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第一章婚約破棄事件

6.迷い子

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あの時夢で見た悪役令嬢に顔立ちが似ていた。

まだ二歳になるかならずやの幼い子供です。
年齢はセレニティーと同い年ぐらいでしょうか?


「ひっく…」

「そこの可愛らしいお嬢さん。私と一緒にパンを食べませんか?」


涙目で私を見上げるその子に焼き立てのロールパンを見せました。

「香ばしく中はフワフワ、食べるとほっぺが落ちますよ。食べなければ損です」

「わぁー…」

焼き立てのロールパンを半分にするとほんわかと香りが広がります。

しかもこのパンは幼児も食べられるように柔らかく口の中では解けて行くのです。

「実は娘のおやつなのですが、こっそりいただきました」

「おいしい…」

ようやく涙が止まったようです。

「一緒に飲み物はいかがですか?これも絶品ですよ」

我が商会と提携している牧場です。
ただし牛乳ではなく山羊のミルクなので濃厚でアレルギーにも配慮しているのです。


最初頃は顔に表情がありませんでしたが今では笑顔を浮かべて沢山食べていますね。


しかし、セレニティーと同い年にしては随分と痩せています。

「リリアン様!」


「あっ…」


そんな中大きな声で叫び、中に入って来たのは年若い侍女らしき女性でした。

「探したのですよ、勝手に出歩いて…お父様の迷惑になりますでしょ?」

「ごめなさ…」

「申し訳ありません。私がお誘いいたしました」

私の袖を掴みながら今にも泣きそうな表情をする彼女を見て我慢できなくなりました。


「まぁ、なんて非常識な方なのかしら?この方をどなたか解っての無礼ですか。今すぐ名前を名乗りなさい。一介の使用人風情がなんと!」


「申し遅れました。私…」

「リリアン!」

そこにまた何方かがお入りになって来ました。

よく見るとその方は旦那様と懇意になさっているジュノワール侯爵様でした。


「おとーさま…」

余計に怯えてしまっています。


「ここにいたのかリリアン」

「お嬢様を勝手に連れ出し、下衆な物を食べさせていたそうなのです!すぐに…」

「リリアン、パンを食べたのか?」


「旦那様?」

ジュノワール侯爵様はしゃがみ込み、同じ視線になって尋ねられました。

「食が細いお前が、パンを食べたのか?」

「あっ…はい」

「そうか。パンは美味しかったか?」

遠慮がちに首を縦に振った。


「そうか、美味しかったんだな。それは良かった」

「侯爵様、この度はご息女を勝手に連れ出し、あげくに無礼をどうかお許しくださいませ」


「頭を上げてくれ、悪い事は何もしていないだろう」

私を咎めることなく下げた頭を下げるように優しく言ってくださった。
元よりシュノワール侯爵様は口数は少なくともお優しい方だったので咎める事はないのだが、何故か後ろで侍女が叫んだ。

「何をおっしゃっておられるのです旦那様!この女はお嬢様を誘拐したのですわ!」


誘拐とは随分、酷い言い方です。


「ちが…」

「レティー、何の騒ぎだ」

今度は旦那様が現れました。


「伯爵様…この者が!」

「私の妻が何か?」

「へ?」

私を指さした侍女さんを笑顔なのに目が全く笑っていない旦那様。

これはかなり怒っています。

激おこですね。

「私の妻を指で刺さないでくださいますか。無礼ですよ」

「奥方…」


完全に固まってしまいましたね。
ですが、そこで侯爵様が出て来て先ほどの事を言い出しました。


「何でも伯爵夫人が私の娘を誘拐したと言うのだが…ありえないだろ?」

「私の妻がそんな馬鹿な事をすると思いますか?妻は無駄な事はしない主義ですよ」

随分な物言いです。
確かに常に利益を考えますが人の道から外れるような振る舞いをするわけがありません。


旦那様は私を何だと思っているのでしょう。
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