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3:お星さまを見つけた

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◇◆◇


ウィップ、インクを取ってきたよ。
たっぷり入れて貰った。これでしばらくは大丈夫。でも、ちょっと後悔してる。やっぱりメイドに持って来て貰えば良かった。行かなきゃ良かったって。

なんでかって?こんな話、聞いてもきっと面白くないよ。
え、それでも聞きたい?仕方無いなぁ、君にだけ特別に教えてあげる。

廊下を歩いてたら、パイチェ先生と他の先生が執事と話しているのを聞いちゃったんだ。

六つにもなって、あんなに出来の悪い子は初めてだって。このままじゃ、スピルの泰平の世は、長くは続かないだろうって。
それを聞いていた執事も「その通りですね」ってウンウンと頷いていたよ。

ねぇ、ウィップ。
僕は、どうしてこう上手く出来ないんだろうね。先生の言う復習も、ちゃんとしてるよ。でも、ちっとも頭に入ってこないんだ。だって、何の為にこんな事をしているの?って考えたら、なんだか眠くなってきちゃう。

わかってる。僕に勉強が必要なのは「スピルの国民の為」って言いたいんでしょう。でも、そんな見た事もない人達の為に、僕は頑張れないよ。
「国民」って何?名前は?ほら、名前も知らない人の為に頑張りなさいなんて、むちゃを言わないで欲しいね。

僕は、僕の大好きな人の為にしか頑張れないんだから。たとえば、そう。キミとかね。ウソじゃないよ。キミは大切な僕の友達だもの。

あぁ、あとね。パイチェ先生が言ってたんだ。

「通常より少し早いですが、アレを用意しましょう」って。

すごーく、怖い声で言ってたんだよ。
アレって何?もしかして、ムチ?でも、僕は「尊い」体だから、ムチは打てないって聞いたよ?

でも、もしかしたら……。
僕があんまり出来が悪いから、特別に「ラティ」だけはムチを打って良い事になったのかもしれない。そうかも。国王陛下が……お父様が良いって言ったんじゃないかな。だって、ちょうどこないだ弟のフルスタが産まれたばっかりだし。

そしたら、お父様は僕の事なんてちっとも見てくれなくなった。

ねぇ、ウィップ。
どうしよう、こわい。
どうか、明日の君に話す内容に、ムチって言葉が出てこないことを一緒に祈ってて。

じゃあ、ページが無くなってきたらまた明日ね。
ラティより。


◇◆◇



「ふぅ」

 僕は綺麗に文字で埋まり切ったページを眺めながら羽ペンを置きました。なんだか、どっと疲れてしまいました。

「復習……しなきゃ」

 そう思い、チラと脇に寄せた地政学の教本を見ます。でも、ちっともそんな気にはなれません。

「ムチで叩かれるって痛いのかなぁ」

 痛いに決まってます。だって、あーんなに分厚くて硬い皮膚を持っている馬だって、御者にムチを打たれるとヒヒンって鳴いて駆け出してしまうんですから。
 僕は自分の腕に触ってみました。馬と比べると白くて柔らかいです。ムチを打たれたらきっとヒヒンと鳴くどころの騒ぎではないでしょう。

「むぅ……いたい」

 ちょっとだけ、腕を自分の指でつねってみました。痛いです。こうやって、少しでも明日の痛みに備えて腕をつねっていた方が良いでしょうか。

「そんなのイヤだ」

 それに、これが明日のムチの備えになるとは到底思えません。そもそも、パイチェ先生の言っていた“アレ”がムチなのかも分からないのです。
 あぁ、やめやめ!こんなの無駄です。そんな事より、面白いカタチの雲でも探した方が、うんと為になります。

「……あれ?」

 そうやって、ふと窓の外を見てみると、そこには見慣れない人影が見えました。その人影に、僕は思わず椅子から立ち上がって窓辺に駆け寄ってみます。

「子供だ」

 窓の外に小さく見えたのは、子供でした。同い年くらいでしょうか。
 王宮の、しかも離れ側の入口に子供が居るのを見たのは初めてです。ここには、王族とそれに仕える僅かな人間しか居ないというのに。

「わぁ」

 遠目なのでハッキリとは見えませんが、金色の髪の子供が騎士に連れられて歩いて来ます。太陽の光に照らされてキラキラと輝くその髪の毛は、なんだかとても綺麗で、まるで空から降ってきたお星様のようでした。

「あの子、どうしたんだろう?」

 ジッと窓にへばりつくようにして、その金髪の男の子の事を見ていると、ふと男の子が顔を上げました。しかも、ただ顔を上げただけではありません。ハッキリと僕の方を見たのです。

「わ、わ……わぁっ!」

 僕は驚いて、思わずその場から飛び退きました。その瞬間、足に力が入らなくなって、ペタリと床に座り込んでしまいました。

「はぁ、はぁ。……はぁっ、すごい」

 もしかすると、僕は病気なのかもしれません。足に力が入りませんし、心臓が凄くドキドキしています。パイチェ先生に叱られた時と違って体中がカッと熱くなります。なんでしょう。こんな気持ち初めてです。

「キレイな男の子……」

 服装からすると、きっと騎士の子供です。式典でよく見かける普通の貴族の子供より、質素な紺色の服を着ていましたから。でも、あの子の宝石のような金色の髪の毛に、その服はむしろピッタリ。とてもお似合いです。

「……もう一回」

 僕は、もう一度あの男の子が見たくて、必死に立ち上がって窓に近付きました。しかし、もうそこには誰も居ませんでした。

「どこに行ったんだろう。お星さまみたいに消えちゃったのかな?それとも……」

 僕はちょっぴり残念な気持ちになりながらも、もしかしたらあのお星様のような綺麗な子がこのお城の中に居るのかもしれないと思うと、とてもワクワクしました。もし、お城の中に居るなら、いつか会えるかもしれません。

「そうだ!ウィップにも教えてあげないと!」

 僕は再び机に向かうと、もう一度ペンを持ちました。インクはたくさんあるので一安心です。

「あれ?」

 でも、つい先程ページを埋めてしまったばかりで、今度は「書く場所」がありません。それでも、僕はどうしても“今日”のページにあの綺麗な男の子について書きたいと思いました。

「ウィップ、きれいなお星様を見つけたよ!」

 最後の行の隙間にソレだけを詰め込むと、僕は「はーー」と椅子の背もたれに体を預けました。目を閉じると、先程の金髪の男の子が鮮明に浮かんできます。

「どきどきする、体があつい」

 もしかすると、本当に病気かもしれない。でも、こういう病気なら嫌じゃないかも。そう、そんな事をぼんやりと考え込んでいたら、いつの間にかその日は終わっていました。

 もちろん、僕がその日、地政学の教本を開く事はありませんでした。



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