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ガラスの靴

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「そうだルミア嬢。お見舞いの品を持ってきたんだよ。気に入ってくれたらいいのだけど……」

 オマールはそう言って、真新しいダンスヒールを自慢げに掲げてみせた。

「僕とのダンス中にヒールが折れてしまったろう? 代わりにこれをプレゼントするよ。足が良くなったらこれを履いて、また僕と踊ってくれると嬉しいなぁ」

 オマールがさらりと告げた事実に、ルミアは目に見えて狼狽えた。言葉を詰まらせながら、必死になって誤魔化そうとする。

「な、何を仰っているんですか? ヒールを折ってなんかいません。あれはダンス中に少しバランスを崩しただけで」

「そんなはずはないよ。現に僕はヒールの折れる音を聞いているし。
 それにね、ルミア嬢がつまずいた際に足元が見えて、ヒールが取れかかっているのを目にしてるんだ」

「何かの見間違いでしょう。やだわオマール様ったら。変なことを仰って」

「……あぁ、なんて健気なんだ。隠さなくてもいいんだよ。お姉さんからの手紙に書いてあったんだ。
 不慮の事故とはいえ、ダンス中に怪我を負ったとなれば、ダンスパートナーをしていた僕に負い目を抱かせるかもしれない。だからルミアは決して、ヒールが折れて怪我をしたなんて認めないだろうとね。
 でも大丈夫、僕はあれがどうしょうもないアクシデントだったと知っている! だってヒールが折れるなんて、その場にいた僕ですら予見できなかったんだから!」

「んなっ……!?」

 ルミアは私のことを睨みつけてきた。その顔には取り繕うことができないほどの焦りと怒りが浮かんでいる。

 とそのとき、黙って二人のやり取りを見守っていたアディフが、おもむろに口を開いた。

「……盛り上がっているところ悪いが、一つ確認したい。折れたヒールというのはこのことか?」

 アディフの問いかけにビクッと首をすくめたオマールは、おっかなびっくりといった様子でテーブルの上に置かれているダンスヒールに目をやる。

「ええ、ええ。これです殿下。ヒールの部分がぽっきり折れていたので印象に残っています。間違いありません」

「そうか。なるほど」

 アディフは一つ頷くと、ルミアに冷淡な眼差しを送る。

「このダンスヒールは確かにお前のものらしい。ヒールが折れたものを姉に押し付けたのか?」

「ご、誤解ですわ殿下! これは、その……」

「ほう。誤解か。ではこれも俺の勘違いか」

 アディフは不意に立ち上がると、私の方へつかつかと歩み寄ってくる。
 何事かと思う間もなかった。アディフは私の顎先を指でクイッと持ち上げる。端整な顔がすぐ目の前に迫り、私の心臓が跳ね上がった。

「殿下、何を……!?」

 緊張で身を強張らせていると、アディフは涙でも拭うように、私の頬を親指でそっと撫でる。

「……フン。やはりな」

 アディフの指先が離れた。
 聞こえるのではと思うほど鼓動が高鳴っている私を置き去りにして、アディフは自分の指をこすり合わせて言う。

「化粧をしていて遅くなったのだろうと、先ほどそう言っていたな?
 妙なことだ。俺の指には化粧などついていない」

「お、お姉様はお化粧がとても上手で! 目立つほどは……」

「そのうるさい口を閉じろ。この俺を欺くことがどんな意味を持つかわかっているのか?」

 ルミアはひっと小さな悲鳴を上げ、助けを求めるようにエライザを見やる。
 しかしエライザも王太子殿下が相手では分が悪いらしく、わなわなと身を震わせるのみだ。

「俺の言葉を覚えているか? 根の深い問題を抱えているらしいなと言ったのは、リリアンテに向けたものではない。お前たち母娘二人に対して言ったのだ」

 そこでアディフは私のことを見つめた。
 心なしか優しい眼差しに見えた。

「昨夜のダンス、汗が浮かぶほど自由奔放に踊ったからな。途中から化粧が崩れていたぞ。そばかすを描いた化粧がな」

「あっ。では殿下は最初から?」

「ああ。この二人が嘘をついていることはわかっていた。何やら問題があるらしいことは察したが、部外者が口を挟むことではないのかもしれんと黙っていた。
 ……オマールが事の仔細を伝えるまではな」

 状況をよく理解できていないらしいオマールは、ただオロオロと視線を動かすばかりだ。
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