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第三章 宮女生活の始まりです
再会
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思っているよりショックを受けているのかもしれない。毎日私を抱いて眠っていた陛下が、私でない誰かの邸へお通いになるのことに。
帰路を力無く歩いているとき、背後からぶつかられた。ぶつかれたのは私なのに、なぜかぶつかってきた方が倒れている。
「宮女の癖に道も開けないなんて、どんな教育を受けているの!?」
「申し訳ございません」
薄桃色の服に小さな刺繍履の小柄な女性を仕方なく抱きおこす。宮女の服ではない。
それに甲高く喚く声はやけに聞き覚えがあった。私がその答えを見つける前に、目の前の女性が声をあげる。
「雲泪じゃない!なんで後宮にいるの?」
異母妹の莉華だ。そういえば、莉華の後宮入りのために学校を辞めさせられ、金で売られそうにらなったんだったわ。存在自体がすっぽり頭からぬけていた。
莉華は、私の頭のてっぺんから下までジロジロ見ると、馬鹿にしたように笑った。
「ふぅん。そうゆうことね。雲泪お姉さまは宮女の服が良く似合うわ!私も新しい服なの、見て!」
そう言ってくるくると小さな刺繍履をはいた足で踊り子のように回った。薄桃色の長衣は何層にも重なってヒラヒラと風に舞う。重そうな髪飾りの中に亡き母の鼈甲の櫛が見えた。
「せっかく再会できたんだから、お茶でも飲みましょ」
そう言ってグイグイ擦り寄ってくる。
「本日は今からお掃除をしなければなりませんので、申し訳ございません」
軽く膝を折り、頭を下げる。挨拶して去ろうとしたその時だった。
「あら?雲泪お姉さま、こんな翡翠持っていたかしら?」
私が後ずさるより速く、莉華は私のお団子から簪を引き抜いていた。
「しばらく貸してもらうわね」
翡翠の簪は莉華に奪われないように、実家でも隠し持っていたものだ。自分の油断が悔しかった。
「莉華さま、お返し下さい」
膝を完全に折り、お願いをする。
「いやよ、だって私の方が似合うもの」
莉華は私の懇願には目も向けず、すでに頭に簪を刺してしまっている。そして大きな茶色の目をキラキラ輝かせながら、華やかな笑顔を向けた。
「そうだわ!私の部屋付き宮女になったらいいじゃない。東翼の角部屋よ。2人の時は莉華って呼んでもいいわ。姉妹ですもの。助けあっていきましょ?」
廊下は人通りも多い。膝を折る私を興味深そうに遠巻きに眺める宮女たちもいる。騒ぎをおこさず、翡翠の簪を取り返す方法が思いつかなかった。膝を折ったまま推し黙る私の耳元で囁く。
「でも姉妹なのは内緒にしててね。姉が宮女なんて恥ずかしいから」
莉華は去ってゆき、私は廊下に取り残された。牡丹坊がひどく遠く感じる。
牡丹坊に戻ると小青が湯浴みの準備をしてくれていた。
「おかえりなさいませ、銀貴妃」と優しく笑顔で出迎えをうけ、冷たく凍りついた心も解ける気がする。
湯に浸かり、小青に髪を洗って貰いながら改めて邸を見渡す。床は磨き上げられ、窓枠に塵ひとつない。広い湯船を満たすため湯を沸かし運ぶだけでも重労働だろうに小青はどうやって汗ひとつ欠かずに毎日準備をしているのだろう。
「今日、宮女の取り合いの話を聞いたの。邸の維持にそんなに人手がかかるって知らなかったから、小青ひとりに牡丹坊を任せてごめんなさい。これからは私もお掃除を手伝うわ」
私の言葉を聞いた小青が笑いだす。
「貴妃自ら尚宮と掃除をする邸だなんて聞いたことがありません」
「だって2人しかいないから…」
「私ひとりで、全部やってはおりませんよ。ご安心ください。陛下がお力を貸してくださってます」
「え…陛下がお掃除を…!?」
もうダメだった…小青は笑い転げてしまって返事が出来なくなってしまっている。
「貴妃のためなら、陛下…自らお洗濯…も…お料理も…っ…してくださるかもしれませんね…ああ可笑しい…」
陛下が洗濯物を叩いている所を想像したら確かにおかしい。2人でひとしきり笑い転げて小青はやっと話せるようになった。
「牡丹坊は私ひとりで維持しておりません。陛下の〝影〟が動いてくれております。貴妃は宮女に囲まれるのがお好きではないと陛下が手配なさいました。貴妃は陛下の〝特別〟…でございますから。ですので今まで通り、気にせずお過ごし下さいませ」
陛下の伝言を伝えることが出来るのも、私や陛下のタイミングに合わせて全てが整えられているのも、〝影〟の仕事によるものと小青は説明した。
〝影〟がどんな組織かは分からないが、気配を悟られないほど卓越した訓練を積むということは本来の業務は護衛や刺客であろう。陛下直属の精鋭が床磨きやお湯運びに駆り出されているのかと思うと、なんだか申し訳ない気がする。
小青に髪を結い上げてもらい、庭から吹く心地いい夜風にあたる。庭を望む高床には點心が用意されていて、お茶を飲みながら月を楽しめるようになっていた。いつもなら、陛下のお通りがある時間だ。入宮してから1人過ごす夜はなかったから、こんなに辛いとは知らなかった。後宮に集う女は全てこんな気持ちで皇帝のお通りを待つのか。
後宮なんて制度、本当にクソだわ。陛下なんて大嫌いだわ。やっぱり私はお手付きになる前にお暇をいただいて、家庭教師になりたい。
その夜、気を紛らわすように明け方まで勉学に励んだ私は寝不足になった。
帰路を力無く歩いているとき、背後からぶつかられた。ぶつかれたのは私なのに、なぜかぶつかってきた方が倒れている。
「宮女の癖に道も開けないなんて、どんな教育を受けているの!?」
「申し訳ございません」
薄桃色の服に小さな刺繍履の小柄な女性を仕方なく抱きおこす。宮女の服ではない。
それに甲高く喚く声はやけに聞き覚えがあった。私がその答えを見つける前に、目の前の女性が声をあげる。
「雲泪じゃない!なんで後宮にいるの?」
異母妹の莉華だ。そういえば、莉華の後宮入りのために学校を辞めさせられ、金で売られそうにらなったんだったわ。存在自体がすっぽり頭からぬけていた。
莉華は、私の頭のてっぺんから下までジロジロ見ると、馬鹿にしたように笑った。
「ふぅん。そうゆうことね。雲泪お姉さまは宮女の服が良く似合うわ!私も新しい服なの、見て!」
そう言ってくるくると小さな刺繍履をはいた足で踊り子のように回った。薄桃色の長衣は何層にも重なってヒラヒラと風に舞う。重そうな髪飾りの中に亡き母の鼈甲の櫛が見えた。
「せっかく再会できたんだから、お茶でも飲みましょ」
そう言ってグイグイ擦り寄ってくる。
「本日は今からお掃除をしなければなりませんので、申し訳ございません」
軽く膝を折り、頭を下げる。挨拶して去ろうとしたその時だった。
「あら?雲泪お姉さま、こんな翡翠持っていたかしら?」
私が後ずさるより速く、莉華は私のお団子から簪を引き抜いていた。
「しばらく貸してもらうわね」
翡翠の簪は莉華に奪われないように、実家でも隠し持っていたものだ。自分の油断が悔しかった。
「莉華さま、お返し下さい」
膝を完全に折り、お願いをする。
「いやよ、だって私の方が似合うもの」
莉華は私の懇願には目も向けず、すでに頭に簪を刺してしまっている。そして大きな茶色の目をキラキラ輝かせながら、華やかな笑顔を向けた。
「そうだわ!私の部屋付き宮女になったらいいじゃない。東翼の角部屋よ。2人の時は莉華って呼んでもいいわ。姉妹ですもの。助けあっていきましょ?」
廊下は人通りも多い。膝を折る私を興味深そうに遠巻きに眺める宮女たちもいる。騒ぎをおこさず、翡翠の簪を取り返す方法が思いつかなかった。膝を折ったまま推し黙る私の耳元で囁く。
「でも姉妹なのは内緒にしててね。姉が宮女なんて恥ずかしいから」
莉華は去ってゆき、私は廊下に取り残された。牡丹坊がひどく遠く感じる。
牡丹坊に戻ると小青が湯浴みの準備をしてくれていた。
「おかえりなさいませ、銀貴妃」と優しく笑顔で出迎えをうけ、冷たく凍りついた心も解ける気がする。
湯に浸かり、小青に髪を洗って貰いながら改めて邸を見渡す。床は磨き上げられ、窓枠に塵ひとつない。広い湯船を満たすため湯を沸かし運ぶだけでも重労働だろうに小青はどうやって汗ひとつ欠かずに毎日準備をしているのだろう。
「今日、宮女の取り合いの話を聞いたの。邸の維持にそんなに人手がかかるって知らなかったから、小青ひとりに牡丹坊を任せてごめんなさい。これからは私もお掃除を手伝うわ」
私の言葉を聞いた小青が笑いだす。
「貴妃自ら尚宮と掃除をする邸だなんて聞いたことがありません」
「だって2人しかいないから…」
「私ひとりで、全部やってはおりませんよ。ご安心ください。陛下がお力を貸してくださってます」
「え…陛下がお掃除を…!?」
もうダメだった…小青は笑い転げてしまって返事が出来なくなってしまっている。
「貴妃のためなら、陛下…自らお洗濯…も…お料理も…っ…してくださるかもしれませんね…ああ可笑しい…」
陛下が洗濯物を叩いている所を想像したら確かにおかしい。2人でひとしきり笑い転げて小青はやっと話せるようになった。
「牡丹坊は私ひとりで維持しておりません。陛下の〝影〟が動いてくれております。貴妃は宮女に囲まれるのがお好きではないと陛下が手配なさいました。貴妃は陛下の〝特別〟…でございますから。ですので今まで通り、気にせずお過ごし下さいませ」
陛下の伝言を伝えることが出来るのも、私や陛下のタイミングに合わせて全てが整えられているのも、〝影〟の仕事によるものと小青は説明した。
〝影〟がどんな組織かは分からないが、気配を悟られないほど卓越した訓練を積むということは本来の業務は護衛や刺客であろう。陛下直属の精鋭が床磨きやお湯運びに駆り出されているのかと思うと、なんだか申し訳ない気がする。
小青に髪を結い上げてもらい、庭から吹く心地いい夜風にあたる。庭を望む高床には點心が用意されていて、お茶を飲みながら月を楽しめるようになっていた。いつもなら、陛下のお通りがある時間だ。入宮してから1人過ごす夜はなかったから、こんなに辛いとは知らなかった。後宮に集う女は全てこんな気持ちで皇帝のお通りを待つのか。
後宮なんて制度、本当にクソだわ。陛下なんて大嫌いだわ。やっぱり私はお手付きになる前にお暇をいただいて、家庭教師になりたい。
その夜、気を紛らわすように明け方まで勉学に励んだ私は寝不足になった。
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