上 下
19 / 40
2 少しずつ感じられる成長

8 彼からの提案

しおりを挟む
 ほろ苦い思いの残るデビュタントが終わった後、最終試験も無事終わり、卒業の日が迫ってきて、学園も浮足立った雰囲気に包まれていた。

 今日の昼食は、ブラッドリーと二人きりだった。

 「マルティナ、俺が卒業した後、一緒に隣国に行かない?」
 まるで天気の話でもするように、ブラッドリーが話すので、一瞬マルティナは話の内容を理解できなかった。

 「学園は卒業できないで、中途退学になっちゃうけど、平民になってさ。家族と縁を切って、隣国に行こう。ほら、マルティナの優秀さは俺がよく知ってるし、一緒に働いたらきっと楽しいよ。エリックもいるし。風習はだいぶ違うけど、言葉は一緒だし」

 何気ない口調で話しているけど、その目は真剣で、表情も強張っている。まるでマルティナの返事を恐れるかのように。

 それに素直にうなずけたらどんなにいいだろう。
 家も家族も学園も全て捨て去って、ブラッドリーとともに隣国に行って、働いて、ずっと一緒にいられたらどんなに幸せだろう。

 マルティナは顔を横に振る。そうしたい。
 
 本当に家族を捨てられる?
 リリアン以外の家族のことなんてとっくに見切っている。未練はない。
 ただ、未成年で色々と手はかかるけど可愛いリリアンをあの家に置いていくことはできない。

 本当に貴族としての自分を捨てられる?
 貴族令嬢のように育てられはしなかったけど、デビュタントも済ませている。嫌だから辞めますと言っていいのか?
 貴族令嬢として生まれたのだから義務は果たさないといけないだろうか?
 伯爵家のため? 領民のため?
 貴族令嬢としての自分に責任は少し感じる。

 なにより、ブラッドリーが一番大切なの。家族よりも。自分よりも。
 今まで姉や色々なことからブラッドリーは言葉通りに守ってくれた。
 でも、マルティナを、他国の貴族令嬢を連れ出して、ブラッドリーが罰せられない保証はない。

 それが一番怖い。

 それに、まだ、マルティナはなんの実績もあげていない。
 せめて学園を自分の力でいい成績で卒業したい。
 できることなら自分の力で仕事を探して、家族と縁を切って生きていきたい。

 そんな自分になってから、この人の隣に立ちたい。

 「行けないな。でも、いつか旅行でいくかもしれないし。そうしたらブラッドリーの働く商会で買い物するよ」

 なるべく声が震えないように、何気ない風になるように、マルティナも答える。

 「そーだよなー……」
 きっと、ブラッドリーはマルティナの複雑な心の内側も全て見通しているんだと思う。

 豊かな黒髪と澄んだ黒い瞳、掘りが深くて凛々しい容貌。大柄で獅子みたいな人。
 いつも、マルティナの話を真剣に聞いてくれて、商人ならではの発想でアドバイスをくれる人。
 有言実行で、マルティナを一年間支えて足場になってくれた人。
 そんな素敵な人に、気持ちを傾けてもらえたんだって自分を誇って生きていこう。

 そして、いつかまた会えたら。
 そんな淡い希望を持って行こう。
 だって、状況を変えたかったら、行動するしかないんでしょう?
 上手くいくこともあるし、いかないこともあるけど、やってみるしかないんでしょう?

 「マルティナ、最後のお願いしていい?」
 「うん」
 「俺以外のヤツのお願いの内容を聞く前に返事したらだめだぞ? 卒業パーティーのエスコートしていい?」
 「うん。でも、私でいいの? だって、隣国行くの断ったし…」
 「さっきの話はもう忘れて。友人として。最後に楽しい時間を過ごしたいんだ。ダメかな?」
 「……ダメじゃない」
 
 エリックからもらった美容液を引っ張り出して、手入れをしよう。マルティナは心に誓った。
 せめて、ブラッドリーの記憶には少しでも可愛い自分で残りたい。

 それから、ブラッドリーの卒業までは、残りの日々を惜しむように二人の時間を過ごした。

 生徒会の仕事納めも早々に終わったので、昼休みはいつものマルティナの指定席の中庭のベンチで食べたし、授業後は図書館でマルティナの勉強をみてもらったり、時折、街のカフェでお茶をしたりした。

 ブラッドリーが何か言ったのか昼休みや授業後にエリックが顔を出すことはほとんどなくなった。それに対して、申し訳ない気持ちを抱きつつも、マルティナは少しでもブラッドリーとの二人の時間が増えるのがうれしかった。

◇◇

 「うーん、やっぱり赤かなぁ……こっちの青とか緑も似合ってるんだけど」
 ブラッドリーの商会のレンタルドレスのお店で、ブラッドリーがドレスをマルティナに合わせて真剣な顔をして、唸っている。

 マルティナが自分が主役ではない卒業パーティーのドレスについて、どうしようか悩んでいたら、ブラッドリーが用意すると言ってくれた。婚約者でもないのにドレスを贈るのは問題があるかもしれないと、レンタルドレスを用意すると言ってくれたので、マルティナはその言葉に甘えることにした。

 「私は赤が好きだから、この赤いドレスがいいな」
 赤が好きになったのは、ブラッドリーの贈ってくれたクマのぬいぐるみのリボンが赤だったからなんだけど。それに、凛々しいブラッドリーの黒には鮮やかな赤がよく似合う。

 「マルティナ、ちゃんと好きな色とか主張できるようになったな」
 ブラッドリーが子どもを褒めるような口調で言う。
 「おかげさまでね」
 ブラッドリーが見立ててくれた深い赤色のドレスを撫でながら、マルティナも軽く返す。

 気を抜くと本音が漏れてしまいそうで怖い。今が幸せで楽しくて、そんな日々の終わりが近づいてることを思うと辛い。

 はじめは告げなければいいと密かに胸にしまっておいたブラッドリーへの思いはいつの間にこんなに溢れそうなくらい大きくなってしまったんだろう。その思いに自分で見て見ぬふりをしている間に。

 「卒業パーティーでマルティナがこのドレス着てるの見るの楽しみだな」
 感慨深く言うブラッドリーに、マルティナは素直に喜べない。

 ブラッドリーの隣に着飾って立てるのはうれしいけど、その日が来なければいいのにとも思う。

 ブラッドリーと一緒にいて、自分の気持ちが上がったり下がったりする。そんな自分に振り回されながらもブラッドリーの卒業の日は着々と近づいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

公爵令嬢姉妹の対照的な日々 【完結】

あくの
恋愛
 女性が高等教育を受ける機会のないこの国においてバイユ公爵令嬢ヴィクトリアは父親と交渉する。  3年間、高等学校にいる間、男装をして過ごしそれが他の生徒にバレなければ大学にも男装で行かせてくれ、と。  それを鼻で笑われ一蹴され、鬱々としていたところに状況が変わる出来事が。婚約者の第二王子がゆるふわピンクな妹、サラに乗り換えたのだ。 毎週火曜木曜の更新で偶に金曜も更新します。

公爵令嬢ディアセーラの旦那様

cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。 そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。 色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。 出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。 「しかと承りました」と応えたディアセーラ。 婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。 中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。 一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。 シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。 痛い記述があるのでR指定しました。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

処理中です...