正しい悪役令嬢の育て方

犬野派閥

文字の大きさ
上 下
29 / 106

第八話 やっぱ縦ロールでしょ⑥

しおりを挟む
「こいつはオレも負けてられないな」

 ルフォートがタクトでも振るように指で空中に螺旋を描く。すると小さな旋風が発生し、ぼたん雪と蛍火を巻き込んだ。
 それらが混ざり合い、水蒸気の竜巻が出来上がると、ゆっくりとキュロットの近くに移動。彼女の金髪を一房絡め取る。

 キュロットの髪が水蒸気の渦に沿って、くるくるとカールされていった。ものの数分で綺麗な縦ロールが一房出来上がる。
 私は弾んだ声を上げた。

「やった! ほら、うまくいったでしょ!」
「う、うん。すごく集中力がいるけど、これなら何とかなりそうだね」
「オレのセットの技量も褒めてくれよ? 他の奴じゃこうはいかないぜ」
「もちろんよ、ありがとう! よーし、それじゃこのまま残りも……」

 そこまで口にしたところで私ははたと気付いた。恐らく、ブラドとルフォートも、私と同じことに思い至ったのだろう。今しがたの高揚はどこへやら、ぴしりと表情を強張らせる。
 誰もがそのことを直視したくない、触れたくないといった空気を醸し出していたが、このまま目を背けていても仕方ない。私は意を決して口にした。

「それじゃこのまま残りもやっちゃおうか。こ、小一時間もあればできるんじゃないかな?」

 てへっ。
 といった感じに、愛嬌のある笑みで伝えたが、そんなもので誤魔化せるほど甘くはなかった。
 ルフォートはサッと顔を青ざめさせる。

「この緻密な魔法操作、小一時間もぶっ続けでやるのか!? サリバン家に伝わるどの魔法修行よりもきついぞ!?」
「し、仕方ないでしょ! レディーの身だしなみには時間と労力が掛かるものなのよ! こんなもの、ブラック企業勤めに比べたら楽なもんよ! いいから続けるわよ!」
「ま、また何かわからないこと言ってるしぃ……」

 ブラドの涙声を聞き流し、私は氷魔法でさらなる結晶を生み出していった。それにつられる形で、ブラドとルフォートも魔法を継続させる。
 私たちの鬼気迫るチャレンジに、周りに集まっているクラスメイトたちが色めき立って声を上げる。

「おいマジかよ、そんなことできるのか?」
「私まだ魔法操作も覚束ないのに。すごい、頑張って!」
「俺はできる方に昼食賭けるぞ!」
「乗った! 途中で音を上げるに食券三枚!」

 外野が無責任に騒々しいが、ここまで注目されるとなると、俄然やる気が出るというものだ。
 ブラック企業ではどんな仕事を手がけようとも、熱烈な応援も熱視線も浴びない日々だったのだから。

 額にじわりと浮かんでくる汗を拭いつつ、さらなる集中に入ろうとした時だ。くぐもったような、低い声が教室に響き渡った。

「いったい何の騒ぎだ? もう授業時間になっている、皆はやく席につきなさい」

 クラスメイトがびくっと身をすくめ、そそくさと自分たちの席に戻っていく。
 人垣が割れた先に見えたのは、教壇へと歩を進める、黒いローブに見を包んだ男性教師だった。
 肩口まで伸びた黒髪に、落ち窪んだ眼。胡散臭い魔術師といった印象の、陰気そうな人物である。
 その姿に見覚えのある私は、小さく呟いた。

「げっ。ネッバス先生じゃん……」

 ネッバスは『王立学園の聖女』にも登場するキャラだ。
 根っからの貴族主義であり、平民でありながら王立学園に通うことになったヒロインに対して、答えられそうにない難問をわざと出したり、教師の立場を利用して雑用を命じたりと、何とも陰険な嫌がらせをする人物である。

 ネッバスは未だ自分の席に戻らず、キュロットの傍で団子状態になっている私たちにふと気付くと、不愉快そうに眉をひそめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

処理中です...