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27:親愛なるケイン(1)

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 大国スピルの王家には変わった習わしがある。


「ケイン、お前に鞭打ちの任が下った。これからは王宮で暮らせ」
「はい、父上」

 俺はケイン。大国スピルの鉄壁の要。金軍を統べるクヌート家の長子として生まれた。

「まさか、六つで鞭打ちを寄越せと言ってくるとは。普通は十歳を超えてからだろう。……今回の王太子は、どうも癖が強そうだ」

 そう、俺を前に眉間に皺を寄せる父の姿に、僕はピンと背筋を伸ばしたまま父の言葉を待った。息苦しい。当時の俺は、父を前にすると緊張と恐怖で呼吸が浅くなる癖があった。

「まぁいい。ケイン、鞭打ちの任にまつわる決まり事は覚えているか」
「はい」

 俺は父の質問にハッキリと頷くと、事前に伝えられていた「鞭打ちの任」についての教えを答えた。

「一つ、殿下の良き友となる事」
「一つ、殿下の痛みを代替する事を光栄に思う事」
「一つ、殿下の学びの助けとなる事」

 良かった。呼吸が浅い割に、淀みなく答える事が出来た。
 教えられた通りの鉄則を模範回答した俺に、父は、遥か高みからジッと俺を見下ろし続ける。あぁ、父はいつも俺の遥か上に居る。当時の俺にとって、父は“強さ”と“恐怖”の象徴だった。ジクリ、と頬の傷が痛む。昨日父に殴られて出来たモノだ。

「そうだ。それがお前のこれから請け負う任である……が、それだけでは足りない」
「足りない?」

 足りない筈がない。俺が教わってきた「鞭打ちの任」の鉄則は、この三つだけだった筈だ。そんな俺の思考を読んだように、父はニヤリと笑った。その顔に、背筋がヒヤリとした。

「ここからは他言無用。私からお前に口伝でのみ伝える」
「……はい」

 そうか。先程の三つは表向きの鉄則。そして、ここから父が伝える内容こそが、最も重要な「鉄の掟」という事になる。父上の言葉だ。聞き逃してはならない。俺は背筋が冷え入るような感覚を覚えながら必死に父の言葉に耳を傾けた。

「一つ、鞭を打たれた際は大仰に痛がる事」
「一つ、鞭を打たれても決して膝を折らない事」
「一つ、決して周囲に弱みを見せないこと」
「一つ、殿下の前に立つ際は傷の見えやすい格好をする事」

 父の口から発せられる言葉を、俺は一つ一つ胸に刻む。そして思った。これこそが、俺の与えられた「鞭打ちの任」としての真の役割である、と。そして最後。父が俺の耳元で囁くように言った。

「王太子をお前の“傀儡”にせよ。首輪を付けてしまえ」
「はい、承知致しました」

 鞭打ちの任。俗称「鞭打ち少年」。
 それは、「痛み」と引き換えに、大いなる「機会」を得る役職である。なにせ、この職に就けば、幼い頃から王太子の傍に控える事が出来る。王族の信頼を得るのに、これほど適した任は他にない。

「ケイン、最初のひと月で殿下の懐に入れ。そこから鞭打ちは始まる。いいな?」
「はい」

 この任を請け負ってから、いち貴族に過ぎなかったクヌート家は、このスピルで大いなる躍進を遂げた。どうやら、父はその躍進を更に大きなモノにしようと考えているらしい。この人は、自らが王にでもなろうというのか。
 俺は父の底知れぬ“野心”を実現するための、道具に過ぎなかった。

「では、準備を整えるように……失敗は許されないぞ」
「は、い」

 父はそれだけ言うと、スルリと俺に背を向けた。その瞬間、体中に走っていた緊張が、一気に弛む。
 バタンと扉が閉まり、部屋には俺一人が残された。

-----王太子をお前の“傀儡”にせよ。首輪を付けてしまえ。
「かいらい、くびわ……」

 父の言葉が頭を過る。俺に王太子を傀儡にせよという。すなわちそれは、父の傀儡になるという事だ。だって、俺自身が父に首輪を付けられた「傀儡」なのだから。
 こうして俺は、この大国スピルで第四十七代目の王太子。「ラティ殿下」を傀儡とする為に王宮へと渡った。


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