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第1章:俺の声は何!?
6:我慢の限界
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あの日、俺がイーサ王子の部屋から吹っ飛ばされて気を失った後。俺は起きた傍から、ガッツリと見事なお叱りを受けた。
ええ、ええ。そりゃあ凄い勢いでブチ切れられましたとも!
不敬罪だの、懲罰房だ、果ては斬首刑などという、余りにもヤバそうな単語で何度も何度も脅され、しっかりと拳による鉄拳制裁も受けた。
ついでに、例の“水流壁”にも顔をぶちこまれたしな!
「仲本聡志は、あの時の事を思うと、未だに呼吸が苦しくなる気がするのだ。所以、完全にトラウマを植え付けられたと言ってよかった……」
つーか!!
誰があの技、使い道がわからんっつった!?
実際受けたらアレ、最強の拷問技じゃねぇか!? 新作をプレイする時には、絶対にあの技は重めに使ってく!技に振るパラメータは、水流壁に全ベットしてやるから見てろよ!?
そう、技に対する認識がぶっ壊れる程、あれは……、本当に尋常ならざる苦しみだった。
『ぐばぶばぶばっ!ぶうぐぐぐっ!』
『このクソ人間がっ! テメェ何してくれてんだ!? お陰で、この俺が始末書を書く羽目になっただろうがっ!』
『ぐびばぜっっ』
『あ゛ぁ!? なんだって!?』
『……はぁっ、はっぁっ、ず、ずびばぜっ!もっ、かんべんじでぐだざいっ! げほっ!っはぁっ、っげほ!』
『謝って済む問題じゃねぇんだよっ!? これだから短命野郎は後先考えねぇから嫌だぜっ! テメェらの短命に、俺を巻き込むなっ! 勝手に短命やってろ!?』
と、最早「オメェ、短命って言いたいだけだろ!?」と声に出してツッコミたかったのだが、その俺の声は、再び頭からぶちこまれた水の壁によって、言葉としての体を保つ事はなかった。
そう、本来ならば、王子への不敬罪で首を落とされても仕方がないような行為だったらしい。ただ、どうやら俺はその全ての罰の可能性を免れた。
俺を懲罰房に入れたり、斬首したりすると、再びイーサの部屋守役を探さねばならなくなるからだ。
なんだ、ソレ。
「そう、仲本聡志は今日も今日とて何もする事などない、イーサ王子の部屋へと向かう」
美しい王宮の入口。
その右わきにある小さな屋内庭園をつっきり、誰も居ない渡り廊下を渡り切った。
「普通に考えて、問題起こした兵士をそのまま部屋守に使うか? あり得ないだろ」
そう、この世界は確かにあの、セブンスナイトの世界ではあるようだ。けれど、どう頑張っても、この世界のイーサ王子は、俺のキャラ設定として台本を貰った“イーサ”とは大いに別人だった。
台本と共に手渡された一枚の資料には、こう書いてあった筈だ。
「クリプラント国、第四十七代目の国王。カリスマ性があり、建国切っての名君と謳われる前王、ヴィタリックの長子。その仕事ぶりから官吏からの信頼も厚い。ヴィタリックをも凌ぐ名君の資質を持つとも言われているイーサだが、何でも出来るが故に傲慢で、何に対しても主導権を握りたがり、独占欲も強い。そのせいか、他人に頼るのがすこぶる苦手」
誰も居ない宮殿脇の細い廊下を歩きながら、つらつらと暗唱する。何度も何度も、穴が開くほど見た簡易なイーサのキャラ設定だ。
どこにも過去に引きこもりだったとか、トラウマ持ちなんて記載はなかった。
「……分かるかよ、そんなん」
分かる訳がない。さすがに、そこまで込み入った設定であれば、多少の記載は欲しいところだ。
「あの、交代です」
「やっとか。あーぁ。さっさと帰って寝るかぁっ」
イーサの部屋の前に立っていた一人のエルフに声をかける。交代である事を伝えると、そりゃあもう嬉しそうに、背筋を伸ばした。
「ニンゲン。今日は夜守もお前だからな。わかってんだろうな」
「はい」
「もう、問題を起こすなよ。お前が居ないと、俺達にこの仕事が回ってくんだからな。迷惑かけんな」
「……はい」
この台詞は、あの日以降。同じ寄宿舎に寝泊まりしているエルフ達に、耳にタコが出来る程言われた。
「長生きしろよ。死なれたら、後釜探しでめんどくさい事になるからな」
「……そればかりは、何とも」
俺のハッキリしない返事に、エルフの男は「なんで人間ってヤツは百年もまともに生きられないんだろうなぁ」と、心底不思議そうに首を傾げながら、俺の隣を通り過ぎていった。
いやいやいや。
「寿命が千年を超えるって方が、こっちにとっちゃありえねぇから。そう、仲本聡志は呆れかえるしかなかった」
そうなのだ。長命なエルフの住まうこのクリプラントでの現在の平均寿命は、約千二百歳程度らしい。
いやいやいや、千二百歳って……。
冗談きっつ! それって、平安時代からご存命って事じゃん! 誰かー、ファンタジー世界の物差しもってきてー!?
つーか、ゲームと現実ごっちゃにすんなー!?
……俺。
あぁ、常識が違い過ぎて……なんか疲れる。この世界。
「その余りにも途方もない数字に、仲本聡志はベルトの部分にある、クリプラントの国章に手を触れた」
そんなに寿命のある奴らからすれば、たった二~三十年で老いにより仕事が出来なくなってしまう人間は、そりゃあもう『短命野郎』と言いたくもなるだろう。俺からすれば、アイツらの方が『長命野郎』なのだが。
「……暇だ」
ぼんやりと口にしながら、立ち尽くす。
そこは、あの日、俺が勢いよく吹っ飛ばされてしまった場所だった。
「ひま、ひま、ひま……ひま」
そして、取って付けたように豪華な扉のはめ込まれた部屋に目をやる。シンとして、中からは何も聞こえてこない。
本当にここには、“誰か”居るのだろうか。
「ひまだー」
腰にした、ズシリと重いだけの剣が、俺の部屋守としての体を保たせていた。
『あの方は、もう百年近くあの部屋から出られた事がない』
あの日、俺の先輩にあたるというアンニュイな声のエルフの言っていた言葉を思い出す。百年もの引きこもりの最中にあるイーサ王子。
驚いた事に、イーサが引きこもってから、彼の姿を見た者も、声を聞いた者も、本当に誰一人として居ないらしい。
『いくらイーサ王子が王位継承権の争いから離脱しかけているとは言え、お前……無礼にも程があるぞ』
なんだよ、それ。
「仲本聡志は、たまらない気分だった。この世界で、イーサは王様にはなれないのか。そう思うと、何故かモヤモヤしたのだ」
この世界で寝起きを始めて、もう十日程になる。
最初は、寝て目を覚ませば、言葉は変だが“目を覚ます”と思っていた。けれど、それは何度となく眠り、目を覚ます度に可能性が薄くなっていく。
「なにせ、全然目覚めないのだ。どうやら、寝て起きるだけではダメらしい」
まったく、自分の中でイーサ役への未練がこれほどまでとは思わなかった。まぁ未練も極まるだろうよ。なにせ、今回のは、いつもの落選とは訳が違う。
「それもこれも、全部、山吹金弥のせいだ、と聡志は自らの拳を握りしめて思った」
金弥が選ばれ、俺は選ばれなかった。
その事実が、俺には未だに納得出来ないでいる。イーサ役に選ばれたのが別の誰かだったら、きっとここまでにはならなかった筈だ。
もしかして、ここは俺の白昼夢的な予知夢の中で、俺は目が覚めたら、現実世界でサトシ・ナカモトという人間兵のモブ役が回ってくるのではないだろうか。
あり得る……。めちゃくちゃ、あり得るぞ、ソレ。
あり得そうな現実。
けれど、俺にとっては完全にあり得ない、許しがたい現実!
「……メインの声優たちの脇の脇の末端の末端で、遠くに人気声優の仲間入りを果たした山吹金弥を眺めるなんて、まっぴらだ。そう、仲本聡志は拳を握りこんだ……って、はぁぁぁっ。何やってんだよ、俺」
俺は扉の前で顔を覆って座り込むと、そのままドサリと床に腰を下ろした。
背中はベタリとイーサの部屋の荘厳な扉へともたれさせる。きっと見つかれば、不敬だの何だのと言われそうだが、それに関しては何の問題もない。
「どうせ、誰も来ねぇ」
十日間、ずっとここに通い詰めてハッキリとした事実がソレだ。ここには、本当に誰も来ない。
来るとすれば、食事を運ぶ、あのメイドらしきポニーテールの女だけだ。コンコンと部屋を叩き、手に持った盆が消える。そして、その盆を回収するのも、もちろん、あの時と同じだ。その時間も、まだまだ先。
「イーサも見れねぇし」
最初こそ、あのメイドの女にも会釈をしたり、挨拶をしてみたりしたが、それも止めた。なにせ、彼女は一切俺の言う事に反応を示さないのだ。最初に会った時に一瞥して以降、こちらを見もしない。
「イーサの声も聞けねぇ」
どうやら、このクリプラントでは“人間”というだけで、下に見られるらしい。そういえば、セブンスナイト2では、エルフは選民意識が高いプライドの塊のような種族だと表現されていた。
「……あーぁ。最近、誰かとまともに会話、してねぇなぁ」
話すに値しない相手。それが、俺。
同じ立場と思わしき兵士達もそうだ。話しかけてくる時というのは、俺を馬鹿にするとき以外にない。まったくピンとこない悪口と思わしき単語を、集団で笑いながら吐いてくるのだ。
「声も……張ってない」
たまに、「ニンゲン、なんか面白い事やれよ! どうせ短い人生なんだしよ」と、クラスの陰キャを弄る陽キャ集団のような事を口にしてくる。苦笑して乗り切ってはいるが、マジで反応が取りずらい。悪口にピンとこないせいもあって、腹も立たないのがまた困ったモンだった。
つーか、人生の短さ、ソレ関係ある? ねぇだろ。
あーぁ。マジでダリィ。
「……そのせいだろうか。仲本聡志は」
独り言が、異様に増えた。
他人とのコミュニケーションの欠如と、感情の虚無感が、ここまで人の精神をゴリゴリと削ってくるとは思いもよらなかった。俺は背もたれにしたイーサの部屋の扉をチラと見る。たった十日でコレだ。百年も引きこもっているイーサは、今、一体どんな状態なのだろう。
静かだ。
耳をどんなに澄ましても、何も聞こえはしない。
「……無理!」
俺は勢いよく立ち上がると、自分の腹に手を当てた。
誰とも喋らないなんて、声を出せないなんて、あり得ない。このままじゃ、筋力は衰え、呼吸の仕方も忘れてしまう。
俺には“声”しかないのに、その声すら、今や奪われそうになっているのだ。
「っふぅぅぅぅっ」
深く息を吐き出す。以前のように、吹っ飛ばされたらそれはソレだ。もし、斬首刑になったら、その時こそはやっと俺も“目覚める”かもしれない。
そう思うと、この世界では、死ぬことすら別になんて事ない気がした。
「死ぬまでこのままって方が、斬首より無理。そう、仲本聡志は一気に心を軽くしたのだ」
すー、はー、すー、はー。
同じテンポで、ゆっくりと呼吸をする。腹の中の不愉快な感情を全て吐き出すように、腹の空気を一気に外へ。
イーサは癇癪持ちの王子様。
そりゃあそうだ、こんな部屋に百年も閉じこもっていたら、暇で癇癪も起こしたくなるだろう。
俺だって十日でこの有様だ。お前の気持ち、ちょっとは分かるかも。
だから、少しでも退屈を紛らわしてやる。
誰のって?
そりゃあ、この俺“仲本 聡志”の退屈を、だ!
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