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第一章
54聖女の事情⑪
しおりを挟む知りたくもない惚気話を嬉しそうに話すフィリオ。
隣に立つセリアは少し恥ずかしそうだった。
「私には恋人がいたのですが…彼女は私と故郷捨てましてね」
「捨てた?」
「はい。彼女は少し夢見がちな所がありました。幼過ぎた彼女を守ってあげたいと思っていた頃の私は本当に若かった」
(違う…違うわフィリオ!)
テレサは絶句した。
声を出すこともできないのはフィリオが既に過去の思い出に過ぎなかったからだ。
「彼女は聖女に選ばれたのです」
「そうだったのですか」
「ですが、当初の私は反対しました。彼女は外の世界を知らない世間知らずです。外の世界に憧れながらも外の世界を知らないので…」
平凡な暮らしを当初は退屈だと思っていたテレサは村を出た後の過酷な生活に心を殺した。
これまで守られ生きて来た事を思い知ったのだから。
だからと言ってフィリオの言葉はあんまりだと思った。
聖女に選ばれて浮かれていたけれどテレサは人助けをしたいと思っていたが…
「村は大喜びでしたが、私も両親も喜べませんでした。だけどそれ以上に傷つきました」
「夫はその方を大切に思ってました。ですが何の相談なしに決めて…夫を捨てたんです」
(なっ…!)
セレナの言葉に反感を抱く。
捨てたつもりはなかったが、テレサがどんなに思っても捨てられた側がどう受け取るか次第だ。
「恋人に切り捨てられた哀れな男。村では腫物に触れるような扱いを受けました。その時に彼女への思いはもうなかったんです。失望感だけが残りましてね」
「お辛い思いをされたのでしょうね」
「ですが、その時に私を支えてくれたのが妻でした」
「私はそんな…」
「感謝している。君のおかげで私は立ち直れた…」
夫婦仲睦まじい姿が誰もが見ても理想的だった。
もしその場にいるのが見知らぬ夫婦だったらテレサはほほえましく思えたが、かつて愛した恋人が既に自分の事を過去の出来事にして忘れようとしているなんて耐えがたかった。
もう声をかけようとも思えない。
「聖女になった彼女はもう雲の上の存在です。会うこともないでしょう」
「会いたいですか?」
「いいえ、私は会う気はありませんし。彼女は私の事など忘れ別の男性と別の未来を歩いているでしょうし…」
(そんな!)
聖女の役目を終えたらフィリオと共にと考えていたのはテレサの独りよがりで、今回の償いを終えたら村に戻ろうと思っていた。
しかしそれは叶わぬ夢でしかなかった。
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