7 / 12
第一章許嫁編
2待ちぼうけ
しおりを挟む居心地は最悪だった。
何所の世界に縁談をすっぽかす男がいるのか。
「あの愚弟、よりにもよってこんな日に」
「喜多よ」
「申し訳ありません左月様」
千春はどうしたものかと思った。
この縁談はかなり乱暴なものだし、本来嫁ぐのは蘭だ。
それを勝手な理由をつけて鞍替えしたのだ。
「では私達は失礼します」
「矢内殿!」
真っ青な表情になる喜多の父鬼庭左月は止めようとするも。
「止さぬか」
隣に座っていた男、遠藤基伸が止める。
これほどの無礼はないだろう。
既に三時間以上は待っていたのだから引き留めるもは無理だ。
縁談を申し込みながら、当日にすっぽかすなんて無礼の何物でもない。
「この度の縁談は諏訪の姫君を所望だったと聞いています」
「矢内殿…」
「しかし急遽我が娘が代わりにとなったのが、景綱殿は気に入らなかったのでしょうな」
重定は娘を侮辱されたことは許しがたいが、同時に景綱を不憫に思った。
「今回の事は白紙にいたしましょう」
「そんな!矢内様…」
「娘を娶るのがここまで嫌なら言ってくだされば良かったのです。そうすれば娘の矜持がここまで傷つくこともなかったのです」
断れない縁談で、こんなに振り回された景綱は気の毒に思う。
だからと言って許せることではない。
「千春帰るぞ」
「お父様…」
これ以上この場にいても意味がない。
必死で怒鳴り散らしたい思いを理性という名の鎖で縛った。
相手は大名家の家臣だ。
感情のままに動くことは許されない相手だ。
重定の苦渋の選択を察した千春。
対する、相手方は真っ青な表情をしており、喜多にいたっては口から魂が抜けていた。
「お父様、私」
「何だ」
「折角のお膳をいただいてもよろしいでしょうか」
「は?」
今日の為に用意されているお膳。
手つかずのままだだった。
「お腹がすいて動けません」
「お前は…」
実は今朝から飲まず食わずだった。
現在は昼過ぎで、千春の空腹感減は限界だった。
なんとも間の抜けた話である。
だが、この好機を喜多は逃さなかった。
「申し訳ありません。気が利かなくて…すぐに新しい善を」
このまま帰られては困る。
何とか時間稼ぎをするべく新しいお膳を用意しようとするも。
「いいえ、このままいただきます」
「何を言うか。こんな冷めた膳等。良かったら寿司でも…」
左月はもっと豪華なものをと思ったが善を掴んで離さなかった。
「私はこちらが食べたいです」
「申し訳ありません。よろしいでしょうか」
「はっ…はぁ」
新しいお膳を用意してしかるべきなのだが、千春は必要ないと告げた。
「このお漬物すごくおいしそうです。それにお野菜がすごく…」
「そちらの野菜は弟が作りまして」
「景綱様はきっとよ方なのでしょうね」
「え?」
千春は景綱という男を知らない。
だけど美味しい野菜を作れる人に悪い人はいないというのが持論だ。
「こんなに美味しい野菜を作れる方に悪い方はおりません」
「ありがとうございます」
「きっと、事情があったのでしょう。どうしても来れない事情が」
本来なら激怒してしかるべきだが、もとより不本意な縁談だ。
勝手な理由で許嫁を入れ替えされたおだから怒って当然だと思っていた。
「本来ならば諏訪家の姫君をお迎えするはずだったのです。お父様、責められるのは私です」
「だとしてもだな…」
「この縁談は白紙になって当然。私は本日お詫びに参ったのです」
嫁ぐつもりではいた。
しかし先方が拒絶したときは受け入れるつもりだった。
「どうか景綱様を責めないでくださいませ」
深々と頭を下げる千春に周りは唖然としたのだが、これで誰も傷つかないだろうと考えた千春だった。
こうして食事会だけで終わったのだが、縁談の顔合わせをすっぽかされた噂はどこからか漏れしまうのだった。
10
お気に入りに追加
534
あなたにおすすめの小説
はっきり言ってカケラも興味はございません
みおな
恋愛
私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。
病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。
まぁ、好きになさればよろしいわ。
私には関係ないことですから。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
(完)愛人を持とうとする夫
青空一夏
恋愛
戦国時代の愛人を持とうとする夫の物語。
旦那様は、私が妊娠したら年若い侍女を……
戦国武将はそれが普通と言いますが
旦那様、貴方はそれをしてはいけない。
胸くそ夫がお仕置きされるお話。
断罪されているのは私の妻なんですが?
すずまる
恋愛
仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。
「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」
ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?
そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯?
*-=-*-=-*-=-*-=-*
本編は1話完結です(꒪ㅂ꒪)
…が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる