【完結】凡庸な男に明け暮れた、とある天才の話

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6:天才カルド・ダーウィングに関する二冊の著書

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 魔化学の世界的権威、カルド・ダーウィング。
 彼の存在は、その時代の魔化学を千年先へと連れて行ったとまで言われる。特に二十代後半からの彼の功績は素晴らしく、その中には人類がこれまで歩んできた根源的なルールすら書き換えるモノもある。

 そう、彼の最も偉大な研究成果。
 カルド・ダーウィングは「生殖機能」から男女の垣根を取り去った。
 愛に性別は関係ないという彼の倫理観、哲学的思考は人類の在り方をも書き換えたのである。

 そして、カルド・ダーウィングの天才的な頭脳もさる事ながら、もう一つ有名な別の顔も持っていた。

 ルーティンの王。
 彼の周囲に居た者は口を揃えて言う。そう、彼の一日の流れは全てが詳細に決まり切っていた、と。それはもう、機械のように。

彼の事を語った著書にはこう書かれている。

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 カルドは決まった時間に目覚め、その後すぐに紅茶を口にする。

 飲む紅茶の茶葉の種類、茶葉の量、湯加減までも全て決められていた。少しでも味が異なると、彼は激昂し手が付けられなかったという。
 その後、郵便物をチェックし、必要なモノにはすぐ返事を書く。返事を書いた後は、仕事へと向かう。研究室に向かう際に着る服は、曜日毎に全部決められていた。

 研究室から戻ると、日課の散歩に出かける。昼から日没にかけて、それはもう長い散歩だ。

 食事は一日一食。夕飯のみ。粗食を好み、夕食後は家族とカードゲームに興じる。寝る前は読書をし、音楽に耳を傾ける。寝室に入る時間も毎日決まっていた。


 そう、このような鉄壁のルーティンがカルド・ダーウィングの天才的な発明を産んだのである。
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【世紀の天才:カルドの見た世界】より。

 ちなみに、これを書いたのは彼の研究室に居た同僚の一人である。


 しかし、別の者が書いた著書にはこう書いてある。

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 父は決まった時間に母が起こしに行く。

 そして、母の淹れた決まった味の紅茶を飲み、郵便物も全て母がチェックする。郵便物を仕訳けた母が父に郵便物を渡す。その後、父が声に出した文言で、母が手紙の返事を書く。父は、字が下手だったからだ。

 研究室に向かう時、父は必ず母に口付けを強請る。
 私達が見ていると、母はどうしても口付けをしたがらなかったが、口付けをしなければ仕事には行かないと駄々をこねた。困った母は、父に口付けをする。そのまま研究室には行かず、母と共に寝室に籠る事もしばしばあった。

 父が仕事から戻ると、母と共に散歩に出かける。
 その間も、父はずっと母に話しかけていたようだ。二人が向かう先は、母の元々の家だ。そこでも二人は二人きりの時間を楽しんでいたようだ。

 ただ、話すだけで終わっていたかどうかは、私達には分からない。あの家には、いくら子供とは言え絶対に入るなと父から厳しく言われていたからだ。兄弟達は皆「言われなくても行くワケないだろ」と呆れ顔だった。もちろん私もその一人だ。

 父は一日一食しか食べない。母も同様だ。二人はそもそも食事を沢山食べるタイプの人間ではなかった。そのせいなのか。または、二人だけの営みのせいか。どちらが理由かは分からないが、父も母もいつまでも若々しかった。

 夕食の後は、家族全員でボードゲームをした。
 母の希望だ。父は、母の言う事だけは無条件で聞き入れる。私達が何かを強請っても、そうそう我儘は許して貰えなかったというのに。母だけには甘い。ズルい。

 父は寝る前は読書の共に、母にピアノを弾くよう強請った。そう、家に居る時、父は片時も母を傍から離そうとしないのだ。ピアノはその口実に過ぎない。

 母は私達の世話や、父の研究に関する様々な来客対応で日々忙しそうだったが、父への献身だけは凄まじかった。どんなに忙しくとも父にピアノを弾き、父が寝室に行きたいと言えば微笑んで付き従った。

 おかげで私の兄弟は十人になった。

私は思う。この世界を千年後に連れて行ったのは間違いなく、



私の母である、と。


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 この著書のタイトルは――。




【凡庸な男に明け暮れた、とある天才の話】


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