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side リリアン① 特になにもというのが正直な感想
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私、どこかおかしいのかなとリリアンは思った。十年ぶりに祖国に帰ってきたというのに、懐かしいとも思わないし、なにか思い出すこともない。この国を出たのが十二歳くらいだから仕方のないことなのかもしれない。亡くなった母の墓の前に立っても、姉と再会しても特に感情が揺さぶられることはなかった。
「血の繋がった家族じゃないか! そろそろ和解してもいい頃合いだろう?」
案内役の従弟のマシューがしきりに血の繋がりは大事だ、とマルティナに訴えてもリリアンに響くものはない。むしろ、そんな無神経なことを言うマシューの神経を疑う。マシューはこの国で、アイリーンやクリストファーと話したり共に過ごす時間が長かったのだろう。だから、アイリーンへの思い入れが強くなったのかもしれない。マルティナだって隣国で、幸せになったけど、過去の傷に苦しめられていたことを知らない。激怒して本音を零したマルティナに拍手したい気分だった。その場から立ち去ったマルティナが心配だったけど、ブラッドリーがエリックに子どものことを頼むと、すぐにマルティナのことを追っていったので、心配ないだろう。
「マシューって、無神経だよね」
マルティナに怒鳴り返されて呆然としているマシューに、リリアンもチクリと棘を刺す。
「マシュー君の言うこともわからないでもないけど、血が繋がってるからってなんでも許せるわけでもないのよ。他人から見て大したことないことでも、本人にとって大きな傷になってる場合もあるのよ。マシュー君が良かれと思って言っているのはわかるけど……。許す許さないは他人が決めることじゃないでしょう? 時間が癒してくれる場合もあるし、そうじゃないこともあるじゃない」
「だって、家族なんだから……。仲直りできたほうが、マルティナにとってもいい事のはずだろう?」
エリックが諭すように言っても、マシューは頑なで、ふてくされたように言う。
「あれが嬉しそうに見えたの? マシューはさ、不幸とか挫折とかの経験がないことが欠点といえば、欠点よね」
あくまで、マルティナやアイリーンのためだという態度を崩さないマシューに、イラッとしてリリアンも遠慮なく嫌な事を言う。その言葉にはさすがに傷ついたのか、マシューは俯いて黙り込んでしまった。
「マシュー、アイリーンを気遣ってマルティナを連れてきてくれたり、言ってくれたことは嬉しい。でも、和解できると私もアイリーンも思っていないよ。マシューはこの十年間のアイリーンや私の事を知っている。だから、自らを省みたことも苦悩したことも知っている。でも、マルティナはそのことを知らないんだ。そして、マルティナの十年間をマシューも私達も知らないだろう? 当時のマルティナの苦しさだって全てはわかっていない。それなのに、マルティナに時が経ったから許せと迫ることは乱暴な事だと思わないか? 更にマルティナを苦しめるって思わないか?」
クリストファーがマシューを気遣いながらも、なぜマシューの言葉にマルティナが激高したのか説明する。
「でも、リリアンはアイリーンに再会できてうれしかっただろう?」
立ち直りの早いマシューが縋るように、リリアンを見る。
「え、別に。私はアイリーン姉様とほとんど関わりはなかったし、アイリーン姉様って遠い親戚のおばさんってかんじがするっていうか……」
「おばさん?」
マルティナが立ち去ってから黙り込んでいたアイリーンも、リリアンの言を聞き逃せなかったのか圧をかけてくる。
「あー、親戚のきれいなおねえさんです!」
リリアンは慌てて言い直した。
「私はあの家でマルティナ姉様に守られて愛情をかけられていたから、たぶん平気なんだと思う。きっとお母様もアイリーン姉様も性格が悪かっただけで、私の運が悪かっただけだと思ってる。わたしもお母様に連れまわされて、お母様の友達に 愛玩動物のように扱われていたし、アイリーン姉様にはほとんど無視されていたし、この国にいい思い出なんかないけど。今でも夢に見たりもしないし、子どもを生むことにになんの葛藤もなかった」
「僕はいつだって、マルティナのことをわかっていないんだな……。ごめん、今日のところは帰るよ。エリック、リリアン、マルティナとブラッドリーにすまないと伝えてほしい」
「たぶん、ブラッドリーも今回のこと、根に持つわよ」
「……。何回でも謝るよ」
マシューは萎びた様子で帰路についた。
「アタシにもブラッドリーにも知らせずに強引に事を運んだのは、アナタ達姉妹に仲直りさせたかったからなのね……。いい子なんだけどねー」
「いい子だけど、所詮苦労知らずのボンボンなのよ」
「ホラ、リリアンあなたの好きなお菓子あるわよ」
まだ、マシューへの怒りが収まらないリリアンにエリックが果物の乗った一口大のミニタルトを差し出す。いつもの癖で口を開くと、エリックが食べさせてくれる。
「おやおや、仲睦まじいようでなによりです」
姉夫婦の横に座る美しい神父の青年がリリアンとエリックを冷やかす。
「エリック、あなたは私と同い年のはずだけど、リリアンと七歳離れているわよね? どういうつもりでリリアンをこの国から連れ出したわけ?」
どうやら、アイリーンは話の矛先をエリックに向けたようだ。
「どういうつもりも、こういうつもりもないわよ。リリアンを連れ出さざるをえない状況にあの伯爵家があったんでしょ? 当時はリリアンの事、才能のある可哀そうな女の子ってしか思っていなかったし、変に勘ぐっているけど、恋愛関係になったのはリリアンが十五歳を超えてからよ。だいたいリリアンに下手なことをしたら、マルティナちゃんが許すはずがないでしょう? リリアンを引き取ったうちの家族もね」
「ふーん……。ま、リリアンが幸せならいいんだけど」
エリックは少し離れた場所で、子ども達を遊ばせている母のナディーンを見ながら言った。アイリーンの言葉にリリアンは目を瞬かせた。なんだかまるで、姉が妹の身を案じているように聞こえる。年齢を重ねても美しい姉の中身は、別のなにかと入れ替わったんだろうか? リリアンは久々に会った姉をしばらく見つめた。
「血の繋がった家族じゃないか! そろそろ和解してもいい頃合いだろう?」
案内役の従弟のマシューがしきりに血の繋がりは大事だ、とマルティナに訴えてもリリアンに響くものはない。むしろ、そんな無神経なことを言うマシューの神経を疑う。マシューはこの国で、アイリーンやクリストファーと話したり共に過ごす時間が長かったのだろう。だから、アイリーンへの思い入れが強くなったのかもしれない。マルティナだって隣国で、幸せになったけど、過去の傷に苦しめられていたことを知らない。激怒して本音を零したマルティナに拍手したい気分だった。その場から立ち去ったマルティナが心配だったけど、ブラッドリーがエリックに子どものことを頼むと、すぐにマルティナのことを追っていったので、心配ないだろう。
「マシューって、無神経だよね」
マルティナに怒鳴り返されて呆然としているマシューに、リリアンもチクリと棘を刺す。
「マシュー君の言うこともわからないでもないけど、血が繋がってるからってなんでも許せるわけでもないのよ。他人から見て大したことないことでも、本人にとって大きな傷になってる場合もあるのよ。マシュー君が良かれと思って言っているのはわかるけど……。許す許さないは他人が決めることじゃないでしょう? 時間が癒してくれる場合もあるし、そうじゃないこともあるじゃない」
「だって、家族なんだから……。仲直りできたほうが、マルティナにとってもいい事のはずだろう?」
エリックが諭すように言っても、マシューは頑なで、ふてくされたように言う。
「あれが嬉しそうに見えたの? マシューはさ、不幸とか挫折とかの経験がないことが欠点といえば、欠点よね」
あくまで、マルティナやアイリーンのためだという態度を崩さないマシューに、イラッとしてリリアンも遠慮なく嫌な事を言う。その言葉にはさすがに傷ついたのか、マシューは俯いて黙り込んでしまった。
「マシュー、アイリーンを気遣ってマルティナを連れてきてくれたり、言ってくれたことは嬉しい。でも、和解できると私もアイリーンも思っていないよ。マシューはこの十年間のアイリーンや私の事を知っている。だから、自らを省みたことも苦悩したことも知っている。でも、マルティナはそのことを知らないんだ。そして、マルティナの十年間をマシューも私達も知らないだろう? 当時のマルティナの苦しさだって全てはわかっていない。それなのに、マルティナに時が経ったから許せと迫ることは乱暴な事だと思わないか? 更にマルティナを苦しめるって思わないか?」
クリストファーがマシューを気遣いながらも、なぜマシューの言葉にマルティナが激高したのか説明する。
「でも、リリアンはアイリーンに再会できてうれしかっただろう?」
立ち直りの早いマシューが縋るように、リリアンを見る。
「え、別に。私はアイリーン姉様とほとんど関わりはなかったし、アイリーン姉様って遠い親戚のおばさんってかんじがするっていうか……」
「おばさん?」
マルティナが立ち去ってから黙り込んでいたアイリーンも、リリアンの言を聞き逃せなかったのか圧をかけてくる。
「あー、親戚のきれいなおねえさんです!」
リリアンは慌てて言い直した。
「私はあの家でマルティナ姉様に守られて愛情をかけられていたから、たぶん平気なんだと思う。きっとお母様もアイリーン姉様も性格が悪かっただけで、私の運が悪かっただけだと思ってる。わたしもお母様に連れまわされて、お母様の友達に 愛玩動物のように扱われていたし、アイリーン姉様にはほとんど無視されていたし、この国にいい思い出なんかないけど。今でも夢に見たりもしないし、子どもを生むことにになんの葛藤もなかった」
「僕はいつだって、マルティナのことをわかっていないんだな……。ごめん、今日のところは帰るよ。エリック、リリアン、マルティナとブラッドリーにすまないと伝えてほしい」
「たぶん、ブラッドリーも今回のこと、根に持つわよ」
「……。何回でも謝るよ」
マシューは萎びた様子で帰路についた。
「アタシにもブラッドリーにも知らせずに強引に事を運んだのは、アナタ達姉妹に仲直りさせたかったからなのね……。いい子なんだけどねー」
「いい子だけど、所詮苦労知らずのボンボンなのよ」
「ホラ、リリアンあなたの好きなお菓子あるわよ」
まだ、マシューへの怒りが収まらないリリアンにエリックが果物の乗った一口大のミニタルトを差し出す。いつもの癖で口を開くと、エリックが食べさせてくれる。
「おやおや、仲睦まじいようでなによりです」
姉夫婦の横に座る美しい神父の青年がリリアンとエリックを冷やかす。
「エリック、あなたは私と同い年のはずだけど、リリアンと七歳離れているわよね? どういうつもりでリリアンをこの国から連れ出したわけ?」
どうやら、アイリーンは話の矛先をエリックに向けたようだ。
「どういうつもりも、こういうつもりもないわよ。リリアンを連れ出さざるをえない状況にあの伯爵家があったんでしょ? 当時はリリアンの事、才能のある可哀そうな女の子ってしか思っていなかったし、変に勘ぐっているけど、恋愛関係になったのはリリアンが十五歳を超えてからよ。だいたいリリアンに下手なことをしたら、マルティナちゃんが許すはずがないでしょう? リリアンを引き取ったうちの家族もね」
「ふーん……。ま、リリアンが幸せならいいんだけど」
エリックは少し離れた場所で、子ども達を遊ばせている母のナディーンを見ながら言った。アイリーンの言葉にリリアンは目を瞬かせた。なんだかまるで、姉が妹の身を案じているように聞こえる。年齢を重ねても美しい姉の中身は、別のなにかと入れ替わったんだろうか? リリアンは久々に会った姉をしばらく見つめた。
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