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あの男の身分なんて詳しく知らなかった。
皇族の親族だったなんて初耳だったしリサは高貴な方だと言っていたがどうせ愛人に産ませた子供程度にしか思っていなかった。


なのに!


「旦那様は伯爵家に言われたから恐れて…」

「俺は平民だ。貴族を敵に回せば二度と商売はできない。だがな、店主として商会の人間を守る覚悟はある。だが、その中にお前はいない」

「そんな!」

「俺は真面目に働く者達を理不尽に罰することはしない。お前は俺を裏切った。裏切り者の為にリスクを背負う李裕があるのか」


冷たい視線だった。
まるで僕をごみのように見る表情だった。



旦那様は僕を切り捨てる気だ。


「マッド!」

「はい、旦那様」

「こいつをつまみ出せ。二度と商会に足を踏み入れるようなら弁護士に」

「はい承知しました」


旦那様も補佐をしているマッドが僕の胸倉をつかむ。


「やめろ!」

「しつこいですよ。早く出て行ってください」


言葉こそは丁寧であるが乱暴な手つきで僕を商会からつまみ出した。



その日、僕は無職となり行く当てもなくそのまま歩いた。


――帰りたくない。
仕事を解雇されて無職になったなんて知られたら何を言われるか。


僕は邸にとは違う方向を歩いた。


「そうだ。あの家に…」



かつてリサと暮らしていたあの家に行けば、もしかしたらリサは帰っているかもしれない。



期待をしながら足を速めた。



けれどそこにはリサはいなかった。


リサがいないだけじゃない。



「売地…」


家は取り壊されていた。
まだすべてが取り壊されたわけじゃないがほとんど壊されていて、まるで僕とリサを表しているかのようだった。


美しかった庭の花は枯れている。


「何で…どうしてだよ!」


何もなくなってしまったのか?
リサと暮らした思い出も何もかもなくしてしまった。



「何がいけなかったんだ」


空を見上げると雫が落ちてきた。


「雨が…」


小雨だった雨はいつの間にか土砂降りになって、いつまでもここにいるわけにもいかず帰ることにした。

馬車を呼びたくてもお金がない。


歩くしかなく初めて長い距離を歩いた。


ようやく邸に帰ると、ずぶ濡れ状態になった僕を待っていたのは。


「ロンド!ずぶ濡れで何をしているの!」

「姉さん…」

「ちゃんとリサちゃんは連れ戻せたの?ミレイが泣き止まないのよ!母さんたちも怒ってばかりで」


僕を責める言葉。
ずぶ濡れの僕を見ても自分のことしか考えない姉さんにふつふつと怒りが込み上げてきた。



誰のせいでこうなったんだ?


そもそもリサが離縁をもちかけたのは。


「…の所為だ」

「何?」

「全部、姉さんが悪い」


そうだ。
何もかも悪いのは僕じゃない!

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