れた言葉は、セルフ語り部でも何でもなかった。純粋に、俺の感想。すると、それまで背中越しに戸惑いを露わにしていたメイドが、チラと此方を振り返った。
その目は完全に機械人形のソレではなく「本当に、置いていいのかしら?」と、俺に向かって戸惑いの感情を露わにしている。
その目が、その仕草が、その放たれていない筈の声が。
「完全に、可愛すぎた……」
「へ?な、なに?」
「いや、イイと思います」
「そ、そう。そうね……わかりました。王子、御無礼を失礼いたします」
俺の、欲望に忠実に放たれた「いいと思います」という言葉が、奇跡的に会話の流れとガチ合う。しかし、そんな俺の事など一切気にした様子も、余裕もなく、メイドの女は、そっと膝を床につけ、食事の乗った盆を床に下ろした。
「これで、よろしいでしょうか」
床に盆が置かれる。
メイドの問いかけに、その美しい手が、少しばかり偉そうに手の甲でメイドを払う仕草をした。どうやら、下がれという事らしい。面白い事に、手の動きだけにも関わらず、何となくわかる。分かる俺、ちょっとキモい。つーか!
え?なんかちょっとキャラ違くない?
「いや、手にキャラもクソもねぇんだろうけど。そう、仲本聡志は自らを諫めつつ、扉から顔を出すイーサの腕を見つめた」
謎に偉そうな手と。かしずく美人。
何だコレは。
俺は、目の前の滑稽極まる構図に大いに戸惑った。戸惑い果てる程に戸惑う。一生分の戸惑いを、ここで使ってしまわん勢いだ。
「…ぁ、えっと」
そして、それはメイドの女も同様のようで、イーサの仕草の意味が理解できないのか、膝をついたまま、全身でイーサの腕を見上げていた。
いや、可愛い。ほんとに可愛い。特に声。ほんと、速水さんの声に似てる。ファンです。ずっと好きでした。華沢さんと同じくらい好きです!
「……下がっていいって事だと思うけど」
「え、あ。そう。はい」
俺の言葉に、メイドがそのポニーテールをひょこと揺らしながら立ち上がる。あーーっ!可愛い!可愛すぎるだろ!
そして、残ったのは不自然に床に置かれた食事の盆と、少しだけ開いた扉。そして、そこから差し出される美しい腕。
可愛い&滑稽―――!!
「……イーサ、王子。これ、どうするんですか」
「……」
余りにも滑稽過ぎて、思わず素直に尋ねた。だってそうだろ。
これまでの、扉すら開けずに食事を受け取る己の行いを恥じ、今更ながらに扉を開けたにしては、その手は一向に床の盆に手を触れようともしない。
すると、俺の言葉にそれまで静かだったイーサの手が動いた。
「え?俺?」
戸惑い過ぎて、かろうじてくっついていた敬語が、ポロリと取れる。けれど、もうこの時の俺にとっては、そんな事を気にしている余裕は、欠片もなかった。
「こっちに来いって?」
広げられ、床に向けた掌が、上下にヒラヒラと揺れる。俺に向かってハッキリと表現されるソレは、「手招き」という、原始的なボディーランゲージの一つだった。
来て、こっちに。はやく、来て。
「……わかったよ」
それは、先程メイドに対してすげなく成された「シッシッ」という、手の動きとは違い、何やら妙な“幼さ”を感じるモノだった。俺のよく知るイーサは、完全にこっちだ。
さっきの偉そうな手は、俺の知らない“イーサ”。
「来たぞ」
俺が短く言うと、その手は俺の前でユラユラと揺れる。これに関しては、本当に意味が分からない。さすがの俺も、全部分かる訳じゃないんだが。
そんな気持ちを込めて「なんだよ」と口にしそうになった時だ。
「あ、え?取れってこと?」
その手が、今度はハッキリと床に置かれた盆を指さした。
指の指し方も、先程メイドにしていたような命令するようなモノではなく、まるで子供のするような……何と表現すればいいのだろう。
ギュッと握りしめられた掌に、人差し指が、ピンと力強く床に置かれた盆を一心に示す。そんな幼い子供が、大人に対して必死に意思表示をするような、そんな指の指し方だった。
とって!!とって!!
「わかった、わかった。何だよ。意味わかんねー。なになに」
俺は実際に口に出して言われている訳ではないが、まぁ、半ば言われた通り、床に置かれた盆を持ち上げた。持ち上げ、イーサの手の前へ差し出す。
「で、コレをどうすんの?何がしたいんだ?」
まるで小さな子供に話しかけるような口調になってしまう。だって仕方がないだろう。実際そう見えちまうんだから。
「お?」
すると、俺の持ち上げた盆に満足したのだろう。盆の下に自らの腕を滑りこませると、そのままイーサは、食事の盆ごと部屋へと持って行ってしまった。
バタンと、何事もなかったかのように締まる扉。
「え?」
取り残される俺と、メイドの女。
俺は自身の広げた掌を思わずジッと見つめた。イーサが盆を引く時に、一瞬だけイーサの手が俺の手に触れていった。盆の下なので、彼女には見えなかっただろう。
ヒヤリとしたその手。
その手に、俺は妙に覚えがあるような気がした。そう、それはなんとも心地良い手だった。
「……なんだったんだ」
「……なんだったのでしょう」
ともかく、俺とメイドは一つも理解出来ぬまま、目の前で繰り広げられた“戸惑い”という、この場に居なければ決して誰とも共有できぬであろう、特殊な感情を共有する仲として、謎の連帯感を……感じていたのだった。
40
お気に入りに追加
240
あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──


家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
俺は魔法使いの息子らしい。
高穂もか
BL
吉村時生、高校一年生。
ある日、自分の父親と親友の父親のキスシーンを見てしまい、平穏な日常が瓦解する。
「時生くん、君は本当はぼくと勇二さんの子供なんだ」
と、親友の父から衝撃の告白。
なんと、二人は魔法使いでカップルで、魔法で子供(俺)を作ったらしい。
母ちゃん同士もカップルで、親父と母ちゃんは偽装結婚だったとか。
「でさ、魔法で生まれた子供は、絶対に魔法使いになるんだよ」
と、のほほんと言う父親。しかも、魔法の存在を知ったが最後、魔法の修業が義務付けられるらしい。
でも、魔法学園つったって、俺は魔法なんて使えたことないわけで。
同じ境遇の親友のイノリと、時生は「全寮制魔法学園」に転校することとなる。
「まー、俺はぁ。トキちゃんと一緒ならなんでもいいかなぁ」
「そおかあ? お前ってマジ呑気だよなあ」
腹黒美形×強気平凡の幼馴染BLです♡
※とても素敵な表紙は、小槻みしろさんに頂きました(*^^*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる