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1 私が私を見つけるまでの日々
10 旅立ちの準備
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「マルティナ姉さま、ありがとう。きっと姉さまが動いてくれたんでしょう?」
父からリリアンの荷物を一緒にまとめるように言われて一緒に退室したマルティナ姉さまに声をかける。
「ふふっ。ダメかと思ったんだけど……ね。私はただエリックに泣きついただけよ。ほとんどエリックの力だわ。まさかエリックの後見人がお父様の上司にあたる侯爵様で、こんなに早く動いてくれるとは思わなかったけど……」
マルティナ姉さまもエリック様から今日来るとかリリアンを引き取るという話は聞いていなかったようで、苦笑いをしている。
荷物はいらないとは言われているものの、マルティナ姉さまと部屋を片付けて、下着などの最低限必要そうなものとリリアンのお気に入りのリボンなど細々した物をトランクにつめる。
「リリアン、このクマちゃんも一緒に隣国に連れて行ってくれない?」
マルティナ姉さまはブラッドリー様から誕生日プレゼントにもらった黒いクマのぬいぐるみをリリアンに差し出す。
「えっ? でも、このクマちゃんは姉さまの大事で! ……ブラッドリー様からもらったものでしょう?」
「お願い、リリアン、このクマちゃんを連れて行って欲しいの。私はきっとこの家から出られないから、せめてこの子だけでも、隣国に連れて行って欲しいの。このクマのぬいぐるみを私だと思って……」
「姉さま……」
「お願い……」
リリアンは戸惑いつつも、断ることもできなかった。その間に、マルティナ姉さまは無言でトランクにクマのぬいぐるみも詰めた。
マルティナ姉さまとリリアンの部屋を見回す。マルティナ姉さまの部屋とは違って、カラフルで可愛いぬいぐるみや小物で溢れている。でも、自分の未来に持って行きたいと思う物はこの部屋にはない。
「リリアン、元気で。立派なドレスのデザイナーになってね」
「マルティナ姉さま、姉さまも一緒に行けないの? いつか隣国に来れないの? もう会えないの?」
マルティナ姉さまがぎゅっとリリアンを抱きしめる。ふわっと優しい香りがただよう。リリアンを安心されてくれる匂い。そのことに心がぎゅっと締め付けられて、いつもリリアンがお茶会に出かける際のようなやりとりをする。マルティナ姉さまはただ、いつものように首を横に振った。
「リリアン、この家でのことは忘れて。新しい人生を歩むの。あなたなら大丈夫だから。私はこの家にいても幸せになれるから」
「嫌だ、マルティナ姉さまに会えないなんて!」
「いつか隣国に会いに行くから。さぁ、エリックが待っているから、行くわよ」
これはお茶会に出かけるのとは、わけが違う。もうリリアンはここには帰ってこられない。マルティナ姉さまにもう会えない。そう思うとマルティナに泣き縋ってしまった。
自分が貴族学園に入れないくらいバカなせいで、マルティナと別れなくてはいけない。
今になって自分のバカさ加減に嫌気がさす。
リリアンが泣いたところで、マルティナ姉さまを困らせるだけだ。わかっていてもなかなか涙が止まらなかった。
マルティナ姉さまもエリック様も、リリアンが怒ったお母さまに誰かに差し出される前に最善を尽くしてくれた。その思いを無駄にしてはいけない。リリアンはマルティナと別れて、隣国に行くしか道はないのだ。それは選べる中で最善の未来だけど、今はマルティナ姉さまとの別れが辛い。
マルティナ姉さまはリリアンの涙をハンカチで拭いてから、荷物を持って、リリアンの手を引いてくれた。
そうして、リリアンは貴族令嬢としての自分や、家族から解放されて、エリック様と、隣国へと向かうことになったのだ。
父からリリアンの荷物を一緒にまとめるように言われて一緒に退室したマルティナ姉さまに声をかける。
「ふふっ。ダメかと思ったんだけど……ね。私はただエリックに泣きついただけよ。ほとんどエリックの力だわ。まさかエリックの後見人がお父様の上司にあたる侯爵様で、こんなに早く動いてくれるとは思わなかったけど……」
マルティナ姉さまもエリック様から今日来るとかリリアンを引き取るという話は聞いていなかったようで、苦笑いをしている。
荷物はいらないとは言われているものの、マルティナ姉さまと部屋を片付けて、下着などの最低限必要そうなものとリリアンのお気に入りのリボンなど細々した物をトランクにつめる。
「リリアン、このクマちゃんも一緒に隣国に連れて行ってくれない?」
マルティナ姉さまはブラッドリー様から誕生日プレゼントにもらった黒いクマのぬいぐるみをリリアンに差し出す。
「えっ? でも、このクマちゃんは姉さまの大事で! ……ブラッドリー様からもらったものでしょう?」
「お願い、リリアン、このクマちゃんを連れて行って欲しいの。私はきっとこの家から出られないから、せめてこの子だけでも、隣国に連れて行って欲しいの。このクマのぬいぐるみを私だと思って……」
「姉さま……」
「お願い……」
リリアンは戸惑いつつも、断ることもできなかった。その間に、マルティナ姉さまは無言でトランクにクマのぬいぐるみも詰めた。
マルティナ姉さまとリリアンの部屋を見回す。マルティナ姉さまの部屋とは違って、カラフルで可愛いぬいぐるみや小物で溢れている。でも、自分の未来に持って行きたいと思う物はこの部屋にはない。
「リリアン、元気で。立派なドレスのデザイナーになってね」
「マルティナ姉さま、姉さまも一緒に行けないの? いつか隣国に来れないの? もう会えないの?」
マルティナ姉さまがぎゅっとリリアンを抱きしめる。ふわっと優しい香りがただよう。リリアンを安心されてくれる匂い。そのことに心がぎゅっと締め付けられて、いつもリリアンがお茶会に出かける際のようなやりとりをする。マルティナ姉さまはただ、いつものように首を横に振った。
「リリアン、この家でのことは忘れて。新しい人生を歩むの。あなたなら大丈夫だから。私はこの家にいても幸せになれるから」
「嫌だ、マルティナ姉さまに会えないなんて!」
「いつか隣国に会いに行くから。さぁ、エリックが待っているから、行くわよ」
これはお茶会に出かけるのとは、わけが違う。もうリリアンはここには帰ってこられない。マルティナ姉さまにもう会えない。そう思うとマルティナに泣き縋ってしまった。
自分が貴族学園に入れないくらいバカなせいで、マルティナと別れなくてはいけない。
今になって自分のバカさ加減に嫌気がさす。
リリアンが泣いたところで、マルティナ姉さまを困らせるだけだ。わかっていてもなかなか涙が止まらなかった。
マルティナ姉さまもエリック様も、リリアンが怒ったお母さまに誰かに差し出される前に最善を尽くしてくれた。その思いを無駄にしてはいけない。リリアンはマルティナと別れて、隣国に行くしか道はないのだ。それは選べる中で最善の未来だけど、今はマルティナ姉さまとの別れが辛い。
マルティナ姉さまはリリアンの涙をハンカチで拭いてから、荷物を持って、リリアンの手を引いてくれた。
そうして、リリアンは貴族令嬢としての自分や、家族から解放されて、エリック様と、隣国へと向かうことになったのだ。
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