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第二章

29夫の価値

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優しくて誠実な男性。
エミリーはずっと、そう思っていた。


カナリアと婚約していた時から穏やかで気遣いのできる優しいランドルフが好きだったが、優しいだけの世間知らずで甲斐性の無いランドルフへの愛が冷めてきている。


優しいだけ。
誠実なだけのランドルフは妻である自分を守ってくれない。



「ランドルフは私を守ってくれないのね…私を幸せにするって言ったのに嘘だったの?平民だから…貴族じゃないから私の事は!」

「何を言っているんだ」

「お母様が私を責めても何も言ってくれない。町でも冷たい目で見られても耐えろと言うの?」

「少しの辛抱だ。少し頑張って…」

「もう十分耐えたわ。頑張ったわよ…商会でも私は!」


エミリーは頑張っていないと言われているようで辛かった。
商会の受付も、接客も得意ではなかったが頑張って来たのに認めてもくれなかった。

接客では客を怒らせ、ライアンに冷たい目を向けられる事がどれだけ辛いか。


「こんなはずじゃなかった…私はこんな生活を望んでなかった」


「エミリー!」

「幸福な結婚式をして幸福になりたかった…なのに!」


望んだ結婚式とは真逆で新婚生活も辛い日々だった。
これでは形見の狭い思いをしながら耐え忍んでいたあの頃と変わらないでいた。


「僕にどうしろと言うんだ」

「ランドルフ?」

泣いているエミリーを何時もなら抱きしめて慰めるのだが、今は違っていた。

ずっと母親とエミリーの間に立ち板挟み状態だった。
間に立って二人の機嫌を取るのは疲れていたランドルフは苛立っていたのだ。


「僕にできることはしている。これ以上を何をすればいいんだ…噂を消すなんてことは高位な貴族でも難しい。出版されている本を止めるなんてできないし、劇に関してもだ。伯爵位を賜っている貴族でも無理だ。既に借金を背負って没落寸前の男爵家に出来る事はないんだ!」


解って欲しいのに、解ってくれないエミリーに初めて怒鳴り声を上げた。


「君も少しは妻としての役目を全うしたらどうなんだ。僕は君の我儘を聞くだけの都合の良い男じゃない!」

「そんな…酷い」

「僕に頼るなら一度でも自分で動いたらどうなんだ!依存ばかりして見っとも無い…自立してくれ!」


ランドルフは怒りに任せて言ってはいけない事を言ってしまった。
自立した女性が嫌だとこれまで言っておきながら自立しろ、外で働けと告げることがどれ程酷い言葉か。

今のエミリーを追い詰める事だという事に気づいていいなかった。


そしてこの口論がきっかけに、二人の関係は壊れてしまうのだった。


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