聖なる祈りは届かない

浅瀬

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【Memory_2】

11.氷の様な

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 「お前が…この国の救世主。」

 「そうだ。あ、お茶ありがとう」

 「…いいえ」

 未知の相手に警戒をしているリリィはお茶を出すと俺の後ろに回って隠れてしまった。
 人間としては当たり前の本能だろう。俺だってそうだ。
 
 「そうか、それなら都合がいい。
  俺の名前はミコト。それに彼女が、この国の聖女だ。」

 「聖女様!会いたかった、こんな可愛い少女だったんだね」

 「と言うことは、お前はこの国を救う気が少なくともあると言う認識でいいか?」

 リリィに笑顔を向け手を振る様を見て少しだけ嫉妬の様な感情が芽生えた。
 好意を遮る様に言葉を挟むと、急に彼は真剣な顔になった。

 「確かに、俺はこの国の救世主として認可は受けた。
 でも寒い以外に何もないし、そもそも冬の国だから寒いの当たり前だろ?それで、興味なくなっちゃって。最近はずっと旅をしてるんだ」

 耳を疑った。彼は、元々自分に課せられた存在価値を否定していた。
 何も悪びれもなく興味がないと言い放ち、少しだけ俺の服の裾を掴んでいたリリィの力が強まった。

 無理もないだろう。
 救世主の手助けをするためにここに居続けた彼女の気持ちは、ごもっともだ。

 「少し、部屋で休んでおいで暖かくしてね」

 気持ちが揺れると、人間は咳も酷くなるし体調だって悪くなる。
 後で話すからと言うと少し泣きそうな彼女を部屋に促した。
 一目俺の顔を不安そうな目で見ると首をゆっくり縦に振り部屋を出てくれた。

 「…聖女様、大丈夫?」

 「それより、お前に聞きたい事が山程あるんだ。」

 「俺も勿論ある。俺からいいか?」

 「ああ」



 「何故、“炬燵”と言う言葉を聞いて動揺した?」


 「察しはついているだろ。俺は、お前と同じだ。」



 「君も、救世主か?」


 「俺は…」

 俺は、違う。
 この国を救える力はおろか、少女一人も救えない男だ。

 「日本から、来たんだろ。
  救世主全員そうなんだ」

 言葉を詰まる俺を見兼ねて、何も知らない俺に救世主は何なのかを、彼は語ってくれた。

 「まずこの国の異常気象、実は国内では死傷者が増加し過ぎている。
  だが、俺にはどうすることもできないんだ。」

 何も言えず黙り込む俺を見て、彼は話を続ける。

 「俺は、住民に襲いかかる氷の塊を切って防ぐしか出来ないそれも全員分対応できる訳じゃない。」

 「それに、面倒なんだよなあ。暖かい土地に行けば俺には害はないし。」

 そう言い放った彼は何処か、他人事の様だった。
 急に異世界に来て救世主と言われてもそうなるのは仕方ない。
 現に俺だってこの世界に来てリリィ以外は正直どうでも良いと思っている。

 人間として当たり前、だが救世主としては最低だ。


 「この世界に来るまではさ、しがないサラリーマンだったんだ。
  ストレスで体を壊して、仕事が出来なくなった。
  絶望したよ。ハローワークの社員でさえ憎く感じたよ。」

 「俺は…レイト、お前に対して擁護は出来ない。
  だけど、否定もできない。」

 「…ミコト。」

 「もし、俺の方がこの国に来るのが早ければ。
  もし、俺の方が先に救世主に選ばれていたら。」

 この世界に来てから最悪の事態は何度も考えた事がある。
 何度も考えて怖くなった。

 自分が世界を救うなんて考えられなかった。
 だから本当の救世主をこの目で見て安心したんだ。

 ___だから。

 「…俺もきっと、お前と同じ選択をしたと思う。」

 俺は少し溜めてからそう言った。
 それ程までにお互いに重い言葉だったんだ。

 世界のことなんて何も考えてない。
 自分と世界を天秤に乗せた最低な話だ。

 「うん。ミコトは、俺の事を理解してくれるんだな。」

 「理解はするさ。
  でも、お前が責務を放棄する理由にはならない。
  お前の為に、何年も待ち続けた人がいるんだ。」

 「人間誰しも、譲れない物はある。
  俺達は、理解はし合えるが相容れないようだ。」

 「ああ、俺は俺の守る者を阻む人間が嫌いだ」

 「同感だな。俺の自由を奪う人間は苦手だ。」
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