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宮廷舞踏会

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 思わず顔をしかめたそのとき、チッという音がすぐ傍で鳴った。
 条件反射で舌打ちしてしまったのかと焦りを覚えたが、すぐさまそれがダンスパートナーであるアディフから零れたものだと気付く。

 アディフのことを見上げると、冷淡な眼差しが私のことを捉えていた。

「お前のようなあざとい女は気に食わんな」

「あざとい?」

 何のことを言われているのかわからなかった。
 どういう意味か訊ねようと口を開きかけると、アディフは強引なステップでリードし、私はそれについていくので精一杯になる。

 アディフは不機嫌さも露わに言葉を続けた。

「この舞踏会で妃を選ぶという噂に踊らされているのだろう。どいつもこいつもすり寄ってきて不愉快きわまりない。
 お前のように、女の色香で籠絡しようという輩は特にな」

 女の色香で籠絡?
 しばし思案したあとピンときた。アディフは私が先ほど胸に飛び込んできたのは意図的なものだろうと言っているのだ。
 女の武器を最大限に使い、誘惑しようとしているのだろうと。

「殿下、それは誤解で……」

 アディフは私の弁明など聞くに値しないとばかりに、荒々しくステップを刻む。
 私は振り回されないようにするのがやっとだ。

(あぁもう、この人は!)

 ふつふつとした怒りを腹の底に感じた私は、アディフをキッと睨み返し、恨めしげに告げる。

「相変わらず殿下はひねくれていらっしゃいますね」

「なんだと? 前から知っていた風な口を利くのもお前のやり口か?」

「いいえ、いいえ。もうかれこれ十回は運命的な出会いを果たしておりますので、殿下の性格は充分承知しております」

「いったい何のことを言っている?」

 アディフの瞳に訝しげな色が浮かんだ。私はダンスを続けながら言葉を継ぐ。

「殿下のやり切れない思いも理解できます。隣国との緊張状態が続くいま、王家としては有力な貴族との繋がりを強め、権威と国力を高める必要がある。
 そのために、こうした場に貴族を招き、妃を選別しているのでしょう?」

「馬鹿を言うな。それは単なる噂だ」

「笑止、でございます。それではなぜ、私たちをダンスに誘う際、あのような中途半端な位置に手を差し伸べられたのです?
 恐らく、我が侯爵家も妃候補のリストに入っているのでしょう。言うなれば、私でもルミアでも、どちらでも良かったのです。結果的に有力貴族の後ろ盾が得られるのならば」

 アディフの、月光を透かしているような綺麗な銀髪が逆立つように見えた。
 握りしめた私の手に力を込めつつ、アディフは押し殺した声を漏らす。

「この俺が、貴族に媚びへつらう犬だと、そう言いたいのか……!?」

「まさか。この世情にあっては、政略結婚は国家を盤石にするため欠かせぬことです。
 むしろご自身の心を犠牲にしてでも、ミルドレッド王国に安寧をもたらそうというその姿勢に敬意を覚えますわ」

「口ではどうとでも言える」

「仰る通りです。ですので私の言葉も、単なるおべっかだと聞き流していただいて結構です。ただ……」

 私はアディフの端整な顔立ちをまじまじと見つめる。
 アディフはまた誤解したのか、眉間に小さなシワを寄せたが、私は気にもとめずに言った。

「殿下の浅黒い肌と、月光のような銀髪。ミルドレッドでは珍しいその特徴は、先々代の王が、東方の同盟国の姫君を王妃として迎えた結果です。
 この世界では馴染みのない言葉だと思いますが、隔世遺伝というものです」

「またよくわからぬことを……」

「とにかく。その婚姻はあからさまな政略結婚でしたが、おかげでミルドレッドは豊かになり、民も不自由ない暮らしが送れております。
 要するに殿下の存在は、この国の歴史と礎を証明するものなのです」

 軽快なダンス曲が続く。
 私に対する嘲笑も、音楽と溶け合い踊り回る。

「ですので、殿下。どうかご自身の歩む道を卑下することだけはなきように。
 胸を張って進みさえすれば、運命はいかようにも切り開けますわ」

 アディフがどこか呆けたように私のことを見返してくる。ダンスも覚束なくなり、私は危うく彼の足を踏みそうになった。

(荒々しくなったり、気が抜けたり。難しい人ね、本当に)
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