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修行5:たくさん発散しろ(4)

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 今から二年程前の話だ。

『なぁ、シモン。一人でも魔王を倒してくれるか?』

 そう、俺がシモンに言った事があった。

 確かあの日はダンジョン修行から戻った後で、シモンは凄まじい成長期の真っ最中だった。その為、シモンは毎日のように体に走る成長痛のせいで、眠れない日を送っていた。

『師匠、体が痛い……』
『よしよし。大丈夫大丈夫』

 そんなシモンを無視して自分だけ眠れるワケもなく。俺は毎晩シモンの体を撫でながら話し相手になるという事を続けていた。
 俺達の居る場所は子供達が眠る大聖堂ではない。その脇にある個室。元は懺悔室として使われていた場所だ。

『俺、こんなに体が痛くて……死ぬのかな』
『大丈夫だよ、成長痛で死んだ奴なんて聞いた事もない』
『ほんとに?』
『ほんと、ほんと』

 不安そうな顔で此方を見上げるシモンは、まるで親に甘え切る幼子のような表情をしていた。まぁ、体がガチガチで俺よりデカくなりつつあるんだけども。

『……師匠、ここも痛い』
『あいあい』

 『俺にはたくさん甘えていい』と言ったあの日を境に、シモンは俺に素直に甘えるようになった。でも、それは夜だけ。俺と二人きりの時だけだ。
 シモンは昼間と夜で、違う顔を見せる。

 昼間、俺以外の人間と居る時は「頼れる皆の兄貴」であり、少しずつ肉体的な成長を見せるようになってからは、街の人間からも一目置かれるようになっていた。
 有り体に言うと、凄まじくモテ始めた。

 街に出た時の、あの女の子からの取り囲まれ方はヤバい。ドラマでしか見た事ないヤツだ。

『シモン、こないだ街の女の子と話してたよな?え、彼女?付き合ってんのー?』
『は、女?もう居過ぎて誰の事言ってんのか分かんないんだけど……』
『……そーですかぁ』

 揶揄ってやるつもりが、完全にマウントを取られてしまった。いや、多分シモンにマウントを取っているつもりなど全くないのだろうが。
 俺なんて、自分が“勇者”だと勘違いして吹聴している時こそ多少モテていたが、此方に来てその身分を隠すようになってからは一切モテなくなった。

 でも、それは仕方ない。
 俺の顔って、めちゃくちゃ普通だし。金も、育ち盛りの子供達の食費に全ベットしてるせいで殆ど無いし。状況的には子沢山のビッグダディ状態だし。顔も普通だし。あ、顔の事二回言っちゃった。

 まぁ。結局、この世界でモテたのは、“俺”ではなく“勇者という肩書き”の方だったというワケだ。ツラ。

『師匠、こっちも痛い……』
『あ、ここ?』
『違う、ここ』

 しかし、そんなモテモテで頼れる兄貴のシモンも夜になると一変する。

『ししょう……いたい』
『よしよし』

 きっと、他の子供達や、街の人間からは想像もつかない姿だろう。“あの”シモンが子犬のように体を擦り寄せて甘えている姿など。

『最近、お前凄い身長伸びてるもんな。成長痛も酷い筈だよ』

 昔は俺の足の間に納まるサイズだったのに、今では体全体を使っても抱えきれないサイズになってしまった。

『……はぁ、っぅう』
『少しはマシになったか?』
『いたい』
『眠くなったらいつでも寝ていいからな』
『……全然眠れないし。師匠、先に寝ないでよ』
『分かってるっつーの』

 本当は眠いのを堪え、俺はシモンの背中をトントンと叩いてやりながら、ふと目に入ったシモンのステータスをぼんやりと眺めた。

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名前:シモン  Lv:55
クラス:師の意思を継ぐ勇者
HP:6301   MP:678
攻撃力:501  防御力:398
素早さ:178   幸運:41
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 そこには、既に完全に俺のレベルを超えたシモンのステータスが表示されている。今やダンジョン攻略も、俺の手を借りずとも一人で敵を掃討出来るようになった。むしろ、今挑んでいるダンジョンの敵は、俺一人だと厳しいかもしれない。

 もう、俺との手合わせでシモンが学べる事は何もない。むしろ、一緒に戦闘の隊列に加わったら足手まといになるレベルだ。
 もし、これで俺がシモンと一緒に魔王の元まで行ったりしたら――。

------兄ちゃん。

『っ!』
『……師匠?』

 久しぶりに、弟の声を聞いた。
 しかも、コレは“あの時”の声だ。

------かっこわる。

 高三の夏。
 俺が路地裏で不良にボコボコにされた事があった。ほんと、偶然。コンビニで買い物をしてる時に、肩がぶつかったとかぶつからなかったとか。そんな下らない理由で。

 まぁ、アイツらには理由なんてどうでも良かった筈だ。ただの憂さ晴らしに使われただけなんだから。サシでも勝てる筈ない相手に、俺は複数人から一方的な暴力を受けた。

 だから、俺はあんまり好きじゃない。不均衡なまでの力の差も、それにモノを言わせて好き勝手やる奴も。

------兄ちゃん?

 その場面を、たまたま弟に見られた。
 殴られた時の痛みよりも、今でも俺が忘れられないのは弟の目だ。

 あの目は、完全に俺に失望していた。
 それまでは六歳差という事もあり、俺は随分兄貴風を吹かせてきた。兄ちゃん格好良い!と言われるのが嬉しくて“出来る所”しか見せてこなかった。

------クソが、話しかけんな!

 あの日を境に『兄ちゃん』と呼んでくれなくなった。しかも、中学に上がった途端、一気にグレた。
 どうやら、学校に居る不良の先輩で憧れの人が出来たらしい。

『……なぁ、シモン』
『なに、師匠』

 俺はシモンの大きな背中を撫でてやりながら「レベル55」という数字を見つめながら、吐き出すように言った。

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