23 / 41
第七章 天涯海角
白日
しおりを挟む
銀蓮の部屋は離れた角部屋になった。王になっても奕世は浩特拉尔の屋敷で過ごすつもりらしかった。私は侍女や召使などは断ったから、見事に銀蓮だけが屋敷に増えただけだ。
姚王朝の国取りをするのは本気らしく、まず攻め入るならば浩特拉尔から出兵するのは間違いない。奕世は私にばかり構ってはいられず、数日出かけることも増えた。凛々しい騎乗姿は相変わらずかっこよかったし、私に対しては優しいままだったが、正直怖いという気持ちは消えなかった。
銀蓮は話す機会が増えた。奕世の留守中は2人で過ごす。仲良くならないわけがない。ただ、お互い聞いてはいけないことを聞かないように、遠慮があったのは確かだ。私たちは全く関係ない話で気を紛らわせていた。護衛は厳しく、私たちは逃げ出せるような環境にはなかった。
最初にポツリと本音を漏らしたのは銀蓮だった。
「私のせいで、ごめんなさい」
屋敷に連れ帰った時より、幾分か血色も良くなり、銀蓮は体力も戻っているように見える。
「謝らないで。あなたのせいじゃないわ、私が奕世についてきてしまったからよ」
私の言葉に、銀蓮は堰を切ったように泣き出した。抱きついてくる銀蓮の背中を撫でる。
「私の代わりに…今は…あなたが犠牲になってる…本当にごめんなさい…奕晨の元に…あなただけでも…無事帰してあげたい…」
「私は好きで奕世といるから大丈夫よ」
そう答えても銀蓮は、小龍と引き離され、龔鴑の王に陵辱をうけた自分と私を重ねて、私が彼女を慰めるために嘘をついていると思ったらしかった。
銀蓮は私の手を掴んだ。涙を湛えた双眼が私をまっすぐに見る。
「あなたが攫われたということは、後宮から銀蓮が攫われたということ。奕晨の官軍はすぐ動かせないかもしれない。だけど、私が攫われたならお祖父様が蔡北から私兵を出すはずよ、必ず助けが来るわ」
確かに道理が通っている。雲貴妃は捨て置けるが、銀蓮を捨て置けるわけがない。でもそんな希望があるのに、なぜ銀蓮はこんなにも絶望に満ちた眼で泣くのか、私には理解できなかった。
「でも、私もう小龍の元にはきっと戻れないわ…」
「大丈夫よ、また駆け落ちすればいいじゃない。陛下も手伝ってくださるわ」
慰める私に、銀蓮は首を振った。
「誰も私をもう助けに来なくていい。小龍はきっと私を罵るわ…」
「そんなわけないわ、後宮に来た時銀蓮の名を呼んでいたもの」
しかし銀蓮は力無く首を振り、消え入りそうな掠れ声で答えた。
「だって…私、月のものが来ないの…」
事態は深刻だった。小龍が父親な可能性だってあるが、泣き崩れている銀蓮に詳しくは聞けない。月のものが遅れたりすることは充分にありえることだけど、その不安を取り去る方法なんて思いつかなかった。
先王の子だとしたら、奕世が縊らないわけない。銀蓮の心と身体を救うには、私は何が出来るだろうと考えようとした時、私の背中に嫌な汗が流れた気がした。
私も、月のものが来ていない。
私にしがみついて泣く銀蓮に、何も声がかけられない。
気のせいかもしれない。でも、気のせいでなかったとしたら?奕晨の子かもしれないし、奕世の子かもしれない。確かめる術なんてなかった。
私は言葉を持たぬまま、銀蓮を抱きしめていた。
姚王朝の国取りをするのは本気らしく、まず攻め入るならば浩特拉尔から出兵するのは間違いない。奕世は私にばかり構ってはいられず、数日出かけることも増えた。凛々しい騎乗姿は相変わらずかっこよかったし、私に対しては優しいままだったが、正直怖いという気持ちは消えなかった。
銀蓮は話す機会が増えた。奕世の留守中は2人で過ごす。仲良くならないわけがない。ただ、お互い聞いてはいけないことを聞かないように、遠慮があったのは確かだ。私たちは全く関係ない話で気を紛らわせていた。護衛は厳しく、私たちは逃げ出せるような環境にはなかった。
最初にポツリと本音を漏らしたのは銀蓮だった。
「私のせいで、ごめんなさい」
屋敷に連れ帰った時より、幾分か血色も良くなり、銀蓮は体力も戻っているように見える。
「謝らないで。あなたのせいじゃないわ、私が奕世についてきてしまったからよ」
私の言葉に、銀蓮は堰を切ったように泣き出した。抱きついてくる銀蓮の背中を撫でる。
「私の代わりに…今は…あなたが犠牲になってる…本当にごめんなさい…奕晨の元に…あなただけでも…無事帰してあげたい…」
「私は好きで奕世といるから大丈夫よ」
そう答えても銀蓮は、小龍と引き離され、龔鴑の王に陵辱をうけた自分と私を重ねて、私が彼女を慰めるために嘘をついていると思ったらしかった。
銀蓮は私の手を掴んだ。涙を湛えた双眼が私をまっすぐに見る。
「あなたが攫われたということは、後宮から銀蓮が攫われたということ。奕晨の官軍はすぐ動かせないかもしれない。だけど、私が攫われたならお祖父様が蔡北から私兵を出すはずよ、必ず助けが来るわ」
確かに道理が通っている。雲貴妃は捨て置けるが、銀蓮を捨て置けるわけがない。でもそんな希望があるのに、なぜ銀蓮はこんなにも絶望に満ちた眼で泣くのか、私には理解できなかった。
「でも、私もう小龍の元にはきっと戻れないわ…」
「大丈夫よ、また駆け落ちすればいいじゃない。陛下も手伝ってくださるわ」
慰める私に、銀蓮は首を振った。
「誰も私をもう助けに来なくていい。小龍はきっと私を罵るわ…」
「そんなわけないわ、後宮に来た時銀蓮の名を呼んでいたもの」
しかし銀蓮は力無く首を振り、消え入りそうな掠れ声で答えた。
「だって…私、月のものが来ないの…」
事態は深刻だった。小龍が父親な可能性だってあるが、泣き崩れている銀蓮に詳しくは聞けない。月のものが遅れたりすることは充分にありえることだけど、その不安を取り去る方法なんて思いつかなかった。
先王の子だとしたら、奕世が縊らないわけない。銀蓮の心と身体を救うには、私は何が出来るだろうと考えようとした時、私の背中に嫌な汗が流れた気がした。
私も、月のものが来ていない。
私にしがみついて泣く銀蓮に、何も声がかけられない。
気のせいかもしれない。でも、気のせいでなかったとしたら?奕晨の子かもしれないし、奕世の子かもしれない。確かめる術なんてなかった。
私は言葉を持たぬまま、銀蓮を抱きしめていた。
1
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
京都式神様のおでん屋さん
西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~
ここは京都——
空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。
『おでん料理 結(むすび)』
イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
後宮の不憫妃 転生したら皇帝に“猫”可愛がりされてます
枢 呂紅
キャラ文芸
旧題:後宮の不憫妃、猫に転生したら初恋のひとに溺愛されました
★第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
後宮で虐げられ、命を奪われた不遇の妃・翠花。彼女は六年後、猫として再び後宮に生まれた。
幼馴染で前世の仇である皇帝・飛龍に拾われ翠花は絶望する。だけど飛龍は「お前を見ていると翠花を思い出す」「翠花は俺の初恋だった」と猫の翠花を溺愛。翠花の死の裏に隠された陰謀と、実は一途だった飛龍とのすれ違ってしまった初恋の行く先は……?
一度はバッドエンドを迎えた両片想いな幼馴染がハッピーエンドを取り戻すまでの物語。
本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~
扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。
(雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。
そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。
▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
冥府の花嫁
七夜かなた
キャラ文芸
杷佳(わか)は、鬼子として虐げられていた。それは彼女が赤い髪を持ち、体に痣があるからだ。彼女の母親は室生家当主の娘として生まれたが、二十歳の時に神隠しにあい、一年後発見された時には行方不明の間の記憶を失くし、身籠っていた。それが杷佳だった。そして彼女は杷佳を生んですぐに亡くなった。祖父が生きている間は可愛がられていたが、祖父が亡くなり叔父が当主になったときから、彼女は納屋に押し込められ、使用人扱いされている。
そんな時、彼女に北辰家当主の息子との縁談が持ち上がった。
自分を嫌っている叔父が、良い縁談を持ってくるとは思わなかったが、従うしかなく、破格の結納金で彼女は北辰家に嫁いだ。
しかし婚姻相手の柊椰(とうや)には、ある秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる