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第六章 月華星亮
奕世
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奕世は私を抱き上げて、輿へ運んだ。毛皮のマントを返そうする私の手を抑え、微笑んだ。そして私の髪を撫で、額に唇をつける。
「明日は激しい道のりになる。早く休むといい」
私の中の奕世の印象は、もう全てが初対面と違っていた。陛下の命を守るために脅され誘拐されたはずだけど、もう言い訳を出来そうになかった。
奕晨に再び会う日は来るのだろうか。その時が来たら、私は奕世に誘拐されたふりをして、怖かったと陛下に甘えるのだろうか?そんな女は反吐が出そうなほどに嫌いだ。
私は自分の生まれが知りたくて、来た。そして奕世と奕晨が兄弟と知り、全くもって身勝手な話だが、どうか殺し合わずに歩み寄ってほしいとさえ思っている。辺境の民にとっても、彼ら自身にとっても…仲良くなれれば大陸全ての世界が変わるはずだった。
自分と莉華を棚に上げてだ。
そして、歴史書を読んだだけで、歴史を知っていると思っていた自分を恥じた。私は自分の目で何も見ていない。あるのは知識だけ、この国がこの国の目線で編纂した物語を読んだだけ。私は母の物語すら、碌に知らないのに。我が国と彼の国と区別した、彼の国も私の故郷かもしれないのに。
私を護衛する賊たちは気のいい連中ばかりだった。少なくとも王子の側近には違いない。鍛え抜かれた肉体と賢明な思考を併せ持つ、奕世選りすぐりの精鋭に違いなかった。そして腹で何を考えているか分からない後宮の宦官たちとは違い、健康的で真っ直ぐな男性たちだ。奕世に必要以上に媚びへつらうような真似をする者はおらず、だが私に粗野な態度をとる輩もいなかった。少なくとも、奕世とその側近は噂に聞く野蛮な騎馬民族とはまるで違った。
草原に入り、奕世と話す機会が増えた。満天の星は草原に降るようだった。草原の大地は生温く、横たわると懐かしい匂いがした。私の血がここだと叫んでいるような、そんな高揚感とざわめきがあった。
「龔鴑に奴婢はおらん。王はいるが、龔鴑の王がただ命令するだけでは、誰も動かぬ。我々は相談をするのだ。そうすれば戦士は納得して命をかけてくれる」
奕世は自慢げに龔鴑のことを語って聞かせてくれる。
「姚の国で我々をどういうふうに騙っているかは知っている。だが戦場に出ればわかる。奴らは臆病な貴族の息子がひ弱な馬がひいた戦車に乗り、付け焼き刃の農兵をけしかけるだけ。我ら龔鴑は王が万の兵を率いて馬に乗り、戦場を一騎当千で駆け回るのだ」
奕世は私を馬の前に乗せ、早駆けをさせた。
「ごめんなさい。私、あなたが思うほど騎馬民族じゃないみたい」
そして、心から2人で笑った。
後宮では決して得られないものだった。
鮮やかな鳥に恋文を届けさせた皇帝陛下。市井に私を迎えに来た皇帝陛下。私の胸に抱きついて眠る子供のような皇帝陛下。どこまで逃げても追いかけて捕まえると言った皇帝陛下。簡素な寝具の上でただの奕晨と雲泪になった唯一の夜。
忘れたわけではない。笑顔がよぎるたびに胸はチクンと痛む。だけど、目の前の奕世に惹かれていく自分が止められなかった。美しい陛下に見惚れるのとは違う。陛下が訪ねてくれば、寂しくなくて、訪ねてこなければ不安な、皇帝と妃との不公平な関係とは違う。
皇帝陛下に寄せていただいたご好意を無碍にする自由など私にはなかった。本当に私は陛下に恋していたのかしら。今となっては分からない。
疎まれ育ち、臆病で理論武装をするような、根無し草のように不安定な、自分に自信がなくて陛下の好意を信じきれないような、そんな雲泪はもういなかった。
私は奕世に恋している。これが私の初恋だと思った。
「明日は激しい道のりになる。早く休むといい」
私の中の奕世の印象は、もう全てが初対面と違っていた。陛下の命を守るために脅され誘拐されたはずだけど、もう言い訳を出来そうになかった。
奕晨に再び会う日は来るのだろうか。その時が来たら、私は奕世に誘拐されたふりをして、怖かったと陛下に甘えるのだろうか?そんな女は反吐が出そうなほどに嫌いだ。
私は自分の生まれが知りたくて、来た。そして奕世と奕晨が兄弟と知り、全くもって身勝手な話だが、どうか殺し合わずに歩み寄ってほしいとさえ思っている。辺境の民にとっても、彼ら自身にとっても…仲良くなれれば大陸全ての世界が変わるはずだった。
自分と莉華を棚に上げてだ。
そして、歴史書を読んだだけで、歴史を知っていると思っていた自分を恥じた。私は自分の目で何も見ていない。あるのは知識だけ、この国がこの国の目線で編纂した物語を読んだだけ。私は母の物語すら、碌に知らないのに。我が国と彼の国と区別した、彼の国も私の故郷かもしれないのに。
私を護衛する賊たちは気のいい連中ばかりだった。少なくとも王子の側近には違いない。鍛え抜かれた肉体と賢明な思考を併せ持つ、奕世選りすぐりの精鋭に違いなかった。そして腹で何を考えているか分からない後宮の宦官たちとは違い、健康的で真っ直ぐな男性たちだ。奕世に必要以上に媚びへつらうような真似をする者はおらず、だが私に粗野な態度をとる輩もいなかった。少なくとも、奕世とその側近は噂に聞く野蛮な騎馬民族とはまるで違った。
草原に入り、奕世と話す機会が増えた。満天の星は草原に降るようだった。草原の大地は生温く、横たわると懐かしい匂いがした。私の血がここだと叫んでいるような、そんな高揚感とざわめきがあった。
「龔鴑に奴婢はおらん。王はいるが、龔鴑の王がただ命令するだけでは、誰も動かぬ。我々は相談をするのだ。そうすれば戦士は納得して命をかけてくれる」
奕世は自慢げに龔鴑のことを語って聞かせてくれる。
「姚の国で我々をどういうふうに騙っているかは知っている。だが戦場に出ればわかる。奴らは臆病な貴族の息子がひ弱な馬がひいた戦車に乗り、付け焼き刃の農兵をけしかけるだけ。我ら龔鴑は王が万の兵を率いて馬に乗り、戦場を一騎当千で駆け回るのだ」
奕世は私を馬の前に乗せ、早駆けをさせた。
「ごめんなさい。私、あなたが思うほど騎馬民族じゃないみたい」
そして、心から2人で笑った。
後宮では決して得られないものだった。
鮮やかな鳥に恋文を届けさせた皇帝陛下。市井に私を迎えに来た皇帝陛下。私の胸に抱きついて眠る子供のような皇帝陛下。どこまで逃げても追いかけて捕まえると言った皇帝陛下。簡素な寝具の上でただの奕晨と雲泪になった唯一の夜。
忘れたわけではない。笑顔がよぎるたびに胸はチクンと痛む。だけど、目の前の奕世に惹かれていく自分が止められなかった。美しい陛下に見惚れるのとは違う。陛下が訪ねてくれば、寂しくなくて、訪ねてこなければ不安な、皇帝と妃との不公平な関係とは違う。
皇帝陛下に寄せていただいたご好意を無碍にする自由など私にはなかった。本当に私は陛下に恋していたのかしら。今となっては分からない。
疎まれ育ち、臆病で理論武装をするような、根無し草のように不安定な、自分に自信がなくて陛下の好意を信じきれないような、そんな雲泪はもういなかった。
私は奕世に恋している。これが私の初恋だと思った。
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