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1 私が私を見つけるまでの日々
13 眠れない日々と思いがけない再会
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そんな満たされた日々を送りながらも、未だに夜になるとマルティナを思い出して、さみしくて申し訳なくて、黒いクマのぬいぐるみを抱きしめて、声を殺して泣いて眠る日々が続いた。
「リリアンちゃん、夜眠れてる?」
母上からリリアンの顔に居座っている隈をなぞりながら聞かれる。
「……ごめんなさい。この家での暮らし、夢みたいに楽しくてあったかくて、でも眠るときになるとマルティナ姉さまを思い出してしまって……」
「なにか助けは必要? 誰か眠るまでついていたほうがいい?」
「あの……あの……。辛いし寂しいし、申し訳ないし、すごくつらいんですけど、この気持ちを誤魔化したくなくて。忘れたくなくて。
マルティナお姉さまを思って悲しいし、寂しいし、申し訳ないって思う自分の気持ちがとても大事で。
今はその気持ちをそのまま感じていたいんです」
「そう、それは素敵なことね。でも、声を押し殺して泣かなくていいのよ。思いっきり泣いちゃっていいのよ。だって、泣くのは子どもの仕事でしょ」
「ふふふ……ありがとうございます」
「でも、どうしても辛いときは誰の部屋でもいいからノックしなさい。夜眠れなくても大したことないのよ。お昼寝すればいいんだから」
母上にやさしく抱きしめられる。リリアンは気持ちのままに、声をあげて泣いた。エリックがあんなに軽やかで温かい人なのは、育てた人がこの人だからなんだろう。
それからも眠る前にマルティナ姉さまを思って寂しくて、申し訳ない気持ちになるのは変わらないけど、声を出して思い切り泣くと、そのあとはぐっすりと眠れた。
どうしても、眠れない夜には母上の寝室をノックして、一緒にバルコニーで星を眺めたり、ホットミルクを飲んだりして過ごした。
そんな風にして、昼間は母上についていき、夜はにぎやかな夕飯をとり、眠るときはマルティナを思って泣く生活を続けていった。
リリアンがこの国の生活になじんだ頃、マルティナ姉さまに会えた。リリアンには伏せられていたが、スコールズ伯爵家で騒動が起こり、運よくマルティナ姉さまも除籍されることになったようだ。その騒動の時に、マルティナ姉さまのヒーローであるブラッドリー様がマルティナ姉さまをちゃんとこの国に連れてきてくれたらしい。ひどく憔悴していたマルティナ姉さまの精神状態が安定するまではとリリアンにはそのことが伏せられていたようだ。
「ごめんなさいね、リリアンちゃんが、夜マルティナちゃんを思って泣いていることは知っていたのだけど……」
「大丈夫です。マルティナ姉さまはすぐ人のことばっかりになっちゃって、自分のことを後まわしにしちゃうから……自分のことを大事にする時間が必要だったのでしょう?」
「リリアンちゃんって、こちらが思ってるより大人よね」
困ったように笑うエリックが、リリアンの頭を軽く撫でてくれた。
マルティナもこちらの国に来ているという話を聞いてからしばらくして、マルティナ姉さまとブラッドリー様がプレスコット家に遊びに来た。
リリアンは、初めてブラッドリー様とエリックが伯爵家に来て、わいわいとマルティナのドレスについて相談した日を思い出していた。
今日は、心機一転したいというマルティナ姉さまの髪をエリックが切り、みんなで服を選ぶ。あの頃よりメンバーも増えてずいぶん賑やかだけど。
「あらあら、さすがリリアンちゃんの姉だけあるわね、違った種類の可愛さがあるわー。あなたもプレスコット家に養子に入ってもいいのよ」
おっとりととんでもないことを言い放つ母上。
「伯母さん、マルティナはもう成人しているから養子に入らなくてもいいし、マーカス家が後見人になってるから」
久々に再会したブラッドリー様は相変わらずマルティナ姉さまが大好きみたい。
「あらー、やけにむきになるわね、ブラッドリー。うーん、でもそそられるのは確かね。ちょっとうちの店で着せ替えしたいわね」
手をわきわきさせるチェルシー姉さん。
「アクセサリーなら鮮やかな赤が似合いそう。マルティナちゃんって美人なのに笑うと可愛いし、ちょっと陰があるところがたまんないわねー。あー、またイメージ湧いてきたー。ねー、アクセサリー作ったら贈ってもいい?」
顎に手を当て思案顔で尋ねるカリスタ姉さん。そして、それを微笑みながら静かに見守る父上。
「だから、マルティナは貸しませんって。エミリーのところで働くって決まってますし、忙しいんだからおもちゃにしないでください!」
「えー、ブラッドリーのけちー!」
「心の狭い男はもてないぞーう!」
相変わらず賑やかなプレスコット家の面々とブラッドリー様とのやり取りにマルティナ姉さまと顔を見合わせて笑う。
今は相変わらず母上に付いて行って、色々な人の話を聞いて、心理学の先生のところで箱庭を作ってお話したり、絵を描いたり、人形遊びをしたり、針を持って小物やお人形さんの服なんかをちくちく縫ったりしている。
「仕事なんていくつからでもできるし、急いで大人にならなくていいのよ。末っ子ってそういうものでしょ?」
という母上の言葉に甘えて、気ままな日々を送っている。
今では、服のデザイナーに道を限定しなくてもいい気もしている。でもプレスコット家の人達のように自分の好きなことを表現して、それを仕事にして生きていきたいと思う。
マルティナ姉さまもブラッドリー様はもちろん穏やかなマーカス家の人達や商会の人達に囲まれて、以前とは見違えるくらい生き生きとして楽しそうに暮らしている。
マルティナ姉さまは、みんなから三姉妹でハズレな存在って言われていたし、私は自分で三姉妹の本当のハズレな存在だって思ってた。
それでも、今は大好きな人達に囲まれて、幸せに暮らしている。
もう、マルティナ姉さまもわたしもハズレな存在なんかじゃないって胸を張って言えるわ。リリアンはこの国に来てようやくそう思うことができるようになった。
「リリアンちゃん、夜眠れてる?」
母上からリリアンの顔に居座っている隈をなぞりながら聞かれる。
「……ごめんなさい。この家での暮らし、夢みたいに楽しくてあったかくて、でも眠るときになるとマルティナ姉さまを思い出してしまって……」
「なにか助けは必要? 誰か眠るまでついていたほうがいい?」
「あの……あの……。辛いし寂しいし、申し訳ないし、すごくつらいんですけど、この気持ちを誤魔化したくなくて。忘れたくなくて。
マルティナお姉さまを思って悲しいし、寂しいし、申し訳ないって思う自分の気持ちがとても大事で。
今はその気持ちをそのまま感じていたいんです」
「そう、それは素敵なことね。でも、声を押し殺して泣かなくていいのよ。思いっきり泣いちゃっていいのよ。だって、泣くのは子どもの仕事でしょ」
「ふふふ……ありがとうございます」
「でも、どうしても辛いときは誰の部屋でもいいからノックしなさい。夜眠れなくても大したことないのよ。お昼寝すればいいんだから」
母上にやさしく抱きしめられる。リリアンは気持ちのままに、声をあげて泣いた。エリックがあんなに軽やかで温かい人なのは、育てた人がこの人だからなんだろう。
それからも眠る前にマルティナ姉さまを思って寂しくて、申し訳ない気持ちになるのは変わらないけど、声を出して思い切り泣くと、そのあとはぐっすりと眠れた。
どうしても、眠れない夜には母上の寝室をノックして、一緒にバルコニーで星を眺めたり、ホットミルクを飲んだりして過ごした。
そんな風にして、昼間は母上についていき、夜はにぎやかな夕飯をとり、眠るときはマルティナを思って泣く生活を続けていった。
リリアンがこの国の生活になじんだ頃、マルティナ姉さまに会えた。リリアンには伏せられていたが、スコールズ伯爵家で騒動が起こり、運よくマルティナ姉さまも除籍されることになったようだ。その騒動の時に、マルティナ姉さまのヒーローであるブラッドリー様がマルティナ姉さまをちゃんとこの国に連れてきてくれたらしい。ひどく憔悴していたマルティナ姉さまの精神状態が安定するまではとリリアンにはそのことが伏せられていたようだ。
「ごめんなさいね、リリアンちゃんが、夜マルティナちゃんを思って泣いていることは知っていたのだけど……」
「大丈夫です。マルティナ姉さまはすぐ人のことばっかりになっちゃって、自分のことを後まわしにしちゃうから……自分のことを大事にする時間が必要だったのでしょう?」
「リリアンちゃんって、こちらが思ってるより大人よね」
困ったように笑うエリックが、リリアンの頭を軽く撫でてくれた。
マルティナもこちらの国に来ているという話を聞いてからしばらくして、マルティナ姉さまとブラッドリー様がプレスコット家に遊びに来た。
リリアンは、初めてブラッドリー様とエリックが伯爵家に来て、わいわいとマルティナのドレスについて相談した日を思い出していた。
今日は、心機一転したいというマルティナ姉さまの髪をエリックが切り、みんなで服を選ぶ。あの頃よりメンバーも増えてずいぶん賑やかだけど。
「あらあら、さすがリリアンちゃんの姉だけあるわね、違った種類の可愛さがあるわー。あなたもプレスコット家に養子に入ってもいいのよ」
おっとりととんでもないことを言い放つ母上。
「伯母さん、マルティナはもう成人しているから養子に入らなくてもいいし、マーカス家が後見人になってるから」
久々に再会したブラッドリー様は相変わらずマルティナ姉さまが大好きみたい。
「あらー、やけにむきになるわね、ブラッドリー。うーん、でもそそられるのは確かね。ちょっとうちの店で着せ替えしたいわね」
手をわきわきさせるチェルシー姉さん。
「アクセサリーなら鮮やかな赤が似合いそう。マルティナちゃんって美人なのに笑うと可愛いし、ちょっと陰があるところがたまんないわねー。あー、またイメージ湧いてきたー。ねー、アクセサリー作ったら贈ってもいい?」
顎に手を当て思案顔で尋ねるカリスタ姉さん。そして、それを微笑みながら静かに見守る父上。
「だから、マルティナは貸しませんって。エミリーのところで働くって決まってますし、忙しいんだからおもちゃにしないでください!」
「えー、ブラッドリーのけちー!」
「心の狭い男はもてないぞーう!」
相変わらず賑やかなプレスコット家の面々とブラッドリー様とのやり取りにマルティナ姉さまと顔を見合わせて笑う。
今は相変わらず母上に付いて行って、色々な人の話を聞いて、心理学の先生のところで箱庭を作ってお話したり、絵を描いたり、人形遊びをしたり、針を持って小物やお人形さんの服なんかをちくちく縫ったりしている。
「仕事なんていくつからでもできるし、急いで大人にならなくていいのよ。末っ子ってそういうものでしょ?」
という母上の言葉に甘えて、気ままな日々を送っている。
今では、服のデザイナーに道を限定しなくてもいい気もしている。でもプレスコット家の人達のように自分の好きなことを表現して、それを仕事にして生きていきたいと思う。
マルティナ姉さまもブラッドリー様はもちろん穏やかなマーカス家の人達や商会の人達に囲まれて、以前とは見違えるくらい生き生きとして楽しそうに暮らしている。
マルティナ姉さまは、みんなから三姉妹でハズレな存在って言われていたし、私は自分で三姉妹の本当のハズレな存在だって思ってた。
それでも、今は大好きな人達に囲まれて、幸せに暮らしている。
もう、マルティナ姉さまもわたしもハズレな存在なんかじゃないって胸を張って言えるわ。リリアンはこの国に来てようやくそう思うことができるようになった。
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