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第一章許嫁編

2待ちぼうけ

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居心地は最悪だった。
何所の世界に縁談をすっぽかす男がいるのか。


「あの愚弟、よりにもよってこんな日に」

「喜多よ」

「申し訳ありません左月様」


千春はどうしたものかと思った。
この縁談はかなり乱暴なものだし、本来嫁ぐのは蘭だ。

それを勝手な理由をつけて鞍替えしたのだ。

「では私達は失礼します」

「矢内殿!」

真っ青な表情になる喜多の父鬼庭左月は止めようとするも。

「止さぬか」

隣に座っていた男、遠藤基伸が止める。


これほどの無礼はないだろう。
既に三時間以上は待っていたのだから引き留めるもは無理だ。

縁談を申し込みながら、当日にすっぽかすなんて無礼の何物でもない。


「この度の縁談は諏訪の姫君を所望だったと聞いています」

「矢内殿…」

「しかし急遽我が娘が代わりにとなったのが、景綱殿は気に入らなかったのでしょうな」

重定は娘を侮辱されたことは許しがたいが、同時に景綱を不憫に思った。


「今回の事は白紙にいたしましょう」

「そんな!矢内様…」

「娘を娶るのがここまで嫌なら言ってくだされば良かったのです。そうすれば娘の矜持がここまで傷つくこともなかったのです」


断れない縁談で、こんなに振り回された景綱は気の毒に思う。
だからと言って許せることではない。

「千春帰るぞ」

「お父様…」

これ以上この場にいても意味がない。
必死で怒鳴り散らしたい思いを理性という名の鎖で縛った。

相手は大名家の家臣だ。
感情のままに動くことは許されない相手だ。



重定の苦渋の選択を察した千春。
対する、相手方は真っ青な表情をしており、喜多にいたっては口から魂が抜けていた。


「お父様、私」

「何だ」


「折角のお膳をいただいてもよろしいでしょうか」

「は?」

今日の為に用意されているお膳。
手つかずのままだだった。


「お腹がすいて動けません」

「お前は…」


実は今朝から飲まず食わずだった。
現在は昼過ぎで、千春の空腹感減は限界だった。


なんとも間の抜けた話である。
だが、この好機を喜多は逃さなかった。


「申し訳ありません。気が利かなくて…すぐに新しい善を」


このまま帰られては困る。
何とか時間稼ぎをするべく新しいお膳を用意しようとするも。


「いいえ、このままいただきます」

「何を言うか。こんな冷めた膳等。良かったら寿司でも…」

左月はもっと豪華なものをと思ったが善を掴んで離さなかった。


「私はこちらが食べたいです」

「申し訳ありません。よろしいでしょうか」

「はっ…はぁ」


新しいお膳を用意してしかるべきなのだが、千春は必要ないと告げた。

「このお漬物すごくおいしそうです。それにお野菜がすごく…」

「そちらの野菜は弟が作りまして」

「景綱様はきっとよ方なのでしょうね」

「え?」

千春は景綱という男を知らない。
だけど美味しい野菜を作れる人に悪い人はいないというのが持論だ。

「こんなに美味しい野菜を作れる方に悪い方はおりません」

「ありがとうございます」

「きっと、事情があったのでしょう。どうしても来れない事情が」

本来なら激怒してしかるべきだが、もとより不本意な縁談だ。
勝手な理由で許嫁を入れ替えされたおだから怒って当然だと思っていた。



「本来ならば諏訪家の姫君をお迎えするはずだったのです。お父様、責められるのは私です」

「だとしてもだな…」

「この縁談は白紙になって当然。私は本日お詫びに参ったのです」


嫁ぐつもりではいた。
しかし先方が拒絶したときは受け入れるつもりだった。


「どうか景綱様を責めないでくださいませ」

深々と頭を下げる千春に周りは唖然としたのだが、これで誰も傷つかないだろうと考えた千春だった。


こうして食事会だけで終わったのだが、縁談の顔合わせをすっぽかされた噂はどこからか漏れしまうのだった。


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