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8.無垢とは罪

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悪気など一切ないような態度の殿下が恐ろしく感じる。
この方は昔から悪気がない分質が悪いと思うところがあって押しつけがましい親切をしていた。


でもこれは―。


「これで何の問題もなく君はエドガーに嫁げるだろう?」

「ええ、殿下」


余りにも酷すぎる。
これ以上ここにいたくない。

誰か助けてと言いたいけど、私は一人だわ。
傍にリィナもいないし、お妃教育での訓練が染みついてしまっている。

常に感情的になるなと。


「殿下、お心遣い、感謝いたします。ですが、お気持ちだけお受け取りさせていただきますわ」

「え?」

「何故…」


ここで何故と聞くの?
普通に考えておかしいと思わないの?

いくら王太子殿下の側近であろうとも、メイデン伯爵家が侯爵家に婿入りする事はできない。

王族の親族や、功績を残した騎士団の団長、副団長ならばいざ知らず。
殿下の側近という肩書だけで侯爵家に婿に入れると思ったなんて、何処までも愚かなの?

それとも侯爵家を軽んじているの?


「王太子殿下のお優しいお気持ちは心にしみましたが、今後の自分の身の振り方は決めております。ですので、この婚約はお断りいたします」

「待ってくれ、どうしてだい?」

「自分の身の振り方は自分でしたいと思っただけでございます。決してメディス伯爵様がお嫌だと言う理由ではありません。大臣の方からは私からお伝えします。まだ父にも話していないでしょうし」


「だからここで…」

「申し訳ありませんがそろそろ支度が御座いますので失礼します」


笑うのよ…意地でも笑顔で。
絶対に取り乱す事などあってはならい。

アルデンテ侯爵家の名において、このような屈辱を受けて泣くなど。


絶対許されない。


「養子縁組の件もですが、我が家では事足りないかと」

「十分かと思いますが…」

「いいえ、父は後妻を迎えておりません。故に、ロゼッタ様の母となる方がおりません」


これ以上私を、我が家を。
家族を侮辱することは許さない!

私の家がロゼッタさんを養女に迎えるなんて絶対に許さない。


「これで失礼します」


「ティア」


顔を俯かせながらもため息をつきしょうがないと言う表情をする殿下に怒りを覚えた。


どうしてそんな顔をされなくてはいけないの?
私が悪いと言うのですか?


私は、貴方にとって都合のいい道具?


知りたくなかった。


幼い頃から家族のように接していた殿下がこんな人だったなんて。


真実の愛を見つけたばかりに人が変わってしまうなんて見たくなかった!



私はその後夢中で走った。


息ができない。

苦しくて悲しくて悔しくて。

でも泣きたくない。


涙を流すなんて耐えられない。



絶対に泣くものかと思いながらも感情を殺し続けられないでいた。


「えっ?」

唇を噛みしめていると頬に薔薇の花弁が触れた。


「紫の薔薇?」

私の心を柔らかくする優しい香りに気づき私を上を見上げた。


「綺麗…」

微風が私の頬に触れて、薔薇が一輪、私の手に落ちた。


悲しい気持ちが消えたわけじゃない。

でも薔薇が私の心を慰め、冷静にしてくれた。


「そうよ、冷静にならなくては。泣いてはダメ。泣かないわ」

私を救ってくれた一輪の薔薇を強く握りしめ、私は上を向いた。


前を向いて歩いて行かなくては。


「舞踏会の準備をしないと」


涙を拭いながら私はリィナが待っている元へ足を進めた。


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