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2 私が私の気持ちに気づくまでの日々

9 木苺のタルトでひと息

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 「リリアン!」
 「ねーさまー、来ちゃった!」
 このやりとり、なんだか懐かしいなぁと思いながらリリアンは、ブラッドリーに案内されてマルティナとブラッドリーの家の居間に入る。

 この国に来てから、マーカス家や結婚したマルティナの新居がプレスコット家は少し距離が離れているので、行き来はしているものの、あまり気軽には会えない。

 「え? 大丈夫? ナディーンさんの許可は取ってあるの?」
 「いーのよちょっとくらい。もー、母上も姉さん達もうるさいったら、ありゃしない。リリアンもマルティナちゃんに会いたいって言うから、逃亡がてら、父上に送ってもらったのよ。母上はジョアンナちゃんと子ども達と楽しそうにしていたから大丈夫よ」
 普段とは違う疲労漂うやさぐれた様子のエリックに、マルティナから笑いが零れる。

 リリアンにエリックがアプローチをかけていることがプレスコット家の面々にバレて、エリックは一通りつるし上げられたのだ。横からリリアンがフォローを入れても、あまり効果はなかった。最近、仕事も忙しそうで、更にエイダに絡まれ、ナディーンや姉達にリリアンにアプローチをかける上での注意事項を延々と話されて、エリックはぐったりしていた。

 そんなエリックを見かねた父上が、二人でお茶でもしてきたらと馬車を出してくれたのだ。先ぶれも出していないので留守かもしれないけど、マルティナ姉様に会いたいというリリアンにエリックがつきあってくれたのだ。

 「ホラ、タルトが焼きあがったし、冷まして仕上げるぞ。エリックは手伝う」
 タルト生地の香ばしい香りが漂っている。ブラッドリーに言われて、エリックも居間から繋がっているキッチンへ連れられて行った。従弟兼親友の二人がこうして連れ立っているのも久々に見る気がする。

 「リリアン、今日は大丈夫だった?」
 「うん? あーなんだか、エイダちゃんて疲れる子だったね。あの子といるとあの国に居た頃のことをなんだか思い出しちゃって……ちょっと辛かったかなぁ。マルティナ姉様は大丈夫だった?」
 マルティナは少し顔色が悪い気がするが、元気そうだ。相変わらず自分のことよりリリアンのことを気にしてくれている。リリアンはブラッドリーが用意してくれたオレンジジュースを飲んで、気になっていたことをマルティナに聞いてみる。ナディーンに聞いた話からするとマーカス家で長男のフレッドリックや次男のレジナルドだけでなく、三男のブラッドリーにもエイダはつきまとったに違いない。

 「あんまり、大丈夫じゃなくて……。ブラッドリーにベタベタされて、言われたい放題言われて、言い返すこともできなくて。私も久しぶりにアイリーン姉様のこととか思い出したなぁ……」
 苦々しい表情で答えるマルティナに、リリアンの気持ちも少し沈む。なぜかあのエイダという子の我儘や毒のある言い回しは、アイリーンを思い出させる。アイリーンの方が、そういった部分を隠すのが上手かった気がするが。

 「ねぇ……、マルティナ姉様、私ってエイダちゃんみたいだった?」

 「えぇ? リリアンとエイダは全然違うよ」

 「だって、あの子、人の物を欲しいって言ったり……あの子、アイリーン姉様にも似てるよね。我儘で自分ばっかりで人を振り回して。マルティナ姉様は一人であんな人に振り回されて耐えてたんだね……」

 「それを言ったら、リリアンだって一人で耐えていたじゃない」

 「……そうだけど、私にはマルティナ姉様がいたもの。同じ年齢になってみて、この頃に私の世話をして我儘を聞いて、アイリーン姉様やお母様に振り回されて……マルティナ姉様、ごめんなさい。ありがとう」

 「それが言いたくて来てくれたの?」
 
 リリアンはエイダが来てから、精神的に辛かった。エイダに言われた内容や行動にも傷ついたけど、更には幼少期の祖国でのことがなぜか色々と思い出されることも辛かった。そうして、子どもの頃を振り返るうちに、マルティナが自分の年齢で、母や姉に振り回されながら、リリアンの世話をしていたことに思い至ったのだ。今更なにを言ったって、意味はないのかもしれない。でも、マルティナに一言お礼を言いたかったのだ。今のリリアンがいるのは、マルティナのおかげなのだ。

 マルティナはただ黙って、リリアンをぎゅっと抱きしめた。ふわりと甘い香りがして、久々のマルティナの抱擁にリリアンは少し涙ぐみながら、幸せを感じた。

 「エリックってエプロンも似合うなぁ……」
 マルティナが抱擁を解くと、キッチンで作業する二人を見てリリアンからつぶやきが零れる。ブラッドリーの洗替え用の黒のエプロンを着けたエリックはそれなりに、テキパキと手を動かしている。ブラッドリーとエリックもなにやら話ながら作業していて、時折、お互い小突いたりしている。

 「で、正直な所、エリックとどうなの?」
 マルティナにもプレスコット家でのナディーンのエリックがリリアンに手を出した発言が聞こえていたらしく、尋ねられる。

 「えっ? うーん、まだよく自分の気持ちもわからなくて、好き? 好きだけど、恋なのかはわからなくて……」

 「そっかー。ゆっくりでいいんじゃないかな? エリック以外を選んだっていいわけだし!」

 「あらぁ、あんなにアンタ達の恋のアシストをしたっていうのに、マルティナちゃんも言うようになったわねぇ」
 ふんわりタルトの甘い香りが漂う。いつの間にかタルトを載せたトレーを片手にエリックが背後に佇んでいる。

 「感謝してるけど、それとこれとは別と言いますか……。リリアンには自分で選んでほしいし。幸せになってほしいし……」

 「中立でいてくれる人がいたほうが安心かしらね。まー、アタシが自覚したのも最近だし、リリアンもゆっくり考えてくれればいいんだけど」

 「ははっ、アドバイスが欲しかったらいつでも付き合うぞ?」

 「ヘタレなアンタのアドバイスを必要とすることなんてないわよ! アタシは一生恋愛とは無縁だと思ってたんだけどな……ま、でも、手加減はしないから」

「えー、お手柔らかにお願いします……」

 妖艶な流し目をするエリックにリリアンの頬が染まる。なんとなく、この目からは逃げられない、そんな予感がリリアンにはしていた。

 この四人で揃うのは久しぶりで、ブラッドリーの作った木苺のタルトを食べながら、わいわい話す時間をリリアンは楽しんだ。
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