上 下
5 / 30

第4話:不良と掃除

しおりを挟む




「っあー!ダリィ。マジ朝死ぬ」

 俺は春先のまだ肌寒い朝の空気の中、小さな個人塾の前に立っていた。
 驚く事に、吐いた息が空気中でうっすらと白く色づきやがった。おい、今何月だと思ってんだよ、勘弁しろ。

 現在、午前6時55分。
 奇跡だ。

 マジで俺がこんな朝早くから活動出来ているなんて、奇跡過ぎる。
 ニート生活を始めてから見事なまでに昼夜逆転生活を送っていた俺は、久しぶりに拝んだ朝の太陽に大きなあくびを洩らしながら、ポケットに入っている鍵へと手を伸ばした。

 片手には何故か雷おこしの入った袋を持っている為、ドアがかなり開け辛い。

「ったく、何で俺がこんなもんを……」

 俺は朝早くに起きて、久しぶりに顔を鉢合わせしたクソババァの姿を思い出しガックリと肩を落とした。
 どうして女ってやつは、朝からあぁ元気なんだ。

『ほら!せっかくアンタなんかを雇って下さるんだから、これ持って行きなさい!』

 そう言って無理やり持たされた雷おこし。
 俺の母親はよく浅草に行くせいか、いつもウチには雷おこしがある。
 ガキの頃のおやつは毎日これで、途中俺は違うものが食べたいと本気で泣きわめいた事があった。
持って行っても誰もいねぇっつーに。

 俺は、ガチャリと開いた扉に手をかけると、恐る恐る建物の中へを覗き込んだ。

「…………っ」

 すると、そこには机が間切りによって区切られた想像通りの“塾”が存在した。
 もちろん俺は塾など、生まれてこの方行った事はないが、その絵に描いたような塾の佇まいは何故か俺に一抹の懐かしささえ覚えさせた。

「……学校、みてぇだな」

 あぁ、そうだ。ここは学校と似ている。だから俺は懐かしいと思ってしまった。
 学校など、高校を卒業してから今まで全く関わる事はなかった。

 大学に行った俺の友達(あの腐れ幼馴染も大学生だ)はどうだか知らないが、ずっと学校という存在から離れていた俺は、なんだかこの塾が懐かしく思えて仕方がなった。

 学生だった頃は、あんなに閉鎖的で縛られた空間などやってられかと思っていたが、今思うと、あの縛られた空間、時間こそがあの時の俺達を何より自由にしてくれたのではないかと思えるから不思議だ。

「っち、らしくねぇな」

 本当に、らしくなさ過ぎる。
 いくら、自分自身の現状がこんなどうしようもない体たらくだからと言って、まさかあの頃を懐かしく、羨ましく思うなんて。

 本当に俺らしくねぇ。

 俺は気分を変えようと、手に持っていた雷おこしをフロントの上に乱暴に投げ置くと、そのまま掃除に問いり掛った。
 どうやらあの腐れ幼馴染達の質の悪い賭けによれば、俺のバイトを一番長続きをすると予想した奴でさえ「1週間」だったらしい。

「(クソ野郎が)」

 特に2日などと言って賭けに参加した、あの腐れ幼馴染を見返す位はこのバイト……続けてやる。俺は、少しばかり今までと違う感覚で“仕事”に取りかかると、朝の新鮮な空気を一気に吸い込んだ。




杉 薫
早朝、懐かしき思いに心を揺らす。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ふみつなぐ恋

ハリネズミ
BL
『文通』 おじいちゃんやおばあちゃんが若い時代に流行っていた、らしい。 小さい頃からおじいちゃんとおばあちゃんに文通から恋が始まって一緒になったって耳にタコができるくらい聞かされた。 寡黙なおじいちゃんだったけど、何通も何通も愛情溢れる手紙が送られてきたんだって。おじいちゃんはもう亡くなってしまったけど、おばあちゃんはおじいちゃんから送られた沢山の手紙を今も大事にとってあって、時々眺めてる。 おじいちゃんがいなくて寂しいんだろうけど、手紙を読んでいる時はおばあちゃんは嬉しそうで、僕は『文通』というものに憧れを持っていたんだ。 僕もいつか誰かと文通を通して素敵な恋をしてみたい。 文通から始まる男子高校生の恋。

海からの手紙

市樺チカ
BL
田舎の漁村で暮らすハナが拾った小瓶の中には、一通の手紙が込められていた。文通から始まる恋に、様々な人が、ものが、絡み合う。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

「短冊に秘めた願い事」

悠里
BL
何年も片思いしてきた幼馴染が、昨日可愛い女の子に告白されて、七夕の今日、多分、初デート中。 落ち込みながら空を見上げて、彦星と織姫をちょっと想像。  ……いいなあ、一年に一日でも、好きな人と、恋人になれるなら。   残りの日はずっと、その一日を楽しみに生きるのに。 なんて思っていたら、片思いの相手が突然訪ねてきた。 あれ? デート中じゃないの?  高校生同士の可愛い七夕🎋話です(*'ω'*)♡ 本編は4ページで完結。 その後、おまけの番外編があります♡

くんか、くんか Sweet ~甘くて堪らない、君のフェロモン~

天埜鳩愛
BL
爽やかスポーツマンα × 妄想巣作りのキュートΩ☆ お互いのフェロモンをくんかくんかして「甘い❤」ってとろんっとする、可愛い二人のもだきゅんラブコメ王道オメガバースです。 オメガ性を持つ大学生の青葉はアルバイト先のアイスクリームショップの向かいにあるコーヒーショップの店員、小野寺のことが気になっていた。 彼に週末のデートを誘われ浮かれていたが、発情期の予兆で休憩室で眠ってしまう。 目を覚ますと自分にかけられていた小野寺のパーカーから香る彼のフェロモンに我慢できなくなり、発情を促進させてしまった! 他の男に捕まりそうになった時小野寺が駆けつけ、彼の家の保護される。青葉はランドリーバスケットから誘われるように彼の衣服を拾い集めるが……。 ハッピーな気持ちになれる短編Ωバースです

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

十月のコバンザメ

立樹
BL
川畑直仁は、友人の植木と飲んでいて、藤森章のことを思い出す。 突然、連絡しても返事が返ってこなくなった。電話も出ない。 もう出会うことはないと思っていた。 けれど、直仁はもう一度会いたくて、今度は、電話やメールではなく、会いに行くことにした。

処理中です...