15 / 17
ガラスの靴
⑥
しおりを挟む
エライザとルミアが応接室を後にすると、気まずい沈黙が部屋に満ちた。
とはいえ、所在ない思いを感じているのは、私と、アディフが連れてきた靴職人だけといった様子だ。
アディフは平然としたもので、まるで自分の部屋でくつろいでいるかのように泰然としている。
やがてアディフがおもむろに口を開いた。
「つまらん気苦労があったようだな。ダンスをしていた時のお前らしくもない。解決する術はいくらでもあったように思うが」
「お言葉を返すようですが、言うほど簡単にはいきかねます。そういった運命のもとに生まれたのでしょう」
そしてそういったキャラだったからこそ、転生したければこのリリアンテの運命を覆してみせろと、女神たちの賭けに付き合わされることとなったのだ。
私の返答がお気に召さなかったらしく、アディフはしかめっ面になる。
「気に食わんな。運命はいかようにも切り開けると啖呵を切ったのはお前だろう」
アディフの言うことは最もだ。私もそう信じるからこそ、こうして必死に運命に抗っている。
だが……。
私は床に投げ出されたままのダンスヒールにふと目をやった。
人の心は靴とは違い、簡単に修繕できはしない。運命を巡るループに耐えかね、いつかポキリと心が折れてしまうことがあるかもしれない。これが自分の命運だったのだと、死を受け入れるその時が。
私が黙り込んでいると、アディフが平坦な口調で問いかけてきた。
「……そのダンスヒールはお前のものではなかったのだな。サイズも合っていないのか」
「はい。履けはしますが、私には少しキツイですね。私もサンドリヨンではないようです」
苦笑するように告げると、アディフは傍らにいる靴職人を見やった。
「聞いた通りだ。採寸して新しいダンスヒールを作ってやれ」
私は驚き、アディフをまじまじと見つめた。
「お待ち下さい、殿下。折れたヒールを直していただいただけで充分です。新しくもう一足など……」
「お前のものだと思い直させたが、ろくに履けもしない別人のものだったとなればいい笑い者だ。構わん、黙って受け取れ」
「ですが……」
なおも断ろうとすると、アディフは舌打ちし、怒っているような、それでいてどこか決まりが悪そうな表情で続けた。
「次の舞踏会で俺と踊るためのダンスヒールだ。こちらで用意して何が悪い」
「えっ」
ダンスに誘ってくれているのだと気付くのに少々時間が掛かってしまった。
どう反応すべきか戸惑っていると、アディフの言葉を実行するためテキパキと準備を整える靴職人が口を開く。
「リリアンテ様、こちらの椅子に座っていただけますか。採寸いたしますので、この台に足を置いていただいて」
ここで靴作りを断れば、王太子殿下からのダンスのお誘いを蹴ったことになってしまう。そんな非礼はできないし、何より、昨夜のダンスはとても素敵で楽しいひと時だった。
私は言われるまま椅子に腰かけ、台に足を乗せるが、まだ一つ、どうしても気がかりなことがある。
(殿下はあの噂、ご存知ないのかしら)
とはいえ、所在ない思いを感じているのは、私と、アディフが連れてきた靴職人だけといった様子だ。
アディフは平然としたもので、まるで自分の部屋でくつろいでいるかのように泰然としている。
やがてアディフがおもむろに口を開いた。
「つまらん気苦労があったようだな。ダンスをしていた時のお前らしくもない。解決する術はいくらでもあったように思うが」
「お言葉を返すようですが、言うほど簡単にはいきかねます。そういった運命のもとに生まれたのでしょう」
そしてそういったキャラだったからこそ、転生したければこのリリアンテの運命を覆してみせろと、女神たちの賭けに付き合わされることとなったのだ。
私の返答がお気に召さなかったらしく、アディフはしかめっ面になる。
「気に食わんな。運命はいかようにも切り開けると啖呵を切ったのはお前だろう」
アディフの言うことは最もだ。私もそう信じるからこそ、こうして必死に運命に抗っている。
だが……。
私は床に投げ出されたままのダンスヒールにふと目をやった。
人の心は靴とは違い、簡単に修繕できはしない。運命を巡るループに耐えかね、いつかポキリと心が折れてしまうことがあるかもしれない。これが自分の命運だったのだと、死を受け入れるその時が。
私が黙り込んでいると、アディフが平坦な口調で問いかけてきた。
「……そのダンスヒールはお前のものではなかったのだな。サイズも合っていないのか」
「はい。履けはしますが、私には少しキツイですね。私もサンドリヨンではないようです」
苦笑するように告げると、アディフは傍らにいる靴職人を見やった。
「聞いた通りだ。採寸して新しいダンスヒールを作ってやれ」
私は驚き、アディフをまじまじと見つめた。
「お待ち下さい、殿下。折れたヒールを直していただいただけで充分です。新しくもう一足など……」
「お前のものだと思い直させたが、ろくに履けもしない別人のものだったとなればいい笑い者だ。構わん、黙って受け取れ」
「ですが……」
なおも断ろうとすると、アディフは舌打ちし、怒っているような、それでいてどこか決まりが悪そうな表情で続けた。
「次の舞踏会で俺と踊るためのダンスヒールだ。こちらで用意して何が悪い」
「えっ」
ダンスに誘ってくれているのだと気付くのに少々時間が掛かってしまった。
どう反応すべきか戸惑っていると、アディフの言葉を実行するためテキパキと準備を整える靴職人が口を開く。
「リリアンテ様、こちらの椅子に座っていただけますか。採寸いたしますので、この台に足を置いていただいて」
ここで靴作りを断れば、王太子殿下からのダンスのお誘いを蹴ったことになってしまう。そんな非礼はできないし、何より、昨夜のダンスはとても素敵で楽しいひと時だった。
私は言われるまま椅子に腰かけ、台に足を乗せるが、まだ一つ、どうしても気がかりなことがある。
(殿下はあの噂、ご存知ないのかしら)
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
ままならないのが恋心
桃井すもも
恋愛
ままならないのが恋心。
自分の意志では変えられない。
こんな機会でもなければ。
ある日ミレーユは高熱に見舞われた。
意識が混濁するミレーユに、記憶の喪失と誤解した周囲。
見舞いに訪れた婚約者の表情にミレーユは決意する。
「偶然なんてそんなもの」
「アダムとイヴ」に連なります。
いつまでこの流れ、繋がるのでしょう。
昭和のネタが入るのはご勘弁。
❇相変わらずの100%妄想の産物です。
❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。
疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。
❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。
「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる