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それは雨に濡れる日 6
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コウノが淹れるコーヒーが、ヒトモリのいろんな感情を満たしていった。満たされたものは溢れるしかない。ヒトモリは話し始めた。コウノは静かに待っている。
ヒトモリはハナトから預かった手紙の件をコウノにできるだけ簡潔に話した。
「私にその手紙のことを話した理由は?」
コウノは聞いた。
「封筒の中に法に触れる物が入っていないとも限らないので…」
コウノは妥当だというようにうなずいた。そしてそんな危ないものをうかつに預かったヒトモリに疑問を持った。ヒトモリはそこまで考えなしの青年であったろうか。
預かったというその手紙はしっかりと封がされている。開けることはできそうにないが、少なくとも、錠剤のようなものが入っている厚さはないし、粉末状のものが入っている様子もなかった。ヒトモリの考える心配はおそらくないだろう。しかし紙にしみこませるといった方法があると聞く。ヒトモリはハナトと面識はないようだが、ハナトという人物が一方的にヒトモリを貶めようと考えた、という可能性もないではない。
「一度は断ったんです。預かれないと言いました。ハナトという人が言うクザキさんを、私は知りませんし」
「しかしハナトさんはそのクザキという人が、この店に入るのを見たと言うんだね?そして君はクザキさんに一度、コーヒーをお出ししたと」
「はい。窓際のカウンターにお座りになって、私が注文を承りました。朝の時間帯です」
うむとコウノは天井を見上げる。ヒトモリは手元のコーヒーカップに目を落とす。
コウノはカフェという仕事柄、人をたくさん見てきた。ゆえに、人が考えることもなんとなく予想がつく。しかし、今回はどうも合点がいかない。ハナト氏はなぜ、届くかも変わらない方法で、クザキ氏に手紙を書いたのか。届かなくてよいと思っていなければ、こんな方法は選ばないだろう。しかも赤の他人を巻き込んで。何を考えているのか。
その時ヒトモリは、コウノの表情を見て自身のことを話すべきかを思案していた。ヒトモリにとっては、この手紙よりもむしろ、自分のことを打ち明けることの方が問題だった。確認したことがないが、コウノはヘテロだろうと思われる。ハナトとクザキは恋人で身体の関係もあっただろうとヒトモリは考えていた。しかしコウノはそこに気が付いていないのではと思われた。
ストレートの男性に、同性愛者の話をするのは難しい。コウノがマイノリティに嫌悪をもつ人であれば、ヒトモリは仕事までなくすことになりかねない。
「コウノさん、もうひとつ聞いてほしいことが…」
ヒトモリが息をのむようにして話し出し、コウノはそれを遮った。
「言いたくないことなら、話すことはないよ、ヒトモリ君」
ヒトモリはえっと小さな声を出す。コウノは静かに微笑む。
「ヒトモリ君、言いたくないことを無理に話すことはない。知らなくていいことはたくさんある。私は君の仕事ぶりを認めているし、人柄も気に入っている。それ以上が必要かね?」
ヒトモリは目が熱くなるのを感じたが耐えた。鼻が詰まる。ヒトモリはコウノの気遣いに感謝した。
コウノという人はいつもそうだった。コウノとヒトモリとの出会いの時もそうだった。
その日も雨が静かに降っていた。あたりはだいぶ暗くなっていて、カフェの裏の壁にもたれて倒れているヒトモリをコウノは見つけた。ヒトモリは血だらけで、服は乱れていて、とても普通には見えなかった。しかしそんなヒトモリをコウノはなにも聞かずに店に招き入れたのだった。
コウノがしめす扉の向こうは暖かな光が灯されていた。良い匂いがする。ヒトモリは一歩足を踏み出した。なにか音楽がかかっている。そこに座ってとコウノが声をかける。
ヒトモリは椅子に腰かけて少し泣き、コウノはそれを黙って見守った。
ヒトモリはハナトから預かった手紙の件をコウノにできるだけ簡潔に話した。
「私にその手紙のことを話した理由は?」
コウノは聞いた。
「封筒の中に法に触れる物が入っていないとも限らないので…」
コウノは妥当だというようにうなずいた。そしてそんな危ないものをうかつに預かったヒトモリに疑問を持った。ヒトモリはそこまで考えなしの青年であったろうか。
預かったというその手紙はしっかりと封がされている。開けることはできそうにないが、少なくとも、錠剤のようなものが入っている厚さはないし、粉末状のものが入っている様子もなかった。ヒトモリの考える心配はおそらくないだろう。しかし紙にしみこませるといった方法があると聞く。ヒトモリはハナトと面識はないようだが、ハナトという人物が一方的にヒトモリを貶めようと考えた、という可能性もないではない。
「一度は断ったんです。預かれないと言いました。ハナトという人が言うクザキさんを、私は知りませんし」
「しかしハナトさんはそのクザキという人が、この店に入るのを見たと言うんだね?そして君はクザキさんに一度、コーヒーをお出ししたと」
「はい。窓際のカウンターにお座りになって、私が注文を承りました。朝の時間帯です」
うむとコウノは天井を見上げる。ヒトモリは手元のコーヒーカップに目を落とす。
コウノはカフェという仕事柄、人をたくさん見てきた。ゆえに、人が考えることもなんとなく予想がつく。しかし、今回はどうも合点がいかない。ハナト氏はなぜ、届くかも変わらない方法で、クザキ氏に手紙を書いたのか。届かなくてよいと思っていなければ、こんな方法は選ばないだろう。しかも赤の他人を巻き込んで。何を考えているのか。
その時ヒトモリは、コウノの表情を見て自身のことを話すべきかを思案していた。ヒトモリにとっては、この手紙よりもむしろ、自分のことを打ち明けることの方が問題だった。確認したことがないが、コウノはヘテロだろうと思われる。ハナトとクザキは恋人で身体の関係もあっただろうとヒトモリは考えていた。しかしコウノはそこに気が付いていないのではと思われた。
ストレートの男性に、同性愛者の話をするのは難しい。コウノがマイノリティに嫌悪をもつ人であれば、ヒトモリは仕事までなくすことになりかねない。
「コウノさん、もうひとつ聞いてほしいことが…」
ヒトモリが息をのむようにして話し出し、コウノはそれを遮った。
「言いたくないことなら、話すことはないよ、ヒトモリ君」
ヒトモリはえっと小さな声を出す。コウノは静かに微笑む。
「ヒトモリ君、言いたくないことを無理に話すことはない。知らなくていいことはたくさんある。私は君の仕事ぶりを認めているし、人柄も気に入っている。それ以上が必要かね?」
ヒトモリは目が熱くなるのを感じたが耐えた。鼻が詰まる。ヒトモリはコウノの気遣いに感謝した。
コウノという人はいつもそうだった。コウノとヒトモリとの出会いの時もそうだった。
その日も雨が静かに降っていた。あたりはだいぶ暗くなっていて、カフェの裏の壁にもたれて倒れているヒトモリをコウノは見つけた。ヒトモリは血だらけで、服は乱れていて、とても普通には見えなかった。しかしそんなヒトモリをコウノはなにも聞かずに店に招き入れたのだった。
コウノがしめす扉の向こうは暖かな光が灯されていた。良い匂いがする。ヒトモリは一歩足を踏み出した。なにか音楽がかかっている。そこに座ってとコウノが声をかける。
ヒトモリは椅子に腰かけて少し泣き、コウノはそれを黙って見守った。
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