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16:十三冊目のウィップ
しおりを挟む◇◆◇
親愛なるウィップ。
ごきげんはいかが?僕の方は、そうだね。まぁまぁかな。
あ、そうだ。一応、“君”に会うのは初めてだから、最初はこう言おうか。
初めまして、ウィップ。
君は記念すべき十三冊目のウィップだよ。
こうして毎年新しいキミに初めてペンを下ろす時というのは、ちょっぴり緊張するね。キミもそうじゃない?
でも大丈夫。二~三日もすれば、君もすぐ慣れるよ。
一年に一冊。
こうして毎年新しいキミに出会える事を、僕はとても嬉しく思う。最初に君に出会ったのは、文字を覚えたてだった四歳の頃だった。覚えてる?
最初はパイチェ先生に「文字を覚える為に、毎日日記を付けて下さい」って言われて、イヤイヤ始めたんだ。
あの頃は「日記」なんて言われても、何を書いたら良いか分からなかったし。
でもね、僕が悩んでいたらお母さまが教えてくれたんだ。「日記帳に名前を付けたらどうかしら。お友達にしたらいいのよ」って。お母さまも、子供の頃そうしてたんだって。そしたら、少しずつだけどキミの事が大好きになっていったよ。名前って不思議だね。
その後、しばらくしてお母さまが亡くなって、僕はそりゃあもう毎日キミに泣きついたよね。そのせいであの頃のキミは、どのページもグシャグシャだった。おかげで読み直すのが一苦労さ。ごめんね。
でも、キミが居たから僕はお母さまが居なくなった後も寂しくなかったよ……え、強がりはやめろって?
ふふ、本当だよ。
あの頃のキミを見直すと、そりゃあもう幼稚で子供っぽい自分の文章に、あきれかえってしまうのだけれど、まぁそれも少しは僕が成長した証かもしれないと思って認めてあげる事にしている。
ウィップ、キミにはいつも僕の本当の心を綴ってきた。なぜなら、キミが僕の“本当”の友達だからだ。友達にウソは無しだからね。
僕には心から友達だと言える人が二人居る。一人はもちろんキミだよ、ウィップ。
そして、もう一人の事もキミは分かってくれている事と思う。
僕の大切な大切な友達。そう、ケインだ。
キミが毎日会っていた彼だよ。
僕もケインも、今年で十七歳になる。
出会った頃は僕と同じくらいだった体の大きさも、今じゃケインに敵う部分は一つも無くなってしまった。仕方ないね。ケインは僕と違って、毎日訓練に明け暮れているから。どんどん立派になっていって、僕はいつも置いていかれている気分。ちょっと、寂しい。
でも、大丈夫。ケインはどんなに忙しくとも、毎晩キミに会う為にこの部屋に来てくれるからね。キミのお陰で、僕とケインは友達で居続けられる。ありがとう、ウィップ。
あれ?もうページをこんなに使ってしまっている。
今日あった出来事が殆ど書けないままだったけど、仕方ない。最初の一頁はキミと思い出話をするって決めているからね。
あ。でも、待って!一つだけ言わせて!
今日、初めてケインに鞭が打たれずに済んだよ!十年間一緒に学んできて初めてだ!これからもケインに鞭が打たれないように、僕は頑張ろうと思う。
……でも、代わりに訓練で怪我をしたって、体中に傷を作ってきたよ。きっと過酷な訓練なんだと思う。体だけでなく、顔や、口の中にも傷を作ってくるのだから。僕は心配で堪らないよ。
さぁ、明日も授業があるからね。そろそろ勉強をしなくては。
なにせ、僕が間違うとケインに鞭が打たれてしまう。僕は弟と違って優秀ではないからね。気が抜けない。
明日になったら、キミもケインに直接会う事が出来るよ。十三冊目の君にとっては初めての顔合わせだね。
大丈夫、ケインはとても優しいし、とても格好良い男の子だ。僕の自慢の友達さ。だから、新しいキミの事も、きっと優しく扱ってくれる。
楽しみにしておいで。
親愛なる十三冊目のウィップ。また明日ね。
ラティより。
◇◆◇
「さぁ、授業を始めますよ、殿下。復習はされておいでですか」
「はい!」
ケインが僕付きの「鞭打ち少年」として、共に家庭教師から授業を受けるようになって、十年と少しの時が経ちました。出会った頃はたったの六歳だった僕達も、今や十七歳です。
「では、先日、議会で法改正された治安維持にまつわる法の名前と、改正のきっかけとなった事件を簡潔に述べてください」
「はい」
そして、ケインに鞭が打たれた日を境に懸命に学ぶようになりました。「国民の為に学びなさい」と言われている時は、ちっともヤル気が出なかったのに「国民」が「ケイン」に変わった途端、ちゃんと復習をするようになったのです。
「先日法改正された治安維持の為の法案名はチェジク法と言います。これは、昨年の秋、隣国バーグとの会談が決裂した事を機に締結された治安維持法です」
「よろしい。よく復習されているようですね。殿下」
寝る間を惜しみ、教本だけでなく蔵書庫の書物まで読み込み、苦手な戦争の歴史とも向き合いました。外国語も必死に学んだお陰で、今では諸外国からやってきた来賓に対し、相手の言語でおもてなし出来るようにもなった程です。
僕は本当に頑張りました。そのお陰か、ケインに対する「鞭打ち」も、あの頃からくらべると少しずつ減っていきました。
「今日は十二発でお願いします」
「承知した」
「今日は十発です」
「そうか」
「今日は五発……いえ、四発でしたね。失礼しました」
「ほう」
「正解です。ラティ殿下。よく復習をされていますね。今日の鞭打ちは無しです」
「はい!」
「それでは、本日の授業から軍事戦略も共に学んでいきましょう」
「は、はい」
しかし、それでも僕は決して出来の良い王子ではありません。むしろ、人の二倍、三倍と勉強してやっと“人並”なのです。やっと出来たと思ったら、次々と新しい学問が肩にのしかかってきます。そうなると、出来の悪い王子である僕はどうなるのか。
そう――。
「今日は十五発でお願いします」
「……承知した」
十五発。その数字に、僕は慌ててパイチェ先生に駆け寄りました。そのすぐ隣には、鞭打ちの男も居ます。二人共、あの頃より少し皺が増えた気がします。
「っぁ、あの……パイチェ先生、あの……僕は、ちゃんと復習を、頑張って……つ、次は、もっと出来るように、しますので」
「ラティ殿下、結果を出せない者の『頑張った』は、無音の調べに過ぎません。結果を残さねば、誰も耳を傾けてはくれないのですよ」
「っで、でも!」
「ラティ殿下、決まりは決まりです。……では、お願いします」
「ああ」
「そんな……!」
僕がどんなに眠る時間を削って学んだとしても、成長と共に学ぶ範囲が増え、ミスも増えていきます。そうなると、もちろん僕がミスをした分だけケインに鞭が振るわれるのです。
この十年間。この鞭が空を切る音を、僕はどれほど聞いたでしょうか。きっと、この世の王子で一番聞いた自信があります。
パシンと、ケインの肌に鞭が当たる音が響きます。
「っう゛っぁ!」
「っケイン!」
「……ラティ殿下、私なら大丈夫です。危ないので下がってください」
「……ぁ、あ」
ケインに「弁えた」言葉と笑顔で他人行儀にそう言われると、僕の心は不安でいっぱいになります。「ケインに嫌われたかもしれない」と。その不安は、どんなに僕が成長しても消える事はありません。
だって、いくら成長しても僕にとってケインは唯一無二。かけがえの無い友達なのですから。
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