上 下
10 / 41
第四章 籠鳥檻猿

鳥籠

しおりを挟む
起きたくなかった。

日はとうに登っていたが、起き上がる気にはなれなかった。窓際に果物は補充され、卓には朝餉も用意されていてる。それから枕元に軽くつまめる乾餅クッキーなどが置かれている。

食べる気にはならなかった。

私は絹の寝巻きを羽織ったまま、広すぎる高床の隅に座り込んでいた。翡翠ひすいかんざしを無くしてしまった事を思い出すと、溜め息が止まらなかった。

小青シャオチンが扉を開けて入ってくる。
「おはようございます、銀貴妃イングイフェイ
小青シャオチン膝を軽く折り、挨拶をする。
「朝餉はもうお下げいたしますね。お昼は粥になさいますか」
「お粥もいらないわ」

陛下が来ないから落ち込んでると思われるのは、嫌だった。だけど、無理して食べる気にもなれない。

「本日はお出かけなさいますか」
昨日のことを思い出すと、宮女の服を着て出かける気にはなれない。
「今日は…お庭を眺めているだけでいいわ」

病気なわけではない。陛下が来なかったことに落ち込んでるわけではない。簪を失ってしまったのは自分の不注意だから、妹から取り返してやろうという気は湧かない。

昔からそうだった。

私は泣かない子供だった。

実家で理不尽な扱いを受けて、自分の大事なものを誰かに取られた時。母の形見や大事にしていた服や、お気に入りの本。泣くことが出来なかった。

父が無くしたものの代わりに買ってやろうと言う。「代わりになるものなどないのだから、失ったままで良いのです」と答える私を可愛げがないと父はいい、嫌がらせをしても顔色を変えない私を第二夫人は気味悪がった。私はそんな事で感情を揺さぶられたくなかったから。なんて思いたくなかった。

だから、書物を読むのが好きだ。私の中に入れてしまえば誰にも奪うことが出来ないから。そして、物を貰うのは嫌いだ。無くしてしまう恐れがあるから。

とうとう最後の形見まで無くしてしまった。その事実は気分を重くする。もう莉華リファには会いたくなかった。後宮を歩き回らずとも、しばらく書物を読んで過ごしてもいい。

小青シャオチンが朝餉をさげ、私は再びひとり。書物を手にとった。陛下が貴妃グイフェイへの褒美を尋ねたときに、宮女の服と書物を所望した。沢山もらっておいてよかった。夢にまで見た3食昼寝付きで勉強が自由にできる環境…今がまさにそれなのに、塞ぎ込むなんてバチがあたるわ。

手にとったのは白居易の〝与徽之書〟である。最後の夜に陛下が読んだ形跡があったから気になっていた。

  ◆

憶昔封書与君夜
金鑾殿後欲明天

かつて君に手紙を書いた夜は
夜明け前の金鑾殿だった。

今夜封書在何処
廬山菴裏曉燈前

今夜も同じく君に手紙を書く
廬山の草庵の中、灯火の前で。

籠鳥檻猿倶未死
人閒相見是何年

籠の鳥、檻の猿だが死んではおらぬ。
また会えるのはいつになるだろう

  ◆

陛下の読んでいた書物を覗き見したことを後悔した。何だか恥ずかしかった。陛下が私を想ってくれているなどと勘違いしたくない。ふて寝することにした。

夕暮れ時になり、小青シャオチンが粥を運んできた。
「食欲がなくとも、何かお口に入れてくださらないと心配でございます。寝室でお召し上がりになれるものにいたしました。お気に召さなければ他のお品のご準備もあります」

蒸し鶏の卵粥である。
「ありがとう。いただくわ」
その返事に小青シャオチンは安堵した笑顔を浮かべる。
「お食事が終わりましたら、陛下からの贈り物をお持ちいたしますね」

ひとり過ごす私を気遣って贈り物をくれたのか。後宮を開く側も大変だなあと思いつつ、確かに少し気持ちが晴れる。私がリクエストしたもの以外の贈り物は初めてだ。陛下は何を贈ってくれたのだろう。

食事を終えた私に小青シャオチンが大きな鳥籠を運んできた。贈り物は鳥であった。

美しい翡翠色の翼、金色がかった玉虫色の頭部と長く伸びた尾羽。嘴の黄色、腹部の紅色が鮮やかだった。

こんな色合いの鳥は北部では見たことがない。この国の南部にはいるのだろう。鳥籠の中に、文字が書かれた木の葉が見えた。

  ◆

親愛なる籠鳥ロンニャオどの

せめてこの鳥が自由ならば
我々も少しは気が紛れる

檻猿ジャンイェン

  ◆

私たちの名前を書物から引用したのね。少し笑ってしまった。しかし、手紙の内容は全く意味がわからない。贈っておきながら、籠の鳥を空に放てと言っているのだろうか。せっかくの贈り物なのに。

残念に思いながらも、牡丹の庭に出る。鳥籠の扉を開けると美しい翡翠色の鳥は庭を3周したあと、空に羽ばたいて行ってしまった。

見事な細工の大きな鳥籠だけが残り、陛下のお通りがない二夜目が来ようとしていた。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

後宮の不憫妃 転生したら皇帝に“猫”可愛がりされてます

枢 呂紅
キャラ文芸
旧題:後宮の不憫妃、猫に転生したら初恋のひとに溺愛されました ★第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 後宮で虐げられ、命を奪われた不遇の妃・翠花。彼女は六年後、猫として再び後宮に生まれた。 幼馴染で前世の仇である皇帝・飛龍に拾われ翠花は絶望する。だけど飛龍は「お前を見ていると翠花を思い出す」「翠花は俺の初恋だった」と猫の翠花を溺愛。翠花の死の裏に隠された陰謀と、実は一途だった飛龍とのすれ違ってしまった初恋の行く先は……? 一度はバッドエンドを迎えた両片想いな幼馴染がハッピーエンドを取り戻すまでの物語。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。 ※完結まで毎日更新です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...